第四十二話『僕は名付けたい』
「くらくら……って、それ絶対大丈夫じゃないよ! 照屋君はそこで待ってて、あたしが飲み物買ってくるから!」
僕の言葉を聞いて、千尋さんが眼を見開きながらすぐさま自販機の方に向かって駆けだそうとする。……だけど、僕はそれを手で静止した。
「……大丈夫、ちょっと休んだらすぐに追いつくから。だから、先にあの花畑で待っててくれないかな?」
「でも、そうやって一人でいるときに何かあったら……‼」
「……花畑で待っててくれてるって思えば、僕は頑張れるから。ここから立ち直るための目標になるためにも、二人は先に行って待っててくれないかな?」
千尋さんが僕のことを心配して行動しようとすることは、今までの優しいところを見ていれば確信できることだ。……だからこそ、この状況は想定している。千尋さんの優しさを借りる形になるのは凄く申し訳ない話ではあるけれど、これも後のために必要なことだ。
「……うん、それじゃあこうしよう? 三十分待っても照屋君が帰って来なかったら、あたしは全部ほっぽって自販機のところに戻るよ。……だから、どうしても動けなかったらそこの近くで待ってて」
「うん、それで大丈夫。……ありがとうね、千尋さん」
千尋さんが出した条件を呑んで、僕は千尋さんに感謝を告げる。……それでも少し納得がいかないような顔はしていたけれど、どうにか信二と千尋さんが二人でいる時間を作ることには成功したみたいだった。
「紡、くれぐれも無茶だけはすんなよ!」
「うん、分かってる。……僕のことは気にせず、楽しんでおいでね」
千尋さんとのやり取りがあらかた終わった後にようやく信二がそう一言だけ告げてきて、僕はそれに対して頷きを返す。これが作戦だと分かっているから大げさな振る舞いもできないんだろうけど、やっぱり信二は嘘が下手くそだ。……まあ、嘘を吐くのは僕だから別にいいんだけどさ。
二人の背中がだんだんと遠くなっていくのを見つめて、僕もくるりと踵を返す。遠く離れたところから見るとより景色に溶け込んでいるように感じられる自販機を目指して、僕は早足で歩いて行った。
ペットボトルは持っておかなければ戻った時に違和感が残るし、くらくらとまではいかなくても喉が渇いているのは間違いない事実だしね。……頭はズキズキと痛んでいるけれど、それは熱中症のせいってわけじゃないし。……ともすれば、もっと質の悪いものだし。
そうしてしばらく歩いたのち、僕は携帯をポケットから取り出す。……そして、きっと消音モードにしてあるであろう信二の携帯へと電話をかけた。
しばらくのコール音の後、ぱたぱたという足音がまず僕の耳に届く。……最初に聞こえてきたのは、とても心配そうな千尋さんの声だった。
『ねえ桐原君、ほんとに大丈夫だったのかな。照屋君、相当顔色悪かったように見えたけど……』
『本人がああいうなら大丈夫だろ……って、信じたいけどな。心配してたせいでロクに楽しめませんでした―とかいう方がアイツは怒りそうだし』
千尋さんの問いに対して、信二は少し口ごもりながらもそう答える。できる限りいつも通りの状態で花畑までたどり着くための方便なのだろうが、信二は僕の怒りのツボがどこにあると思っているのだろうか。
なんにせよ、通話の音質は大丈夫そうだ。『一番いいところで戻ってこないようにするために』なんて理由をつけて繋げてもらった通話だったが、これなら十分役割を果たしてくれそうだった。
この音声を聞くことを通じて、僕は自分の中にある感情に結論を出す必要がある。……端的に言えば、僕は信二に嫉妬しているのかという事をはっきりさせなければ次の行動は決めようもなかった。
いいか悪いかは別として、僕の中の感情は今はっきりしないものに支配されている。それがどんな衝動なのかも分からないし、その気持ちを満たすために何をすればいいのかよく分からない。……信二の作戦に乗ったのは、それに明確な名前を付けるためだ。
正直なところを言うのであれば、信二の恋路を応援しようという気持ちはもう露ほどしか残っていない。僕の変化にも気づかずここが僕の希望したポイントであることにも気づかず、あまつさえ千尋さんのより深い部分を知る機会を奪ったことで、信二の好感度は急速に下り坂だ。……だから、素直に千尋さんと仲良くなるのが嫌だとも思っている。
だけど、その気持ちに任せてできるのは作戦の妨害だけだ。……せっかくあの場に乱入するなら、妨害だけじゃない何かをしなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、僕も信二と同じくらい嫌な奴になってしまうだけだ。
この通話は乱入のタイミングを見計らうためのものであるというだけでなく、僕が僕の気持ちにはっきりとけじめをつけるために必要不可欠なものだ。……だから、たとえ胸が締め付けられようともしっかりと聞いていなければ。
そう改めて決意しながら、僕は自販機の前にたどり着く。……町中にある普通の自販機より高く設定された値段が、この場所が特別な空間であることを言外に主張しているかのようだった。
次回から遠足編クライマックスです! 果たして紡は自分の気持ちにどう名付けるのか、ぜひご注目いただければと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




