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忘れものの君へ  作者: 雨月 そら
5/12

夜の空散歩と少女の祈り?

 「うわぁ〜...街の灯りが、綺麗〜。ね、雪」


 「そうだね、はいいけど、こんな空高く飛んでどうするの?あぁ、リンは目がとてつもなく良くて、この距離でも見れるんだー。すごいねー」


 眉に皺を寄せて不満げな雪の視線に、リンは苦笑い。


 「まっさか〜!そしたら、マサイ族の人もびっくりだよぉ〜...あ、うん、ごめん。思いの外、力が強いみたいで...」 


 片眉を上げジトーっと呆れた視線を送ってくる雪に、リンはふと母の言葉を思い出して素直に謝る。


 「力のコントロールは、しっかりしなさいが、い、つ、も、ママに口酸っぱ言われてたの、思い出した?それになんで、飛行するための翼まであるの?いくらなんでも、まだこの時間、人は寝静まってないでしょ?人間が、僕達が飛んでるの見たら、驚くでしょ?ニュースになったらどーするの?動き辛くなるだけじゃ、済まないよ?」


 「...でも...この距離なら、見えないから平気じゃない?」


 「...まさかとは思うけど、人間界の空って、忘れ物の君が泳いでるはずの空だから、飛べば、一緒に飛んでる気分になれるかも...とかないよね?」


 リンは黙り込むと視線を明後日の方向に、何度も素早く瞬きをする。実に分かりやすい性格、嘘を隠すのが下手である。


 「...リン、遊びに来てるわけじゃないんだからね!人間界にきている意味、ちゃんと思い出して!」


 「...で、でもさぁ〜?折角のまんまるピカピカな綺麗なお月様前で、こんなに最適な気温、心地よい風が吹いて、星もキラッキラに輝いて宝石みたいだし、街の灯りも星には負けるけど、光の地図みたいで綺麗だし...最高のロケーションじゃない?ダメ?きっと、気持ちいいよ?」


 リンは口元の前で両手を組んで、目をうるうるさせながら雪に訴えかけている。


 「......あぁ!もう、それやめてよね!もう...しょうがないな!ちょっとだけだからね!」


 「やったぁ〜!雪、やっさし〜...でも、雪も、空飛んでみたかったんじゃない?なんかさ〜、声がソワソワと落ち着かない感じだし、目が爛々としてるの気づいてる?て言うか、どんなに私と話す時だけ見繕ってポーカーフェース決め込んでも誤魔化せないのよ、雪?嬉しそうなの、見え見えなんだから!素直にならないと、ね!」


 指摘されて初めて気づいたのか、雪は恥ずかしいそうに顔をぱっと両手で覆い俯く。その時、サラサラっと流れた髪から覗く耳は真っ赤になっていた。


 「...ふっ。他の人には分からなくても、長年、一緒にいるこの私に、隠しごとなんて無理なんだからね!そういう意地張るところ、直した方がいいよ!ふっふっふ!なーんて、兎に角、一緒に楽しもう!」


 恥ずかしがって沈黙していた雪の手を無理やり取って、リンはタンタンっと軽やかなスキップ、最後に強く蹴り出すと大きくジャンプ、背の羽は大きく夜空に広がって羽ばたく。


 「きっもちぃーーーーーーーーぃ!!!」


 ひゅーーーーと風が歓迎するように優しく吹いてリンと雪はその風に乗り、更にぐんっと上昇、すぅーっと夜空を大きくぐるりと旋回すれば、すぐそこにはとても大きな黄金に輝く満月。その月の前では、リンと雪は豆粒のようである。


 翼を優雅に羽ばたかせ、手と手を取って風の勢い乗ってくるりと一回転。パッと手を離せば緩やかな風が後押しして、月の周りを優雅に空中散歩。

 ひゅーーーーと強めの風が吹けば、それに乗って二人でくるりくるりと上に回旋して一回転、ジェットコースターが落ちてくるみたいに下降するも、近くの山ですいーっと泳ぐみたいに回って緩やかな風に乗り、紙飛行機が飛ぶようにゆる〜りと蛇行して飛んでから、リンは街の一等高い時計台の屋根の天辺に止まってしまう。

