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第五十七話『僕と帰り道』

「――ふう、遊んだ遊んだ。こんなに遊んでもまだ外が明るいとなんだか得した気分になっちゃうね」


「春先だったら今頃はもう暗くなり始めるぐらいの時間だったのに、今はまだ青空って感じだもんね……。こういうのを見てると季節の流れってのが早いことを思い知らされるよ」


 千尋さんと並んで道路をゆっくりと歩きながら、僕はまだ青い空を見上げる。入道雲がどこまでも大きくなりそうなぐらいの勢いと存在感で空中に居座っていて、それが夏の訪れをより強く僕に感じさせた。


 チケットをもらったこともあって朝早くから五時を少し過ぎるまで遊びつくしたのだが、それでもまだまだ遊べると思うぐらいまでにはいい場所だった。今度は自腹になるだろうけど、また千尋さんと行く機会があったら僕は喜んで向かうだろう。


 まあ、千尋さんが居ればどこでも楽しくはいられるんだろうけどね。……それでも、いろんな意味で今日のお出かけはやっぱり特別だった。


「ウサギのぬいぐるみ、紡君も気に入ってくれたみたいでよかったよ。ウサギさんたちには嫌われてたからあんまりいい印象がないものだと思ってたからさ」


「ううん、ウサギはもとから好きだから大丈夫。それに、千尋さんに撫でられるか僕に撫でられるかだったら千尋さんの方を選ぶのは当たり前の話だからね」


 千尋さんと誰かで比べる時、千尋さんを上回れる人なんてそうそういることはないだろう。普段から人を惹きつけるそのオーラは、動物相手にも相当強く効き目があるみたいだしね。


「千尋さん、本当に動物に好かれる体質だよね……千尋さんが柵の近くに来たら皆歩いて寄ってくるんだもん」


「そんなことないよ、今日は運が良かったんだと思う。前のコアラも起きてるところ見れなかったしさ」


 だから紡君も今度は大丈夫だよー、なんて千尋さんは朗らかに笑う。……『また』の話を当たり前にできることが、僕にとっては無性に嬉しかった。


 きっと次も次の次も、僕は千尋さんと楽しく過ごすことが出来るだろう。千尋さんが次を望んでくれる限り、僕がそれを拒否することはない。またとか次とか、その先の話を気軽にできる関係が嬉しくて仕方ないんだからね。


「……それで……その、さ」


 僕が感慨に浸っていると、その横で千尋さんが恥ずかしそうに言葉を濁す。その頬は真っ赤に染まっていて、まるでいきなり熱でも出してしまったかのようだった。


「……千尋さん、大丈夫?」


「ううん、体調は全然大丈夫! ただ、ちょっと……ね?」


 その様子を見て僕が足を止めると、千尋さんはぶんぶんと首を振って体調不良の可能性を否定する。その胸元で右手が所在なさげにさまよっているのが見えて、僕は自分の勘の鈍さを恥じた。


「……あの……えと、千尋さん」


「あ、気づいてくれた……? そそ、ここなら人通りも少ないからさ」


 千尋さんの手を見つめながら僕も口ごもると、千尋さんは少し安心したように僕の方に近づいてくる。自分の家のものとは違う柔軟剤の香りが、僕の鼻をふっとくすぐった。


「よかったよ、あたしだけ空回りしてなくて……。……その、いいよね?」


「……うん、もちろん。千尋さんさえよければいつでも」


 妙な緊張感に身を固くしながら、僕は千尋さんの申し出に頷きながら少しだけ屈みこむ。……それから少しして、僕の頭の上に温かい感触が乗っかってきた。


 そのままくしくしと髪の毛が撫でられて、僕は思わず目を細める。手つき自体はたどたどしいものだったけれど、それが逆に千尋さんの思いを反映してくれているかのようだ。


 ……思えば、こうして撫でられたのなんていつぶりだろう。小学生――いや、幼稚園まで遡らなくてはいけないだろうか。とにもかくにも、十年近くやってもらった記憶がないのは確かだ。


 千尋さんの手が髪を撫でる度に、心の奥底にまで何かがしみわたってくるような、そんな優しい感覚が体中を満たす。これが幸福感の正体なのだと言われたら、今の僕は無条件にそれを信じていただろう。


「……どう、紡君?」


「……うん、凄く安心する。なんていうか、温かいタオルに包まれてるような」


 ここにいてもいいんだって、ここは僕のことを肯定してくれるんだって、まるで家に帰った時のような安心感が千尋さんの手を通じて僕の下へと注がれていく。それはとても心地よくて、時間が許す限りその感覚に身を委ねたいという衝動がだんだん大きくなっていって――


――ぽつり、と。


 心地よさに目を瞑っていた僕の肌に、何かが落ちたような冷たい感覚が走る。それに気づいて目を開けると、その間にも冷たい感覚は体中に伝わってきていて。……ふと見上げたら、空を覆いつくすぐらいに大きく成長した入道雲が僕たちの上にのしかかっていた。


 それはある意味、夏の訪れを告げるもう一つのイベントと言ってもいいだろう。快晴に浮かれて傘を持たずに外に出た人を絶望させる、夏の夕方の代名詞。ゲリラ豪雨だなんて最近は言われているけれど、それよりも相応しい呼び方が今のこの時間帯にはあるような気がして――


「――えええっ、こんな時に夕立⁉」

 という事で、第二章はここから大きく動いていくことになります! 縮まる距離と突然起きた夕立、それらが二人の関係にいったい何をもたらすのか、ぜひお楽しみにしてください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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