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少し冷めた村人少年の冒険記  作者: 水野 精
45/80

44 決戦のとき 2

 ライナス様たちは、食糧倉庫の中で俺が来るのを待っていた。


「すみません、遅くなって」

「いや、思ったより早かったが、大丈夫なのか?」

「はい。この戦いが済むまではおとなしくしています」

「そ、そうか。じゃあ、行こうか」

 ライナス様は、何を想像したのか、少し顔を引きつらせながら頷いた。


「じゃあ、ポピィ、頼む」

「はい、ちょっと待っててください」

 ポピィは頷くと、部屋の突き当りにあるワインの棚の前を右に曲がった。すると、次の瞬間、ワインの棚が音も無くスーッと左に移動したのだった。


 俺とライナス様は顔を見合わせて頷き合うと、移動した棚の方へ行こうとした。


「ちょっと、待ちなっ」


 突然聞こえてきた声に、俺たちは驚いて身構えた。


「アンジェリカさん……」

 ランプの光に浮かび上がった人物を見て、俺は気まずい思いで彼(彼女?)を見つめた。


「あら、驚いたねぇ、領主様じきじきのお出ましかい? ふふ……」

「トーマ、この女は?」

 いや、ライナス様、この人、男ですよ。声で分かるでしょう?


 ライナス様と衛兵たちが、すぐにでも切りかかる素振りを見せたので、俺は彼らを手で制して、アンジェリカに向き合った。


「アンジェリカさん、できれば眠っていてほしかったです……」

「トーマ、あんた、領主様の犬だったんだね? すっかり騙されてたよ。まさか、ポピィもあたしを騙していたなんてね」

「わ、わたしは……」

 ポピィは泣きそうな顔でアンジェリカを見つめ、しかし、何も言えずうつむいた。


 俺も、反論できなかった。自分ではそんなつもりはなかったが、確かにやっていることは、領主の犬と言われても仕方がない。


「アンジェリカさん、このまま黙って見逃してくれませんか?」

「そいつは無理だね。あんたたちの狙いはルイスなんだろう? あんな弟でも、血を分けた弟なんでね、黙って殺されるのを見ているわけにはいかないのさ」


 これは何を言ってもだめかもしれない。アンジェリカがもともと悪人じゃないのは分かっている。だが、弟がやっていることを暗黙にでも許すというなら、同罪だ。


「あなたの弟が作って広めている魔薬が、どんなに恐ろしい物か知っていますか? それを知っていても、邪魔をするというなら、あなたを倒します」


 俺の言葉に、アンジェリカの顔が青ざめ、目に鋭い光が宿った。

「知った風な口を叩くんじゃないよ……薬の恐ろしさを知っているかだって? ああ、知っているさ……だけどね、あたしたちが領主から受けた仕打ちに比べれば、可愛いもんさ。どんなに領主が代わろうと、貴族なんて、どいつもこいつも同じさ、金、金、金、そして女……トーマ、あたしの妹のこと話したよね、病気で死んだって……あれはね、ウソさ……妹は、可愛いあたしたちのアンジェリカはね、あのクソ豚領主に散々慰み者にされたあげく、殺されたんだよっ! ただ、飽きた、それだけの理由でねっ!」


「……あなたが受けた苦しみは、想像することしかできません。でも、人間って、本当に絶望したら、怒りも出てこないんじゃないかな、と思うんです。今、あなたが視線をライナス様に向けて、強い怒りの言葉を浴びせているのは、裏を返せば、まだ、希望を捨てていないからではありませんか?」


 アンジェリカの顔に驚きが浮かび、口元に微かな笑みが浮かんだ。

「トーマ、あんた絶対年齢を偽っているだろう? エルフの血でも混じっているのかい? 本当は二百歳超えてるんじゃないかい? ふふ……でもね、たとえあんたが想像した通りであっても、この先に行かせるわけにはいかないね」


「仕方ありませんね。ポピィ、扉を開けて先に行けっ」

「させないって、言ってるだろっ!」

 アンジェリカ(本名は知らない)は、ドレスのすその下から、二本のククリナイフを取り出して、ポピィたちに襲い掛かろうとした。


 ガキ~ンッ! 

