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第八十一話『僕たちと民宿』

 初めてと言ってもいい民宿は、当たり前だけれど普通の民家と変わらないような印象を受けた。


 木造の二階建てで、いかにも古くから存在し続ける家という雰囲気がふんわりと漂っている。海風の影響とか色々受けてそうなものだけど、やっぱり何回かリフォーム的なことはしているのだろうか。


「これこれ、やっぱり民宿はこうじゃなくっちゃね。この雰囲気を味わえるのが一番のいいところなんだから」


「おうよ、俺たちも誇りを持ってこの仕事をやってるからな。こんなところにホテルなんか立てられちゃ景観も雰囲気もあったもんじゃねえって奴だ」


 民宿を見上げて満足そうな笑みを浮かべる千尋さんに、新谷さんは腕を組みながらぶんぶんと首を縦に振る。その言葉通り、この街並みにドーンと立つホテルの姿は雰囲気をぶち壊しているような気がしてならなかった。


 単純な商売としての話だけじゃなくて、この町全体が持ってる雰囲気の話にもなってくるからね……。それに対する明確な考えを地元の人が持ってて、それを街を治める人たちが分かってくれているからこそこの町並みは守られているのだろう。


「……いい場所ですね、ここ」


「そうだろそうだろ、この町は最高なんだ! 誰が何といおうと、この町の海がおっさんは一番好きだからな!」


 だから民宿経営も長続きするって寸法よ、と新谷さんは心底嬉しそうに、そして誇らしげに僕にそう熱弁する。新谷さんにどことなく感じていた近寄りがたさは、いつの間にかすっかりと消えてしまっていた。


 声からも振る舞いからも、新谷さんがこの街を心から好きなことがひしひしと伝わってくる。この人は好きを仕事にしてもなお楽しんでいる人なんだなって分かったからこそ、僕の中の警戒心はすんなりと引っ込んでくれたのかもしれないな。


「さて、それじゃあ二名様ご案内だ! むさくるしいおっさんのナビゲートで悪いが、その分美味い料理が出てくると思うから期待しててくれよな!」


「うん、楽しみにしてる! ほら紡君、一緒に行こ!」


 千尋さんに手を引かれ、僕たちは新谷さんの後に続く。扉を開けて中に入った僕の耳に真っ先に届いてきたのは、どこからか聞こえてくる肉の焼けるような音だった。


 ジュージューぱちぱちと小気味のいいそのサウンドは、聞いているだけで僕の胃をダイレクトに刺激してくる。千尋さんのアドバイス通りに空かせておいたお腹が、空腹を訴えて今にも鳴きだしてしまいそうだった。


「おー、今日は肉料理なんだね! アコちゃん肉料理も上手になったんだ!」


「ああ、アイツも『ちーちゃんにたくさんおいしいもの食べてほしいから』って練習してたからな! 今日の日が来るのをカレンダーまで作って心待ちにしてたからよ、できればたくさん遊んでやってくれ!」


『アコちゃん』という僕の知らない存在を話題に上げつつ、千尋さんと新谷さんは話を弾ませていく。……推測するに、多分さっき言っていた千尋さんと同年代の友達の事だろうか。


 千尋さんも弾んだ声でその人の話をしているし、きっと一年に一度しか会えない友達なのだろう。それでも関係が途切れないまま続いているというのが、僕の目には眩しく映った。


 僕もどこかで強引にでも機会を作って会いに行ければ、『あの子』と今も友達のままでいられたのだろうか。手紙なんてものだけじゃなくて、もっと直接顔を合わせられたなら――


「――紡君、お肉だったらどれが一番好き?」


 そんな考えに陥りかけていた僕を、千尋さんの質問がとっさに引っ張り上げる。どんな文脈でその問いになったのかは分からなかったけれど、今の僕に話を振ってくれたのはとてつもなくありがたかった。


「鶏肉……かな。唐揚げに一番合うし」


「おお、それはいいことだ! なんせウチの名物料理には唐揚げも含まれてるからな!」


 僕の質問に新谷さんは手を叩き、嬉しそうに僕にそう教えてくれる。今の空腹にそんなことを言われてしまったら、腹が期待に応えるように軽く鳴くのも仕方のない事だった。


 そんな話をしているうちに僕たちは階段を上り終え、二階の客室があるエリアへと到着する。するとすぐ新谷さんは左の方に身体を向け、一つのドアを手で指し示した。


「そら、ここがお前さんたちの泊まる部屋だ! 安心してくれ、寝室はちゃんと二つあるからな!」


 一部屋だけど実質二部屋ってわけだな、と新谷さんは得意げに笑う。その気遣いはありがたかったが、同じ部屋に泊まるというだけで妙な緊張感が僕の中には漂っていた。


 だがしかし、その緊張感は新谷さんがドアを開け放った瞬間に全て吹き飛ばされる。……なにせ、大きな窓の向こうには青い海がきらきらと煌めいていたんだから。


「もちろん、今年の部屋もオーシャンビューさ! この町での二日間、全力で楽しんでくれよな!」


 その光景に目を奪われる僕たちをよそに、新谷さんは歓迎の言葉を改めて告げる。……僕の考えていた以上に、この旅はスケールの大きなものであるらしかった。

 紡と千尋さんの二人旅は、想像していた以上に豪華で賑やかなものになっていきます! どんどん期待を超えていく旅の規模、皆様もぜひお楽しみにしていただけたらと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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