77 獣人族と海の向こうの大陸 5
俺たちは崖の上の小屋に戻って、二人のスーリア族の男たちから二年前の事件の真相を聞いた。もちろん、ザガンが二人と話をして、それを俺が獣人たちに伝えるちうやり方だ。
「……そうだったんだ……父ちゃんを殺した本当の犯人は、シーサーペントだったんだな」
「まあ、そういうことだ。どうする?まだ敵討ちをしたいか?」
俺の問いに、リトはちらりと妹に目を向けた後、唇を引き結び、悲壮な目で俺を見つめた。
「悔しいけど……あきらめるよ。シーサーペントなんて、誰にもどうすることもできないから……」
「うん、まあ…どうにかならないこともない、かな」
俺の言葉に、リトも他の獣人たちも呆気にとられた顔で、口をポカンと開いたまま目を見開いた。言葉が分からないザガンたちも、異様な雰囲気に戸惑いながら俺に目を向けた。
「お、おい、トーマ、冗談だよな?」
「に、兄ちゃん、シーサーペントをやっつけられるのか?」
俺は両手でリトたちに落ち着くように指示したあと、ザガンに問い掛けた。
(ザガン、俺はシーサーペントを倒そうと思う。そこで頼みがあるんだが、シーサーペントは見つけられるか?)
ザガンは一瞬驚いたような目をしたが、すぐにしっかりと頷いた。
『ああ、もちろんできる。しかし、我々でも集団でなければ倒せない相手だ。特に、海に長時間潜れない君たちには厳しいと思うが……』
(うん、それには少し考えがある。よし、じゃあ、明日の朝、討伐を決行する。協力してくれるか?)
『ああ、もちろんだ。喜んで協力するよ』
俺はザガンとしっかり握手を交わし、獣人たちを振り返った。
「よし、あとは船だな。バル、ゼムさんに頼んでくれるか? 明日の昼前に海に出ようと思う」
「お、おう、それは任せてくれ。しかし、どうやってシーサーペントを倒すつもりだ?」
獣人たちはバルの言葉にうんうんと頷いて、身を乗り出すように俺の答えを待っていた。
「俺が魔法を使えるってことは言っただろう?」
「ああ、聞いた」
獣人たちは頷きながら、何人かがごくりと唾液を飲み込んだ。
「使える魔法はいくつかある。で、そいつを組み合わせてだな、こう……ああ、説明するのが面倒くさい。ということで、あとは見てのお楽しみだ」
『マスター、実は何も考えてなかったのでしょう?』
(う、うるさい、一応考えはあるんだよ。上手くいくかは分からないけど……)
ナビが肩をすくめるイメージが頭に浮かんだ。
獣人たちは肩透かしを食って、残念そうな表情でため息を吐いた。
「わかった…じゃあ、俺とリト、ルドはゼム爺さんのところへ行ってくる」
「ああ、頼む。あ、そうだ、手土産持っていった方が話しやすいだろう?ちょっと待っててくれ」
俺はそう言うと、小屋の外に出て、ルームから市場で買っておいた食料の中から、チーズとパンを取り出して小屋に戻った。バルたちは、それを受け取ると、ゼム爺さんの小屋へ向かった。
「よし、じゃあ今夜はシーサーペント討伐に向けての景気づけだ。美味いもの食って力を蓄えようぜ。ベルさん、料理はできるかい?」
「え、ええ、料理は得意よ。でも、材料が……」
「ああ、すぐ持ってくるよ」
俺はそう言って再び小屋を出て行った。いちいち面倒臭いが、収納魔法を見られたらまた大騒ぎになるのが分かっているから仕方がない。
♢♢♢
夕日が差し込む小屋の中に美味そうな匂いが充満している。獣人の姉妹が楽し気に作った魚と野菜の煮込み料理がそろそろ出来上がるという頃、小屋のドアが開いて、ゼムさんの所に行っていたバルたちが帰ってきた。彼ら三人の背後には、一人の大柄な獣人が立っていた。
「ただいま……ああ、トーマ、こちらが族長のゼムさんだ」
「お帰り。あ、どうも、冒険者のトーマです。わざわざ来てくれたんですか?」
俺は立ち上がってちょこんと頭を下げたが、その大柄な獣人は無言でじっと俺を舐め回すように見ていた。
彼は老人らしいが、俺の目にはどう見てもまだ働き盛りの筋骨たくましい壮年の男にしか見えなかった。獣人というのは長寿なのか、死ぬまで見た目があまり変わらないのだろうか。
バルが少しすまなそうな表情で頭に手をやりながら、代わりに答えた。
「ああ、すまない。その、今までのことを話して、船を出してもらうように頼んだんだが……君が、その、本当にシーサーペントを倒せるのか、自分の目で確かめないと引き受けられない、ということで、つまりだな……」
「シーサーペントを倒せるだと? お前のようなこわっぱが?」
ゼムがバルを遮って、ずいと前に出てきてそう言った。
一瞬にして小屋の中の空気が凍りついたように静まり返った。
「ああ、そうですね、なんとかなると思いますよ」
「ふざけるなっ!!」
俺がとぼけたように答えると、ゼムは烈火のごとく怒って叫んだ。
「そんないい加減な奴に、こいつらの命が賭けられるかっ! おい、お前たち村へ帰るぞ」
ゼムはそう言って、バルたちを促して去って行こうとした。
「逃げるんですか?」
「な、貴様のような…」
ゼムが何かを言おうとする前に、俺は彼を遮って続けた。
「あなたたち、獣人が過去に辛い経験をしたことは、いろいろな人から聞きました。でも、だから何だって言うんです? だから、人間は信用できない、協力はしないし、恨みを抱えたまま、人間たちから離れて暮らす、ですか? それは、俺に言わせれば逃げているだけだ。
でも、このバルやリトたちには、まだ長い未来がある。俺は、彼らに堂々と人間たちと対等な関係で生きていって欲しい。これは、その大事な第一歩になるはずです」
ゼムはいつしか呆気にとられたように、口を開けたまま俺を見つめていた。
「……お前、本当に子どもか? ふっ、まあいい。それだけの口をきくからには、それだけの実力があるということだな? では、それを見せてもらおうか。ついて来い」
ゼムは口元に笑みを浮かべると、小屋を出て行った。
「ト、トーマ、すまねえ、あの人は……」
「うん、分かっているよ。皆は先に夕食を食べていてくれ。ちょっと、行ってくる」
俺はそう言い残すと、ゼムの後について小屋から出た。