 アンジェリカも速かったが、俺のスピードの方が勝った。俺は素早く彼の進行方向の前に移動して、メイスを横殴りに振った。アンジェリカはナイフを交差させてそれを受け止め、立ち止まった。


「……ほう、なるほどね。でかい口叩くだけのことはあるじゃないか。だが、この狭い中じゃ小回りが利く方が有利なのさ」

 アンジェリカはそう言うと、その巨体に似合わぬ軽業師のような身のこなしで、蹴りを交えながら縦横にククリナイフで切りつけてきた。


 あんたもステータスの恐ろしさを知らないんだな。確かに経験による技術は大切だ。それがステータスの差を無にすることもあるだろう。だが、どんなに技術が優れていても、スピードに歴然とした差があるときは、意味が無いんだ。


 俺は彼の動きを見極めながら、足や腕に打撃を加えていった。やがて、アンジェリカの動きは目に見えて悪くなっていった。そして、俺のメイスの石突きの部分が、彼の鳩尾に食い込んだ。

 

「ウグッ!……ガハッ」

 アンジェリカは腹を押さえて膝をつき、ククリナイフが手から離れて床に落ちた。

 俺はとどめを刺すために、ためらいも無くメイスを振り上げた。


「だめっ、トーマ様っ!」


 不意の聞こえてきたポピィの叫び声に、俺は一瞬メイスを振り下ろすのをためらった。

「グアッ!」

 俺の腹に焼けた鉄の棒をねじ込まれたような激痛が走った。

「ふふ……油断は命取りよ」

 俺の右わき腹に、ククリナイフが突き刺さっていた。

「ト、トーマ…さ…ま…いやあああっ、アアアアアアッ!」

『マスター、ご安心を。ルーム内のポーションを使用して内部治療を始めます』

 ポピィの絶叫とナビの声が重なり、激痛によるめまいもごっちゃになって、訳の分からない一瞬の時間が、永遠に長くも感じた。


 ドスッ!……鈍い音の後、俺にもたれかかるようにアンジェリカが倒れてきた。

 側には、返り血を浴びて、普段とは別人の悪鬼のような顔でアンジェリカを見下ろし、荒い息を吐いているポピィの姿があった。俺は思わずゾッとなった。


 ああ、もう、いろんなことがいっぺんに起こりすぎて、訳が分からんっ! とりあえず、冷静になれ、俺……。よし、冷静になった。うん、刺された痛みも、ナビが恐らく体の中から治療してくれているのだろう、だいぶ楽になってきた。


「ポピィ、ポピィ……おい、ポピィ、よく聞け……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……わたしのせいで、トーマ様が……ああああ……」

「俺は大丈夫だ。それより、なぜここにいる? ライナス様たちはどうした?」

「え、えっと、先に行くと……ほ、ほんとに、大丈夫ですか? トーマ様……」

「ああ、大丈夫だ、今、ポーションで治療している。だから、早くライナス様を追って行け。ライナス様をお守りするんだ」

「で、でも……」

「うるさいっ、早く行けっ! 俺たちの仕事をやり遂げろっ!」

 俺が初めて怒りの表情を見せて叫ぶと、ポピィは慌てて立ち上がった。


「ほら、忘れ物だ……俺もすぐ後から行く。ライナス様を頼むぞ」

 俺は、アンジェリカの背中に刺さっていたダガーナイフを引き抜いて、ポピィに手渡した。

「は、はい……行きます」

 ポピィは、ようやく泣くのをやめて、何度か振り返りながら隠し扉の方へ去って行った。


(ああ、痛え……なあ、ナビ、こいつ、もう死んでるのかな?)

 俺はゆっくりと立ち上がりながら、アンジェリカを見下ろした。


『まだ、かろうじて心臓は動いていますが、かなり弱いです。出血が続いていますので、あと、持って数分かと』


(ルームの中でも治療できるのか?)


『はい、可能です。ですが、この者を助けても意味はないかと』


(……まあな。俺もさっきこいつを殺そうとしたんだが……なぜか、こんなことになった。なんかさ、意味を決めるのは俺じゃなく、助けるのが俺の意味なのかなって……よく分からんけどな……助けたら、ポピィが喜ぶだろう?)


『……分かりました。やってみます。ルームに入れてください』


 俺は、ナビに心の中で感謝しながら、アンジェリカを〈ルーム〉の中に収納した。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] こういう奴見るといつも思うけど、復讐したきゃせめて同じ貴族を狙えや! クソ貴族と同じように抵抗できない弱者を食い物にする道を選んだんだよ! ってアホか。
[一言] ポピィ先に行けって言われて無視して戦闘見てたのか… それとも行動する前に現在の状況になったのか… どちらにしても余計なことした感がありますね。
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