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第八十四話『この場所は変わらない』

「初めまして、新谷亜子です。お父さんやちーちゃんから話は聞いてます」


 目の前に並んだ皿に箸を伸ばしながら、亜子さんは小さくぺこりと頭を下げる。その隣にぴったりと陣取った千尋さんが肩に手を置いて、まるで自分の娘を自慢するかのように胸を張った。


「亜子ちゃんはね、長い間続いてるこの民宿の一人娘さんなの! だから今は料理の学校に通って、こうして休みの時にだけお手伝いをしてるんだって!」


「へえ、料理の学校……ということは、将来はこの民宿を継ごうって感じなんですか?」


「はい、小さい頃からそれが夢でしたから。あと敬語は私に使わなくて大丈夫ですよ、ちーちゃんの同級生なら私よりも一歳年上ってことになりますから」


 僕の質問におずおずと首を縦に振り、そして一言そんな断りを入れてくる。年齢がどうこうではなく敬語を使ってしまうのはある意味僕の癖のようなところがあるのだけれど、それを説明するのも何となく誤解を招きそうな気がしてならなかった。


「……えと、それじゃあ亜子さん。千尋さんとは、いつぐらいから一緒に遊ぶようになったの?」


「小さい頃から……というか、物心ついたころには、って感じでしょうか。昔から民宿のお仕事はあったからそんなに長くは遊べなかったけど、ちーちゃんと私で色々一緒に作って遊んだりとかして。おままごとをするとき、いつも奥さん役をやりたがってたのをよく覚えています」


「もう亜子ちゃん、何年前の話をしてるの?」


 少し上を見つめながらそんなことを語ってくれる亜子さんに対して、千尋さんは軽くではあるが背中を叩く。その頬は少し赤くなっていて、小さなころのエピソードが少し恥ずかしいようだった。


「亜子ちゃんの料理ってね、すっごくおいしいんだよ! 学校通う前から凄腕だったんだから、学校で色々教えてもらった今となれば――」


 昔からの中の良さを存分にアピールしながら、千尋さんは唐揚げに手を伸ばす。そしてそれを噛み締めた瞬間、もとから朗らかだった表情がさらに緩んだ。


「……うん、絶品だあ……」


「大げさだよちーちゃん、まだ基礎の基礎みたいなところしか学校では教えてもらってないんだから……」


 うっとりとした表情を浮かべながら次々と箸を伸ばしていく千尋さんに、亜子さんは照れた様子でワタワタと言葉を続ける。その様子を見ながらがつがつとご飯を食べ進めていた新谷さんが、心の底から楽しそうな笑い声をあげた。


「はははっ、お前たちの関係はずっと変わらないな! 俺からするとそれが嬉しくてたまらねえよ!」


「そういう意味ではおじさんもずっと変わってないよ! そうやってあたしたちのことを歓迎してくれるところとか特にね!」


 新谷さんの言葉に対して、千尋さんも嬉しそうな様子で返す。『変わっていくのが怖い』といつか教えてくれた千尋さんにとって、いつまでも変わらないこの場所は多分大きな救いだった。


 千尋さんにこの場所がなかったら、今の正確になっていなかった可能性だって十分あるはずだ。どんな状況の中でも変わらずに千尋さんを受け容れてくれるこの場所というのは、それだけで何物にも代えがたい価値を持つ宝物なわけで。


「だけど、今年は大きく変わったところがあるだろ? なんてったってちーが彼氏を連れてきたんだからな!」


 隣に座る新谷さんに肩を抱かれ、僕は一瞬にして食卓を囲む全員の視線を集める。ずっと変わらずにいたこの場所に僕が加わるとはどういうことか、僕はそれに向き合わなければいけないようだった。

 千尋さんにとって救いとなったこの場所で、紡は何を知ることになるのか。波乱に満ちた一泊二日の旅、まだまだ始まったばかりです! 次回もぜひお楽しみに!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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