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第十四話『千尋さんも分からない』

「……ほら、コーヒー二つ。砂糖は置いとくからいい感じに使ってやってくれ」


 厨房の奥から顔を出したお姉さんが、僕と千尋さんの前にカップをそれぞれ置く。白い湯気がもくもくと立ち上がり、濃厚な香りが鼻をくすぐった。


 軽く頭を下げてからそれを口に運ぶと、コクのある苦みが口の中一杯に広がってくる。ブラックコーヒーの中にはただただ苦みだけが強引に主張してくるようなものもあるんだけど、お姉さんが淹れたコーヒーには確かな旨味が隠れていた。……うん、これは確かに繁盛するわけだ。


「照屋君、コーヒーブラックで飲むんだ。なんだか予想外だったかも」


 その隣でコーヒーに角砂糖を入れながら、千尋さんがそう声をかけてくる。その手は一定のペースで角砂糖をひょいひょいと運んでいて、本人の意志とは別に動く機械のようだった。


「こればかりは千尋が淹れすぎなだけだ、ウチのお客さんの中にはブラックしか頼まないって方も普通にいるからな。……まあ、お前がそうだとは私も少し意外だが」


「あ、最後の結論は変わらないんですね……」


 フォローかと思いきや千尋さんへの援護射撃なお姉さんの言葉に、僕は苦笑いを浮かべながらもう一口コーヒーを口に含む。……うん、やっぱりおいしい。


「このコーヒーが毎日飲めるんだったら、僕もこのカフェの常連になりたいぐらいですね。……残念ながら、外ではあまり小説が書けなくなっちゃうんですけど」


「そりゃ惜しいな、生憎この店はテイクアウト非対応だ。……ま、気に入ってくれたならまた個人的に来てくれればいいさ」


 常連が増えるのは嬉しいことだからな、とお姉さんは少し笑みを浮かべながら答える。まだ少し表情は硬かったけど、もう僕のことを過剰に警戒しているというわけではなさそうだ。


 そんなことを考えて居る僕の隣では、砂糖とたっぷり溶かし終わった千尋さんがおいしそうにコーヒーをすすっている、その甘さとは対照的にお姉さんは苦々し気な顔をしていたが、可愛い妹の満足感に水を差すようなことはどうやらできないらしかった。


 これがもし仮に僕のコーヒーだったら、お姉さんはいったいどんな反応を見せていたのだろうか。……少し気にはなるけれども、やろうという気はどこからも起きなかった。


「……話を強引に引き戻すようで悪いが、千尋は実際どうやって小説を克服するつもりだ? こいつと一緒にいる中で自然と克服できるなら全然問題はないにしても、そんな簡単な問題じゃないことは千尋が一番分かっているだろ」


「……そういえば、僕たち『どうやって』千尋さんのその問題を解決するかは全く話してなかったね……」


 カウンターの向こう側に腰掛けるお姉さんから投げかけられた質問に、僕は戸惑いながら千尋さんの方を見やる。協力するとは確かに言ったが、千尋さんが僕に何をしてほしいかというのは一つも聞かされたことがない。……それはつまり、千尋さんの期待に添えるかも実はまだはっきりしてないってことだ。


 僕は確かに作家ではあるけれど、詰んできた経験はまだまだ浅い。小説家としての経験談もそんなにないし、小説を好きになれるような気の利いたことが言えるかって聞かれるとそれもまた怪しいところだ。……だとしても、今更協力を諦める気には全くなれないのだけれど――


「あれ、言ってなかったっけ? あたしはね、照屋君にキラキラを見せてほしいの。あの日本屋さんで見たあのキラキラを、照屋君の近くでもっともっと見せてほしい」


 そんな僕の真剣さとは裏腹に、千尋さんは少し驚いたような表情を浮かべてあっさりと僕に対する要求を投げかけてくる。……そういえば、ずっと一貫して千尋さんは僕の『キラキラ』を求め続けていた。


「ああ、千尋がこいつから出る『キラキラ』をヒントにしようとしてるのは分かった。……だけど、それは具体的にどうやったら出てくるものなんだ?」


 僕の中に浮かんだ疑問を代弁するかのように、お姉さんが千尋さんをまっすぐ見つめて問いかける。それにもすぐに答えが返ってくるとばかり思っていたのだが、千尋さんは意外にも首を大きく傾けた。


「……うーん、それが分からないんだよね……。どういうときに出てくるものか分かってたら、あたし自身ももう少し違うプランを照屋君に提示できたと思うんだけどなあ」

 

 悔しそうにうなりを上げて、千尋さんはコーヒーをまた一口飲む。僕に求められていた『キラキラ』の正体は、千尋さんの答えによって闇の中へと消えてしまった。


 そうなると今分かってるのは『イデアレス・バレット』の最終巻が発売していた日の僕に見えたものであるっていう情報だけになってしまうのだが、それのどこにヒントがあるかは分からないままだ。……正直なところ、僕からは手詰まりだとしか言いようがない。


「……だからね、あたしは考えたんだ。分からないなら、分かるまで一緒にいればいいんじゃないかって。……だって、照屋君は確かにあの時キラキラしてたんだもん」


 あまりの難題に僕は首を捻ることしかできなかったが、それを見たうえで千尋さんはさらに話を前に進める。……やっぱりその瞳には、悩める僕の姿がはっきりと映っていて。


「……照屋君が作家として色々やってるところ、あたしに見せてほしいな。そうすれば、あたしが見たかったキラキラの正体もはっきりすると思うんだけど――」


――だめ、かな?


 少し不安げにしながらも、千尋さんは僕に向かって手を合わせる。その瞳はかすかに揺れていて、だけどその奥には隠し切れない期待があるような気がしてならなくて。


……それを目の前にした僕に、『断る』なんて選択肢が選べるはずもなかった。

 個のお願いをきっかけに、二人の日常は変化していきます! 変わりながらもはっきりとしていく二人の関係、これからもぜひ見守っていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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