 飛行した高揚感に酔いしれながら屋根の天辺で街を見下ろしているリンを、雪は後から追いかけて見上げる。


 巨大な月に羽を高く広げたリンは鳥というよりは、本当に天使みたいだと雪は一瞬見惚れてしまうが、チカっと月光が眩しく視界を遮るように光って目を閉じる。

 そうしたことで気持ちが落ち着いて、自然と深呼吸。

 目を開いた時には先程の高揚感は和らいで雪は冷静さを取り戻すと、はっと我に返った。


 リンが今、どれだけ危険な行為をしているかに気づいたのだ。

 すぐさま雪はリンの手を強引に引っ張って、時計台の鐘のある薄暗い場所へと隠れた。


 「ちょ、リン!あんな所に立って、怪しいにも程があるよ!」


 焦りと怒りを混ぜ合わせた落ち着きのない雪だが、きちんと小声で時計台から人影が見えないようにちゃんと本能でしゃがみ込んでいる。もちろん、リンも半ば強引に同じ姿勢を取らせている。


 「痛い痛い!雪、痛いって!言いたいことは分かるけど、手に力込めすぎ!遣い魔はそうでなくても、力が強いんだから!」


 雪が小声で話しているのでリンも釣られて小声で話しているが、ぷんすか頬を膨らませて目を細めジトーっと軽く睨んでいる。


 「...あ、ごめん。つい...」


 「つい、ね...」


 雪は申し訳なさそうに手を離すが、リンはジトーっとした視線のままだ。


 「...ちょっと、待って!なんで僕が、悪いみたいに見るのさ!そもそも、そう、そもそもは、リンが派手なことするから、こんな所で隠れなきゃいけない、わ、け、で、反省するのはリンだから!!」


 ついつい興奮して大きめな声になってしまった雪に、リンはしーっと自分の口に人差し指を立てる。


 「...あ、うん、ごめん」


 今度は黙ってジトーっと睨むのは雪で、リンは両手を顔の前で合掌して小声で謝る。


 「興奮冷めやらぬ、っていうかね?」


 「だからって、先に忠告したはずだけど?だから半人前なんだよ、リンは!パパにも、魔法を使う時は、冷静な心が需要って言われてたでしょ?」


 「...う...まぁ〜...でも、雪も楽しんでたでしょ?」


 「うっ...それは...まぁ、でも、僕はあんな堂々と、誰かに見つかるような飛び方は...まぁ...反省して、何かあったら最悪、記憶操作しないとだから...厄介すぎ...あぁ...ていうか、あのお婆ちゃんに見られてたら、事によっては僕達、やばいよ...」


 飛行の楽しさで頭がいっぱいだったのは雪も一緒で、冷静になって思い出せば青ざめるしかない。


 「でもさ、もう飛んじゃったし...それに、ここまで特段、何かあったわけじゃないし、ねぇ〜?」


 「それは気づいていない、だけって、言わない?」


 「...まぁ...でも、ここでクヨクヨしてても仕方ないし。とりあえず、ここから一刻も早く離れた方が何かあったとしても、よくない?事件現場にいるってことは、犯人だって言ってるようなもんでしょ?」


 「いや、僕達は犯人でも、犯罪者、ましてや殺人犯でもないから、そのものの言い方は如何かと思うけど...探偵ドラマの見過ぎ。でも、怪しまれるのはできるだけ避けたいから...あ!...あそこから下に降りられるんじゃない?」


