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第三十四話『僕と写真の思い出』

「うん、ありがと! ほかの人も待ってるし、そろそろどかないといけないかな……?」


 写真が撮られたのを確認するなり千尋さんは信二からスマホを受け取って、僕とコアラが一緒に映った一枚を確認する。……その口元は、なんだかさっきよりも満足げに緩んでいるように思えて。


 その横顔を何となくぼんやりと見つめていると、ブルリとスマホが振動する。……思わずそれを確認すれば、通知欄には千尋さんの名前が浮かび上がっていた。


 千尋さんの方を向いてその真意を問おうとするけれど、そのころにはもう次の動物の下へ向かうべくすたすたと歩きだしている。人込みの中に紛れていくその背中を見失わないようにしながら、僕と信二は二歩ほど遅れて千尋さんを追いかけた。


「ほらほら、キリンがいるよ! 思った以上に首長いんだね……」


 しばらくして僕たちが追いついたころには、千尋さんは柵に身体をぴったりと張り付けるようにしながら次のお目当てであるキリンをまじまじと見つめている。効率重視の回り方という宣言があるにはあったけど、それにしたってとんでもない切り替えの早さだ。その上で写真もしっかりと撮っているわけで、千尋さんの計画性の高さには改めて感服せざるを得ない。


「……うん、こういうのは近くで見ると予想以上に大きく見えるよね。イメージの中だともう少しこじんまりしてるというか、細長いイメージになりがちだけど」


「なんつーか、意外にゴツいんだな……てっきりヒョロヒョロの体形をしてるもんだと」


 がっしりとした足腰に視線を向けながら、信二はしみじみと声を上げる。この遠足は信二にとって千尋さんとの仲を深める絶好の機会でもあるわけだけど、それはそれとして遠足そのものを楽しむことも忘れてはいないみたいだ。――本当はこんなことを言っちゃいけないのかもしれないけど、その姿を見ると少しだけ心が楽になるな……。


 言ってしまえば、信二に写真を撮ってもらう作戦は逆効果もいいところだった。写真を撮ってもらう中で会話の機会が生まれたのはいいことだけど、それが祟ってツーショットのチャンスを逃してしまったわけだし、悔しさは相当なものだろう。……僕のことをよく思わなくなっても仕方がないぐらい、そのミスは大きなものだ。


 だけど、それはそれとして遠足そのものを楽しめてるんならその失敗も少しは緩和されるだろう。……仮に僕が信二の手助けをできなかったんだとして、信二の中に残る今日の思い出が嫌な物ばかりで埋まるという事は起こらないはずだ――


(……あれ?)


 そこまで考えて、僕はふと気づく。……まだまだ遠足は始まったばかりなのに、信二の頼みをこれっぽっちも果たせなかった時のことばかりを想定してしまっていることに。


 そして疑問に思う。……なんで、僕はここから先の手助けがうまく行かないものだと思ったんだろう?


 確かに想定外の事態が起きて逆効果になってしまったけれど、千尋さんと信二が話す機会を作るという観点なら手助けは成功していると言ってもいい。何もできないんじゃないかとか思っていた割に、僕は行動に起こすことが出来たってわけだ。


 なら、その中の何かが二人の仲を進展させる可能性は十分にあり得る。……なのに今、どうして僕は少したりともその可能性を考えなかったんだ?


 唐突に思い浮かんだ疑問が、解決も保留もされることなくぐるぐると頭の中を巡り続ける。……忘れようと思っても、そうするのを頭のどこかが拒んでいた。


 とりあえず意識を別の方向に逸らしたくて、僕はさっき確認し損ねた千尋さんからのメッセ―ジを確認する。『三件の新着メッセージがあります』と書かれたそれをタップしてアプリを開き、千尋さんとのトーク画面へと飛ぶ。……すると、すぐに一枚の写真が僕の目に飛び込んできて――


「……これ」


 そこに映っていたのは、千尋さんと僕とコアラのスリーショットだ。にこにこと満面の笑みを浮かべている千尋さんとは対照的に、僕の表情はぎこちなくてどこか強張っている。その右サイドでのんきに寝ているコアラも相まって、随分とシュールな一枚だった。


 いつもだったら恥ずかしくてすぐに目を背けてしまいそうになるけれど、僕はどういうわけかその写真から目を離せない。……思えば、こうやって誰かと二人で写真に写ったのって何年ぶりだったっけ。


 短く見積もっても、高校時代には一枚もないはずだ。僕も信二も自撮りが好きな方ではないし、写真を取ろうと言いあうこともない。……だから、きっとさかのぼるとしたら中学時代、今や僕の中だけの思い出になってしまった『あの子』との写真にまで遡ることになるんだろう。


 その時も確か僕は笑顔がぎこちなくて、母さんに少し呆れられていたっけ。だけどそれを見ても『あの子』は怒るでもなく、むしろ満足そうな笑顔を浮かべてくれていて――


『照屋君と二人で写真が撮れたの、すごく嬉しいな』


「……っ、うっ」


 そんなことを思っていた矢先に視界に入った千尋さんからのメッセージに、僕は無意識のうちに息を呑む。……それはちょうど、あの時『あの子』が言ってくれたことにとても良く似ていて。


「……紡、体調でも悪いか?」


 自分でも思っていたより長くスマホの画面に見入っていたのか、信二が少し心配そうにこちらを見つめてくる。……ここで『人酔いした』とか言えば自然に千尋さんと信二を二人きりにできたのかもしれないけれど、そんなことをする気はとても起きない。たとえ『やれ』と言われても、絶対にそうすることはなかっただろう。


「ううん、大丈夫。今更お母さんがお土産を指定してきててギョッとしただけだから」


 軽く首を振って、僕は信二のことを誤魔化す。……思えば、作家業に関わること以外で信二に明確な嘘を吐くのはこれが初めてかもしれなかった。

 自分のことは自分が一番よく分かってるだなんて言いますが、そんなのは時と場合による話だと思うんですよね。紡も絶賛自分が分からなくなっているわけですが、果たしてその答えは見つかるのか! ぜひ見届けていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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