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第七十四話『僕は羨ましがられる』

「父さんとは違う事を証明するってのは、千尋が小説を読めるようになるうえで間違いなく必要なことだ。……それと同時に、とんでもなく難しいことだとも思うんだけどさ」


 改めてメモを指さしながら、カスミさんはそう切り出す。僕が小さく息を呑むと、お姉さんは少し上の方を見ながら言葉を続けた。


「――今でも母さんのところには、生活するのに不自由しないぐらいの金が父さんから送られてきてるはずだ。今はもうとても小説なんて書ける状態じゃないけれど、それでも全盛期の印税とかで充足した生活を送れてしまうぐらいには父さんは小説家として大成してた。……ドラマ化とかアニメ化の話もあって、結構な頻度で父さんは打ち合わせに出てたっけな」


 だから父さんの仕事がインドアだって印象はなかったよ、とカスミさんは苦笑する。……だけど、僕はそれに続いて笑う気にはなれなかった。


 アニメ化とかドラマ化――いわゆるメディアミックスと言うものは、もちろんもととなった作品に一定以上の人気が出なければ継続できるものじゃない。僕もありがたいことに『イデアレス・バレット』はコミカライズをしていただけたけど、それだけでも打ち合わせの量は半端なものではなかったのをよく覚えている。


 より漫画的表現に適した形にするための展開の補完や変更、あるいはシーンのカットや小説一巻分を何話で終わらせるのかと言う話まで多岐にわたる内容を全てやりきるのには、打合せだけでとてつもない時間を要した。……仮にドラマ化やアニメ化のプロジェクトが同時に動いた時、打合せの時間はいったいどれほどまでに膨れ上がってしまうのだろうか。


「……本当に、凄い人なんですね」


「だった、が正解だよ。色々期待されて頑張って、そんでもってアイツは潰れた。自分の限界以上を積み上げようとして、結局全部を失った。……今は確か、弟のところに住まわせてもらってるんだったかな」


 呆れた様に首を横に振りつつ、カスミさんはお父さんに関する記憶の引き出しを開けていく。それはきっといろんな感情を伴っていて、怒りに染め上げられていた時よりもダイレクトにそれらが僕の心に届いてくるようだった。


「だけど、アイツが積み上げたものの跡は確かに残ってる。……それを超えることが出来なくちゃ、とてもじゃないが千尋を本当に安心させることなんてできやしないぞ」


「はい、分かってます。……今のままじゃ、きっと千尋さんを心から安心させることはできない」


 千尋さんが小説を読めない理由は、きっとお父さんとの関係にあるのだろう。お父さんと千尋さんの間にはきっと何かがあって、それが今でも楔か枷となって、とにかく千尋さんの想いを妨げている。


 だから、僕が『それだけじゃない』ってことを伝えていかないといけないんだ。書いて書いて書き続けて、小説と千尋さんと一緒に生き続ける。……そのためには、小説だけでご飯が食べていけるようにならないとお話にならないというものだ。


「僕は壊れずに書き続けて見せますよ。……スランプが来てもどんなことがあっても乗り越えて、僕は千尋さんと一緒に居る。……十年ぐらいしたら、僕もカスミさんのことを『お姉さん』って改めて読んでいいですかね?」


「十五年だ、最低でもそれだけいないと千尋に相応しい相手とは認めねえ。……私は、だけどな」


『千尋がどう思うかは分からん』とでも言いたげに頬を掻くカスミさんに、僕は思わず笑みを浮かべる。お互いに逆鱗に触れて怒鳴りあった僕たちがこうしてまっすぐにやり取りできることが、どうしてだか無性に嬉しかった。


「……千尋さんの大切な人のことは、僕だって大切にしたいもんな」


 しばらく考えてそんな結論に行きついて、僕はふと呟く。……すると、それを聞きつけたカスミさんが口元を少しだけほころばせた。


「そうだな、それは多分超大切なことだ。……私も、そうできるように努力しないといけねえな」


 疲れたと言わんばかりに机に身体を投げ出しながら、カスミさんは脱力した声を発する。しばらくその格好でいたカスミさんだったが、唐突に身を起こすと僕に声をかけた。


「……なあ」


「どうかしましたか、カスミさん?」


「……千尋ってさ、目に入れても痛くねえぐらいに可愛いじゃん?」


「そうですね。何をしてても魅力的です」


 笑ってても少しむくれていても、千尋さんの見せる表情一つ一つが愛おしい。これからも感情豊かでいてほしいと、心からそう思う。


「きっとこれからもいろんな楽しいことに出会って、千尋はたくさんの思い出を作ってくんだろうな。んでその隣には、きっとほとんどお前がいる。……正直私は、お前のことが羨ましいよ」


 力が抜けたような声で、僕の肯定にカスミさんは続ける。……どうしてだろう、その言葉はさっきよりもカスミさんの本音が強くにじみ出ているような、そんな気がして。


「できるだけたくさん、たくさん千尋のことを幸せにしろよ。そうじゃなきゃ、お前のことを義弟だとは一生経っても認めねえ」


 僅かに頬を膨らませながら、カスミさんは僕にもう一度念を押してくる。その言葉を聞いて、僕は深く大きく頷きを返して――


「はい、もちろんですよ。――だから、まずは次の小説を通します」


 千尋さんと小説を再び結びつけるための第一条件を突破する覚悟を、より強く決め直した。

 次回、ついに新展開です! 紡は千尋さんのために前に進むことが出来るのか、覚悟を新たに奮闘する姿をぜひお楽しみいただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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