 そう言って雪は周りをキョロキョロ見回し、下に続く階段の入口を指差した。

 リンは指さされた方を一度見てから、雪に向き直る。二人は息ぴったりに頷いて、雪が先頭でそろり、そろりと泥棒のように足音を立てずにその場を後にした。



 「...どう?いる?」


 雪の背中から、リンの声がする。ちょっとだけ雪の方が背が高いためリンは影になり、周りは茂みというのもあって隠れている。


 「うーん...とりあえずは、誰も、居ないかな?」


 「はぁ〜...よかった。とりあえずは、怒られずに済む」


 緊張が解けたリンはホッとして、雪の背中にぽすんと寄り掛かる。


 「...今の段階では、だけどね。ちょ...リ、リン!...まだ、寝ないでよ?糸路ちゃん、探すんでしょ?目的は...飛行じゃないって、覚えてる?」


 雪はほんの少しドキマギして頬がほんのり薄紅色で、嬉しそうでもあるが眉間に皺がよっているので怒ってるようにも見える。ただ、リンには全く気付かれていない。


 「んー覚えてるよ〜。そこまで、ボケてないよ〜」


 よっこいせと呟いて、リンは雪の背中から離れると横からひょこっと顔を出す。屈んで顔を出したので雪を見上げる形になっていて、雪は目が合うとパッと照れたように視線を空へ上げてしまう。


 「ん?なんか上にあるの?」


 「...別に...いや、うん...星が綺麗だなと...思って見ただけ...」


 「そうだよね〜!飛んでる時も、なんだか宇宙みたいで綺麗だったし...でも、ここから見上げる景色もまた違った角度で見れるから、綺麗だよね〜」


 雪は何かいいたそうで我慢しているような複雑な顔をして、うんと短く返事を返す。


 「それはそうと、いい加減、探しに行こうよ。僕達、見た目年齢からして、学生に間違われる可能性が高いし。夜更けにウロウロして、お巡りさんに職質されても困るでしょ?」


 雪が夜空からリンへ、リンも同じタイミングで立ち上がってから雪の隣に並んで顔を向ければ、視線が合う。


 「...それこそ、ドラマの見過ぎじゃない?だって、この街、そこまで繁華街ないよ?新宿とかネオン街に行けば、あるかもだけど」


 「...そう?...確かに。思いの外、自然が多い閑静な住宅街な感じはしたね、ドライブの時」


 「でしょ?都会というほどでもないけど、田舎というほどでもない。まぁ、お金持ちの別荘地が並ぶと言ったらいいのか、テレビでちょこっとしか見てないからあれだけど、軽井沢?そんな感じの街だったじゃない?もちろん、スーパーとか色々あるけど、落ち着いた街並みではあったから昼間はお巡りさんに会っても、そんな頻繁にばったり夜は会わないんじゃない?聡さんも、人柄いい人が多くて、のんびり過ごせるいい街って、言ってたじゃない?」


 リンはそう言うと前方を見てから街を眺めるように視線を向け、雪も釣られて同じように眺める。


 「...まぁ、確かに。街灯もちゃんと等間隔にあって、暗がりも少ないし、舗装もちゃんとされてて、確かに整備されたいい街...ではあるけど、なんか、出来過ぎな気もするのは...考えすぎ?」


 「...うーん...まぁ、ちょっと、胸騒ぎがしなくもないのよね。風が撫でる感じとか、気持ちいいはずだけど...ザワザワって小さいけど心の隅っこの方がするような...変な感じは、時折飛んでてしてたから...でも、もし仮に怪しいとしても、身構えていたら相手も警戒しちゃうかもだし...ここは注意をしつつ、普通の人と同じようにリラックスしてた方が、逆にいいかもしれない」


 雪はおやっと気がついたような顔をして、リンの横顔を眺めた。その目は真剣で、スイッチが入ったなと思ったのだ。


 「じゃ、このまま隠れてても仕方ないし、人が来たらなんか逆に怪しまれるから、いい加減普通に探そうよ」


 ぴょっんと軽快に雪は、建物と茂みから出ていく。


 「...おっと、いつになく慌てん坊ね」


 パチンっとリンが指を鳴らせば、背中にあった羽根は細かい光の粒子になって、サラサラと風に乗って消えていった。ただそれも、ほんの数秒のこと。

 すぐ来ないリンに振り返ってから、失敗に気づいた雪の顔は渋くやんわり苦笑い。


 「...ま、猿も木から落ちるってね。そんな顔しなさんなぁ〜ってぇ」


 「...ま、リンに比べれば、大したことではないか。人間には見えないものね、魔法」


 ふっと顔が緩んだ雪は、本調子でさらっと悪態をつく。


 「...さりげなく、そうやってすぐ貶す!女の子にモテないぞ!」


 「大丈夫。遣い魔なんで、女子にモテる必要、なし!」


 「ハイハイ...さて...」


 茂みからキョロキョロ周りを窺って、リンは右手首を左人差し指でなぞる。手首に細いリングが発現し、ぽぉーっと淡い光を放ったがそれも一瞬で、ただの浅緑色の綺麗なブレスレットが嵌っているだけ。


