第四十三話『僕は変わるのか』
ゴトンと音を立てて落ちてきたペットボトルのふたを開けて、半分ぐらいを一息に飲み干す。そんなに即効性はないはずなのだが、喉がスポーツドリンクを通していくたびに気怠さが少しずつ遠ざかっていくような気がした。
なんだかんだ言って汗は相当かいてたし、知らないうちに塩分が不足していたのだろうか。……少しばかり、思考も鮮明になってきたような気がする。
『……そろそろ、約束の花畑だな』
『うん、そうだね。……見る限りでもいろんな種類のお花があって、本当にきれい』
信二の端末から聞こえてくる二人の話声が、作戦がつつがなく進んでいることを明確に教えてくれる。最初はどこか遠慮がちだった千尋さんの声も少しずついつも通りの者に戻ってきている様で、ひとまず安心と言ったところだ。
いくら信二でも千尋さんの心がここにあらずって状態じゃアプローチするも何もないだろうからね。そうなってしまえば僕の目的も達成されないし、三人が三人皆ちょっぴり損をするだけで終わってしまう。
――このやり方が決して褒められるようなことじゃないのは分かってるし、代償としていろんなものを失うことになるのはとっくに覚悟している。……そこまでしてでも、僕は答えを見つけたいんだ。
『千尋さん、花とかには詳しいのか?』
『うん、人より少し詳しいってぐらいだけどね。花言葉とか、そういうのを聞かれてもちょっと答えられないかな』
本格的に花が多く咲いているところに突入し始めたのか、会話が花に関するものへとスイッチしていく。事前に考えて居たことの成果なのか、信二も緊張しているような様子はなかった。
普段は話しかけようとするだけで相当委縮しているイメージなのだが、今回はそれだけ本気という事か。『青春を謳歌する』という信二にとっての至上命題が、苦手とする状況に対しても全力で臨ませている。
そんな信二の様子を声色から想像して、僕の胸が僅かにざわつく。……今からすることはその本気の信二の計画に水を差すことに他ならないのだと、そんな実感が今更ついてきた。
僕の回りたい場所を最終決行地にしたり、僕の感情も知らずに勝手に協力者にしたり、文句を言ってやりたい部分はごまんとある。……だけど、その主張の仕方が本当にこれでいいのか。王手の局面の将棋盤を思いっきりひっくり返してしまうような、そんな無粋な幕切れをさせてしまっていいものなのか。
「……いや、何今更日和ってるんだ」
頭の中にまとわりついてくる思考を首を振って振り払い、僕はイヤホンから聞こえてくる音声に耳を澄ませる。……それだけが、今の僕にできる行動だった。
人は変わってしまう生き物であるという事を、僕は嫌というほど知っている。永遠の友情も愛情も、そこからの展開次第では壊れてしまうものであることを知っている。『末永く幸せに暮らしました』なんて、昔話みたいな一文でくくれるほど人生ってのは波がないものじゃないのだ。
きっと、それは僕も例外じゃない。僕は変わり始めている。……多分、良くも悪くも。
『……今の照屋さんから、一皮むけてもらう必要がある』
そんなことを氷室さんに言われたことを、今更ながら思い出す。あの時はどうやればそんなことが出来るんだと、解散してから密かに頭を抱えたものだけど――
「……できるのかな、今の僕になら」
この遠足を超えた後、何か僕は変わっているのだろうか。……いい方向に変われていたらいいなと、心から思う。
『……ここ、だな』
『うん……そうだね。今までの花畑もきれいだったけど、ここはもっと凄いや』
そんなことを思った刹那、二人が感嘆する声が聞こえてくる。……きっと、目的地に到着したのだろう。写真で見るだけでもすごかったし、実際に見たらその感動はひとしおのはずだ。
その感動に上乗せして、きっと信二はここを忘れられない思い出の場所にするつもりだ。……ここが、作戦の決着地になる。
「……そろそろ行かないと」
その場所に二人が到着したのを確信して、僕も自販機を後にする。――僕たちにとって大事な瞬間は、もうすぐそこにまで迫ってきていた。
変わるのか、変わらないのか、変わりたくないのか。いろんな思いが錯綜しながらも、それを決めなくてはならない時がちかづいていきます。彼らの物語の到達点、ぜひお楽しみいただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




