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第六十一話『僕は踏み込む』

「……はあ」


 しっかりめのため息を吐いて、僕はバックスペースキーを連打する。三歩進んで二歩下がる、たまに五歩ぐらい下がるような停滞感を見るに、今日はもう現行作業がすすまないひだと割り切ってしまうのがよさそうだった。


 これが何の理由もない不調だったら割と大問題だけど、今回のにはしっかりと理由があるからそれが解明できれば不調も連動して治っていくだろう。そういう意味では、また小説に集中するための道のりははっきりと確立されていると言ってよかった。


 まあ、問題は――


「この問題をどう解決するか、皆目見当もつかないことなんだけどさ……」


 行き場もなくてとりあえず机の傍に置いておいたメモに、僕は改めて視線を投げる。悲鳴のような、だけど静かにすすり泣いているようにも見えるその文面の正体が分からない限り、僕が小説を順調に書き進められるビジョンはあまりにも見えなかった。


 手詰まりが過ぎる状況の中、僕はただうんうんと唸り声を上げることしかできない。千尋さんにこれを確認することが出来ない以上、僕が一人でできることなんてあまりにも限られすぎている。だけど問題は間違いなく千尋さんの傍にあることで、踏み込んでいかなくちゃ答えなんて絶対に見つからないわけで。


「……僕が知らなくちゃ、このメモはいつまでも押入れの奥にあったのかな」


『もう使うつもりもなかった』と言ってのけた千尋さんを思い出して、僕はふとそんなことを思う。あの夕立がなければ、僕と千尋さんが出会わなければ、このメモはいつまでも誰にも見つかることなく埋もれていたのだろうか。……誰かの悲鳴は、ずっと封じ込められたままなのだろうか。


「……他人事だとは、思えないな」


『かけない』って殴り書かれたあのメモは、きっと声にならなかった言葉だ。声にしてはいけないと、声にしたら変わらずにはいられないと分かったから、声じゃなく文字になってメモに残ったんだ。……なら、それを受け取ったことにはきっと意味があるんじゃないか。そんなことを、ぼんやりと思う。


 文字になって残ったから、この思いは僕の手元へと届いた。ポケットに閉じ込められていた何年かの時を超えて、物語を『書く』僕のもとまで。同じ書き手として、そのメッセージを無下にしたくはなかった。


「……それが千尋さんのためになるかどうかは、分からないけど」


 改めてそう呟いて、僕はメモに視線を戻す。その文面を書いたのはきっと千尋さんじゃなくて、だけど千尋さんにとても近い人――あるいは『近かった』人。このメモを追っていくことは、きっと千尋さんが語らない過去へと踏み込んでいくことだ。


 これがいい影響をもたらすのかそれとも僕と千尋さんの関係に何か悪い変化を生んでしまうのか、それは全く分からない。だけど、それをすることに対して躊躇はなかった。


 千尋さんと一緒に居て、僕はとても毎日が楽しい。多分千尋さんも、この生活を楽しんでくれている。……だけど、それと『本が読めない』問題は全くの別問題だった。僕が物語を話して聞かせても、千尋さんが本を読めるようになる気配はない。ならば、その根っこは楽しいとか楽しくないとかそういう所とは別のところにあるんじゃないのか。


「……それを探すのは、僕の役目だろ」


 自分に見えない自分の事なんて、探してみればいくらでもある。……そこに光を当てることが出来るのは、千尋さんを一番近くで見ている僕しかいない。少し傲慢かもしれないけれど、それぐらいは思ってもいいんじゃないだろうか。


 そう信じて、僕は思考を完全に小説からはじき出す。これは僕にしかできない役目だ。僕にしかできない役目だ。……だから、前に踏み出さなければ。


「……となれば、まずは明日だな」


 この先の行動計画を頭に思い描いて、僕は軽く呟く。千尋さんの心により深く踏み込むには、千尋さんのことをよく知る人に話を聞く必要がある。――僕の知る限り、その候補は一つしかいなかった。

 という事で、ここからが『ラノベが読みたい』のタイトルに踏み込んでいく段階になります! 千尋さんが語らない千尋さんの姿を明かすべく、紡はどう動いていくのか! ぜひご覧いただければ嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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