 「よし、完了〜♪」


 口笛を吹くように言ってスキップしながら、茂みから出てきたリンはご満悦。


 「じゃ、行きますか〜。リングが、教えてくれると思うし」


 「...ん?待って、待って。リングが教えてくれると思うしって...占ってる間、何かこう、ここら辺見たなとか、イメージが浮かばなかったわけ?」


 「...全然」


 「...ん?今日、ドライブ連れてってもらった意味は?」


 「...いや〜、こっちの海も綺麗だなぁ〜みたいな?」


 「...ハイハイ...浮かれてて、ちゃんと見てなかったわけね...」


 はぁっと大きなため息をついた雪は、ガックリと肩を落とす。


 「まぁ、まぁ。ほら、私って感がいい方じゃない?もしかしたら、この近くかもしれないし!偶然じゃないかもよ?ここに降りたのも、ね?」


 ちらっとリンを見た雪は適当に言ってるのを感じ取り、もう一つ大きなため息を漏らす。リンはダメかと小さく呟いて、こめかみをポリポリ指先で掻いてから苦笑い。


 「...しらみつぶしか...結局。と言うか、この街にいるのかすら、怪しいけどね〜」


 「それは...なら、占ってみる?いるか、いないかくらいは分かるよ?」


 「...一応、坂の上の郊外ではあるけど、全く人通りがないわけじゃないんだよ、リン。ここの坂降りて、十分くらいの所に駅もあるわけだし。目立たないようにって、話さなかったっけ?ん?」


 また雪はジトーと呆れたような視線で、リンを見つめる。ただ、リンはチチチっと人差し指を一本立てて左右に振る。


 「星の雫はブレスレットになってるから、YES、NOだけ聞けば、教えてくれるでしょ?」


 「...まぁ、そうだけど」


 「今時珍しくないのよ、せ、つ。光るブレスレットなんて、普通よ!」


 「...ふーん。でも光るブレスレットって、棒状のブレスレットになるやつを、パキッて折って繋げてリング状にするあれでしょ?二つの液体が混ざってルミノール反応起こして光るっていう...でもさ、あのリングは光ったまんまじゃないの?」


