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第五十九話『僕は見つける』

「……えと、お邪魔します……?」


「そんなに気張らなくて大丈夫だよ、しばらく誰も帰ってこないし。ほらほら、早くこれで体拭いちゃって」


 恐る恐ると言った様子で玄関に踏み入っていく僕に対して、すたすたと奥に歩いて行った千尋さんが即座に大きなボディタオルを持って帰ってくる。僕が何か言うよりも早くそれが頭の上にかぶせられて、さっき感じたのと同じ柔軟剤の匂いが鼻をくすぐった。


 現実感もなくふわふわとしていた僕の感覚を、その香りが地に足付けた領域へと引き戻す。……そしてそれと同時、『僕は今とんでもないことをしているのでは』という理性的な考察が脳内を支配した。


 突然の大雨、びしょぬれになって冷えた体、それを見かねて家への招待。ラブコメを書くための勉強として読んだラブコメでは何度も見てきた光景だけれど、まさかそれが自分の身に降りかかるとは全く以て予想外だ。事実は小説より奇なりって言うけれど、今に関しては事実=小説の形が成立しているし。


 それに加えて親がいないって状況が否が応でも罪悪感を駆り立ててしまって仕方がないし、実際にこの状況になってしまうとドキドキよりも気まずさとか申し訳なさとかが勝ってしまう。もっと正式な形でご招待されたかったというか、こういうのはやっぱりよくなんじゃないかとか、やっぱり色々思えてならないわけで――


「ほらほらほら、早くしないと体冷え切っちゃうよ! 適当に見繕って着替え持ってくるから、紡君はそれまでに体拭いといて!」


 そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、千尋さんは僕の背中をぐいぐいと押してさっき千尋さんが入っていった洗面所らしき場所に押し込んでいく。そしてばたりと扉を閉めると、あわただしく離れて行く足音が扉越しに聞こえてきた。


 果たして着替えとはどんなものかと思わざるを得ないが、とりあえず千尋さんが僕のことを心配してこうしてくれていることは間違いない事実だろう。……なら、それに対して妙なことを考える方が申し訳ないってものだよな。


 洗い立てだと思しきタオルで全身をぬぐい、雨に濡れた服たちを全部とりあえず絞る。それだけでかなりの量の水が出てきて、この雨がもたらした影響の大きさを実感させられた。


「紡君、着替え扉の前に置いておくから! 色々と終わったら廊下の突き当りにある部屋まで呼びに来てねー!」


「分かった、ありがとうね千尋さん!」


 念入りに服を絞っているとそんな千尋さんの声が聞こえてきて、僕は大きな声で返事をする。その足音が遠ざかって止んだのを確認してから、僕は扉を開けた先にある着替えを手に取った。


 一体どんな服が出てくるのかと戦々恐々としていたが、意外にもカジュアルな男性服だ。ずっと押入れの中とかにあったのか少しばかりしわになっていたりはしたが、保存状態は悪くない。


 ご丁寧にパンツまで置いてあったが、シャツはまだしもパンツは流石に遠慮しておくべきだろう。幸いにも絞って簡単に乾かせば履けないこともなさそうだし、これは後で早めに返しておくとして――


「――ん?」


 いろんなことを考えながらも順調に服を着進めていると、ズボンのポケットに妙な感触があることに気づく。無意識に手を突っ込んで気配を探った先にあったのは一枚の紙きれのような感触だった。


 本当はあまりやっちゃいけないのだろうけど、もしこれでお金だったりとかした場合には言わないと大変なことになってしまうだろう。もし違ったら後でどれだけでも頭を下げるとして、とりあえず簡単に中身を確認しなければ――


「――は、え」


――そんな僕の判断が間違いだったことを、僕はすぐに思い知らされた。


 目に飛び込んできた無数の文字に腰が抜けて、ドスンと大きな音が立つ。打ち付けた尻はじんじんと痛いはずだけど、そんなものはどうでもいい。……どうでもいいと思えてしまうぐらいに、今目にしたものが訳が分からなくて、だけど痛いぐらいに恐ろしい。


「え……え、えっ?」


 だけど、僕は自然とその紙にもう一度目を向けてしまう。まるで魅入られているかのように、視線が吸い寄せられてしまう。……だって、その少し黄ばんだ紙に書かれていたのは――


『かけない かけない かけない なんで

 まってるひとがいるのに かかなきゃいきていけないのに

 なんで なんで なんで なんで みんな なんで いきてくれない』


――まるで誰かの悲鳴のような、悲痛な文字列だったのだから。

 さて、ここからが第二幕の本番です! 千尋さんの内側により迫る紡の様子、ぜひお楽しみください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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