第五十三話『僕は繋ぎたい』
「うわあ、めちゃくちゃ広い……‼ もしかしたら前に遠足で行ったところ以上なんじゃないの⁉」
「うん、それも十分にあり得るね……。こっちは動物園だけで独立してるみたいだし、集中的に力を入れられてるのかも」
ウキウキ気分の千尋さんに置いて行かれないように注意しつつ、僕も動物園の景色にあれこれと目を向ける。『動物園あまり好きじゃないからさ』なんて言ってくれてはいたが、あの無料券って実は相当凄い奴なんじゃないだろうか。
休日だからか人もかなり多いが、それでも余裕を持って動けるぐらいの余裕はどこでも確保できている。人気の動物を見に行くには少しばかり待たなければいけないかもしれないにしても、遠足の時よりのんびりと堪能できるのは間違いなさそうだった。
「あの時は急いでたし、それに桐原君もいたからねえ……。その点今日は紡君と二人きり、何の遠慮もなくはしゃげるよ!」
「僕からすればあの時も十分はしゃいでテンション上がってたと思うけどね……。楽しそうでよかったなあとか、そんな風に思ってたものだけど」
僕と信二の問題で千尋さんの遠足まで楽しくないものにしていては元も子もないって考えだったけど、それも最終的には実現されなかったわけだしな……。結果的にお互いの本音を打ち明けられるいい機会になったからいいとしても、一歩間違えたら三人ともに嫌な記憶として残ってしまう可能性があったのが恐ろしい。……もしそうなってたとしたら、僕は一体どうなってたことやら。
「というか、千尋さんって結構ズバズバ言うよね。悪口ってわけでもないんだろうけど、そこは少し意外って感じ」
「そりゃあたしだって言いたくなる時はあるよ、聖人じゃないんだもん。……好きな人がないがしろにされるところを見て我慢できるほど、あたしって優しくないんだよね」
あたしがいろいろ言われる分には別に大丈夫だけどさー、なんて言いながら、千尋さんは楽しそうにくるりと一回転する。……つまり、千尋さんにとっての地雷は僕に関することになるという事なのだろう。それを踏まえてもう一度クラスの面々の行動を思い返してみると、もうすでに千尋さんと仲良くなれるようなメンツは一人も残っていないような気がした。
そいつらの失敗には合掌しておくとして、俺は千尋さんとのデートに意識を戻す。これは僕たちにとって不完全燃焼の遠足のリベンジであり、ラブコメを書くための引き出しを増やすための施策でもあった。
これでもし僕の筆の進みが良くなったならば、僕と千尋さんのデートは公私を合法的に混同できる最高の時間という事になる。……たとえ進まなかったとしても、それがデートの頻度を減らす理由には絶対ならないんだろうけどさ。
文章や絵にアウトプットする前段階として、経験や知識のインプットがなければいけないというのはしばしばいわれている話だ。その言葉に則って、今日インプットさせてもらおう。――特別な人と二人で過ごす、最高の休日って奴を。
「そういえばさ、今日は計画って組んであるの? ほら、あの時みたいなさ」
「ううん、今日は完全に行き当たりばったりのつもりだよ? だって時間なんて気にしないで満足するまでここに居ればいいし、それに反対する人なんて誰もいないし。――それに、紡君といられるならきっとどこに行ったって楽しく過ごせるもん」
そんなことを思いながら千尋さんに問いかけると、予想外だが嬉しい答えが笑顔とともに返ってくる。うっかりその笑顔だけで今日のデートに星五つを付けてしまいそうになるが、幸福感を噛み締めるのはまだまだ後だ。
「そっか。……それなら二人でのんびり、気の向くままに回ろうか」
「うん、それがいいよ。ねえねえ紡君、右と左どっちに行きたい?」
千尋さんの隣に並んで手をしっかりと握ると、千尋さんも力強く僕の手を握り返してくれる。『迷子にならないように』なんて理由も必要なくて、ただ僕たちはつなぎたいだけの手を繋いで動物園の景色を見まわしていた。
次回、動物園リベンジは続きます! 歩み寄った二人の様子、ぜひご覧いただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




