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第二十八話『僕は自問する』

 僕が千尋さんを名前で呼ぼうと思ったのは、千尋さんにずっと覚えていてほしいからだ。信二にしたってそう、信二ならば僕のことを覚えていてくれると思ったから。……覚えていてくれるような、特別な存在になりたいと思ったからだ。


 そりゃ何の努力もせずにずっと誰かの特別でいられるなんて思いあがったことは考えて居ないし、覚えていてもらうための努力はずっとしてきたはずだ。……小学生のあの時も、中学生のあの時だって。きっと今も、その行動原理は変わってない。


 それに従うのならば、僕は信二の計画を手伝うべきなんだろう。それが最も信二のためになるはずで、信二はその遠足のことを覚えていてくれるだろうから。


 だけど、そのフィルムの中にたぶん僕はいない。……なら、そこで手伝うことには何の意味があるんだろう?


「……だめだ、答えが出ない」


 自室のベッドをごろごろと転がりながら、僕は一人でああだろうかこうだろうかと自問を繰り返し続ける。それに対する自答は九割近く返ってこないくせに、『忘れられたくない』って思いだけはいつもと変わらずに主張を続けてきていた。


 こういうシチュエーションを、世の中では『板挟み』って言うんだろうか。僕のことを二人ともに覚えていてほしいはずなのに、それを実現できる方法がいつまで経っても白紙のままだ。……断るにしても受けるにしても、なにがしかの代価は支払う必要がある。


 今のところ一番悪くないのは『受けた上で思いっきり失敗する』なのだけれど、それは事態の先延ばしにしかなっていないような気がしないでもない。……信二からの心証は、間違いなく悪くなるだろうし。


 恋愛か友情かとかの問題のようにも見えるけど、実情はそうじゃないようにも思えるからなおさら面倒だ。……どうすれば、僕は僕の望む結果にたどり着けるのだろう。


「……いっそ当日休むか?」


 ふとそんな考えが頭の中に浮かんできて、急速に僕の中で勢力を増していく。……そうして得た二人の機会に信二が神がかり的なアプローチを見せたら帰った時には僕の居場所がないなんてことにはなりかねないが、少なくとも僕に対する心証が悪化するなんてことはない――はず、だ。


「そうすれば信二は『これ自体が作戦なんだ』って思うし、千尋さんには普通の体調不良として通る。……うん、そうすれば多分最悪の結果には――」


 考えられる結末をあれやこれやと想定しながら、僕はその作戦の有力性を少しずつ固めていく。うん、そうするべきだ。そうすれば、少なくとも僕が恐れるような結末はほとんど訪れない――


 そう思った瞬間、ポケットに突っこんだままにしていた携帯がブルリと振動する。……まるで僕の決断を見透かしたかのように、千尋さんからのメッセージが届いていた。


『照屋君と行ける遠足、楽しみすぎて張り切っちゃった。まだまだいろいろできることはあるかもしれないから、何かあったら照屋君もいろいろ教えてね?』


 上機嫌なのがよく分かるメッセージと、『おねがいします』とぺこりとお辞儀をするゴリラのスタンプ。……いつも通りの千尋さんの文面が、今ばかりは胸に突き刺さった。


「……そりゃそうだよな、わざわざ僕に声をかけてくれたんだから」


『了解!』と敬礼するキャラクターのスタンプを送り返して、僕は起こしかけていた上半身を再びぼふっとベッドに埋める。……完成しかけていた僕の行動方針は、千尋さんのメッセージ一つで簡単に白紙に戻った。


 千尋さんが楽しみにしてるのはただの遠足じゃなくて、『僕たち三人で巡る』遠足だ。……それを僕の身勝手な意思で破壊することは絶対にできない。……したくない、の方が正しいのかもしれない。


 それを理解してしまった時点で、仮病を使う作戦もなしだ。……そして結局、また何もできなくなる。


 僕を挟んでいた二枚の板の下から抜け出そうとしていたら、そこに先回りして頑丈な床を立てつけられたような気分だ。残る出口は天井だけだけど、そんなものもすぐにふさがってしまうだろう。……都合のいい脱出口も作戦も、この現実って舞台でふらっと現れてくれるはずがない。


 ……多分、初めから分かりきったことだったんだろう。どうしたって両方からの心証をよくする方法なんてなくて、僕はどっちを優先するかの選択をするしかない。……それをする覚悟がないから、そうしなくてすむ方法があるかもしれないという都合のいい可能性に縋っていただけで。


 よしんばそれが見つかって信二と千尋さんの仲がうまく行ったとて、その空間に僕が存在できるだけの隙間がなくなる可能性が消えたわけじゃないんだ。……結局のところ、ノーリスクなんてありえない。


 きっとお似合いのカップルになるであろう二人の姿を思い浮かべて、僕は思わず目を閉じる。……きっとどこから見ても文句のつけようがない二人組の姿を、僕だけは直視できそうになかった。


『嫌だ』と、明確にそう思う。その未来を僕は絶対に歓迎できないのだろうと、やけに強く確信できる。――じゃあ、その理由は?


「………………わっ、かんないなあ……」


 ただただ白い天井をぼんやりと視界に入れながら、僕は見えない何かに降参するかのように唸り交じりの声を上げる。……結局具体的な解決策なんて出せるはずもないまま、気が付けば窓の外は真っ暗になっていた。

 紡にとってもあれこれと悩まなければいけない時期が続きますが、ここを抜けることは紡にとって大きな一歩となります。果たしてどんな結論を抱いてこのトンネルを抜けるのか、ぜひお楽しみにしていただければ幸いです!

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