 「ふ、まだまだね。蛍光発色と言うのもあれば、LEDで点滅するのもあるのよ、今は!」


 「...でも点滅するやつって、スイッチ部分付いてるよね?」


 「......まぁ...でもほら、一瞬ならバレないよ...多分」


 「...それでいいの、リン。でもまぁ、しらみつぶしに探すよりは...ましか」


 「でしょ、でしょ?一瞬で終わらせるから、雪は周りに人が来ないか注意してて」


 真剣な顔付きのリンを見て、仕方なさげに周りを見回す。

 幸い、教会の後ろは山。今の所人の気配は感じないし、仮に人が来ても誤魔化せそうである。

 坂道の手前まで近づいて見ても、人が昇ってくる気配はない。教会の坂道は、一本道なのだからここで見ていれば問題ない。

 結論からすれば、今であれば問題なさそうである。


 「......とりあえず、人の気配はないけど?」


 「よし!じゃ、いっきまーす!」


 心なしか声量を抑えてそう言えば、リンはブレスレットに左手をそっと乗せ、目を閉じる。


 「汝、答えよ。我の探し求める、糸路はこの街にいるか?星よ示せ、煌めけ(リノ)」


 ボソボソとリンが小声で呟けばブレスレットは返事をするように、蛍の光みたいにチカチカ数回光って消えた。


 「いるみたいね...でも、普通は一回光るだけだけど...数回も点滅って...もしや近くにいたりする?ねぇ、雪ーーー!どう思う?」


 雪は急に大きな声で呼ばれて、ビクッと小さく肩を跳ねさせる。何も起こってないからこそ、油断してのことでもある。

 ただ、雪が見栄っ張りな所があるので、ムッとした顔で何事もなかったような雰囲気で、リンの元へ戻る。


 「リン、目立たないんじゃないの?すぐ忘れるの?鶏?」


 「誰が、鶏よ!失敬ね...悪かったと思うけど...でもさぁ〜」


 「でもさ〜じゃなくて!そもそも背中向けて下を見張ってたんだから、どう言われても分かるわけないでしょ?後ろに、目は、ついてません」


 二人は至近距離で横並びに少し背を屈め、気を使ってコソコソと話している。その姿はコソ泥みたいで、逆に怪しいのだが気づいてはいない。


 「......あ、うん、そうだよね。ほら、なんかいつもの癖で?みたいな」


 「...ふーん。で?点滅したって?で、リンがそう思うなら、そうかもしれないとしか言えないけど...なら行こう。ここら辺は何かがいる気配は、やっぱり感じないから。山は暗くて無理だし、駅の方へ降りてみようよ。猫だし、すばしっこいからね。すぐ移動してしまう可能性もある、急ご!」


 「ん?やっぱり?...まぁ、いっか!さぁ〜、ワトソンくん!糸路ちゃんを、見つけに行くよぉ〜!」


 「...ワトソンじゃないし。リンは、へっぽこだから、シャーロックホームズに失礼だよ!」


 ぴょ〜んと猫みたいに軽やかにリンより一方前に出て、くるっとリンの方へ向き直ると悪戯っぽく雪は笑う。


 「...ちょっと!!」


 リンは怒ってる感じはないが少しむくれて、雪を追い掛けるために一歩踏み出し、二人は小猫が戯れてるみたいに坂を勢いよく下って行った。



 「...う〜む...ワトソンくん、見当たらないね」


 時計台から駅までの道を戯れてというか、小走りで一気に来てしまった二人。注意力散漫で、迷い猫探しというより、ただの楽しい追いかけっこ。見つかるものも、見つかるわけがない。


 「...う、うん...あ、うん...駅だしね」


 リンと走ってるのが楽しくなって何を目的としていたかを失念していた雪は、自分の失態を悔いているのか歯切れが悪いし、ワトソンとまた呼ばれてるのにツッコミすらできずにいる。


 「駅前って、結構明るいね...というか、まだ電車終わってないのかぁ〜。案外、都会ね。それじゃ〜猫は、寄り付かないよねぇ〜」


 「でも、猫が駅にいるパターンもあるし?駅猫とかいるみたいだし、一概に電車が通ってるから寄り付かないとは限らないんじゃない?車にだって突っ込んじゃって、危ない、とかあるみたいだし」


 「あぁ〜、雪はよく猫が出てる番組とか、スマホで猫とか見てるもんね...あ!お嫁さん探し?」


 シラーと冷風が吹きそうな冷ややかな目で、雪はリンを見る。


 「なんで、普通の動物である猫と、僕が結婚するのさ。え?馬鹿にしてます?僕が、猫の形の遣い魔だからって、猫好きって、まんまかよ!みたいな感じですか、ん?」


 言い過ぎたと思ってリンは引き攣った笑顔でごめんと呟いて、それでもどこかおちゃらけてウインクする。


 「まぁ〜まぁ〜。冗談はさておき、駅の中で休んでるとも限らないし、駅舎に行ってみよ。ホームまで行かなければ、お金は取られないし」


 少し不満げな雪だったが小さく頷き、二人は駅舎へと入って行った。



 「まぁ...いないね、うん」


 「そーだね」


 「...まーだ、むくれてるの?」


 「べっつに〜...あ、電車来るね」


 「え!電車、乗ったことないよね!」


 「は?電車乗ってどうすんの?しかも、こんな夜に。終電だったらどうすんの?歩いて帰れるならまだしも、歩いて帰れない距離だったら?」


 「...い、いや、ほら?電車に糸路ちゃん、乗ってるかもしれないじゃん?」


 「は?どこのドラマか、映画の話?そんな都合よく乗ってないでしょ?今日の今日、居なくなったわけじゃなさそうだったけど?」


 うきうきして話していたリンは雪が話し終わった頃には、元気なげにがっかりと肩を落としていた。改札に近づいて、改札から少し乗り出してホーム向こう、電車のライトを見つめている。無人だからこそいいが、明らかに不審者である。


