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第五十八話『僕たちは駆け抜ける』

 いきなり襲来した大雨の気配に、千尋さんが戸惑った様子で声を上げる。天気予報を信頼しきっていた僕たちに笠の手持ちなんてあるはずもなくて、勢力を強めていく雨に見降ろされながら僕たちはとにかく走るしかなかった。


 と言っても近くに屋根になるようなものがあるわけでもなし、駅以外のどこかを目指せるわけでもない。ただ雨が降ったというそれだけのことで、僕たちは帰り道を飛んでもなく急かされている。


「ごめん、僕が折り畳みの一本でも持ってこられていれば……!」


「ううん、それはあたしも同じだもん! 紡君、引っ張るから手かして!」


 雨に濡れながらも軽やかに走る千尋さんが、すでに息が切れ始めている僕を見かねて手を伸ばす。体力のなさを内心情けなく思いながらも、僕はその手に頼ることを選択した。


 瞬間、手を惹かれた僕の身体が僕のものだとは思えないレベルに急加速する。軽やかに地面を蹴る千尋さんのリズムに同調して、僕までも足が速くなったかのような感覚が僕を覆いつくした。


 雨に打たれて体は冷えているはずなのに、千尋さんとつないだ手だけがいつまでも熱を持っている。折り畳み傘を差した人たちが僕たちを気の毒そうな目で見ていたような気がしたけれど、そんなことすらどうでもよかった。


「紡君、身体冷えてない⁉」


「大丈夫、千尋さんこそ息は大丈夫なの⁉」


 雨の内付ける音に負けない様に僕たちはお互いに叫びあって、お互いに大丈夫だと言いあいながら夕立に降られた街をどんどんと駅の方向へと進んでいった。


 ランナーズハイとはまたきっと違うのだろうけど、それは僕にとって心地いい大剣だった。千尋さんの背中を見つめながら走っていれば、雨に濡れるのなんて気にならなかった。ただ冷たいなと思うだけで、それを嫌だなんて少しも思わなかった。


 だけど、その感覚もずっとずっと続くわけじゃない。夕立のピークが終わると同時に僕たちは駅へと到着して、少しずつスピードが普段通りのものに戻っていく。……それと同時、僕の身体に冷たさが時間差で襲い掛かってきた。


 夏でも雨はやっぱり冷たくて、僕の身体から容赦なく体温を奪っていく。それはほどなくしてくしゃみになって表れて、隣に立つ千尋さんが心配そうな表情を浮かべた。


「……紡君、やっぱり大丈夫じゃなくない?」


「大丈夫……だと、思いたいけど……へっ、くし」


 それにどうにかして無事をアピールしようとするけれど、くしゃみは容赦なく鼻から飛び出してきてしまう。……それを見て、千尋さんの表情がどんどん深刻なものへと変わっていった。


「やっぱり駄目だよ、それで帰ったら絶対風邪ひくって! 今からあたしの家に来てとりあえず髪と体だけでも乾かしていって!」


 今ならあたしの家誰もいないから! ――なんて、子供を叱る親のような口調でそう言って。


「……え?」


 突然の夕立が起こした思いがけないイベントに、僕は思わず口をぽかんと開ける。……千尋さんの家に招待されるのは、これが初めての事だった。

 

 

 今回短くてごめんなさい! 何やらとんでもないことが発生していますが、果たして紡の命運やいかに! じかいもぜひおたのしみにしていただければ嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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