 「もう、今日じゃなくてもいつでも乗れるし。降りる人もいるかもしれないし。そんな改札で陣取らないでよ、恥ずかしい」


 渋々改札から離れたリンは、待合室の椅子に不満げにどかっと座る。雪はやれやれといった感じで、リンの隣にストンと座る。


 カンカンカンカン


 ガタンゴトン ガタンゴトン キィーーー


 駅のホームに電車が停まる。

 リンは何故かソワソワして、両膝に両手を置いてチラチラ改札口を見ている。雪はめんどくさそうな顔をリンに向けるがリンは全く気づいておらず、雪は小さなため息を漏らして改札口を見やった。

 誰かが降りてくる気配はなく、電車は警笛を鳴らして発車していく。


 「もう、誰も来なそうだし、次の場所へ」


 そう言ってリンの方を向こうとした瞬間、改札機をピッと鳴らして改札口から出てきた少女と、目が合う。

 少女は、胸辺りまで伸びた茶髪の綺麗な髪に、黒の両サイドリボンがついたレースのヘッドドレスをして、黒レースのブラウス、ふわっとスカート部がふくらんだ黒のジャンパースカート、黒の膝下長靴下に、黒ローファーの厚底で、明らかにロリータファッション。

 顔も小さく色白で、ピンクベージュっぽいカラーコンタクトをしているので、人形のような風貌である。


 少女の方が先に気づいて一瞬驚きが見えたが、営業スマイルばりの満面の笑みで会釈すると、そそくさと去っていってしまう。

 雪は綺麗な子だなとなんとなく見つめてしまい、会釈し返すこともできず。そんな雪を、ニヤ〜っとリンは悪戯っぽく笑って見ている。


 「あんら〜?雪は、さっきの女の子に一目惚れですかぁ〜?」


 キッっと目を釣り上げて睨んだ視線を向けた雪は、不服げに腕を組んでムスッとした顔である。


 「何言ってんのさ!...ハッ!そうだね、リンより全然可愛くて見惚れちゃったね!あーそうだね、そうだね!」


 「ちょ、なによ、私より可愛いって!」


 リンが殴り掛かろうと手をグウに握ったので雪はニヤっと笑い、咄嗟に椅子から立つとヒョイっと改札口付近へと後ろに下がる。


 「鳥の巣頭より...ん?」


 「ちょっと!鳥の巣頭とは、聞き捨てならないんだけど!」


 今度はリンがムスッとした顔で椅子から勢いよく立って雪に詰め寄るが、雪は真剣な顔で片手を前に出して静止させる。


 「...待って、なんか匂わない?ん?」


 「はぁ?今度は何よ、私が臭いってこと!」


 状況が飲み込めていないリンは怒りが収まらずに言葉だけは喧嘩腰だが、殴り掛かるほどの怒りではなく大人しく立ち止まっている。


 「そーじゃないよ...ばか珍。微か、あ...微かだけど、ヨルガオの甘い匂いと...月の(ムーンピース)だって、ほら、薄らぼんやりある」


 「うーん...」


 リンは眉と目がくっ付きそうなほど目を細めると雪が指差す場所を見て、クンクン子犬みたいに嗅いでいる。


 「...そうねぇ...匂いは、雪ほど鼻が良いわけじゃないから分からないけど。ほんとに微量だけどチカチカ光ってる...て言うか、もう消え掛かってるじゃん!...え!まさか!」


 「そのまさか、あの子がターゲット?!」


 「かもしれない...て言うか、さっきは全然何も感じなかったから、絶対そう!急ごう!走ったら、追いつけるかもしれない!」


 二人は頷き合って駅舎から勢いよく走り出すが、出口をちょうど出た先で思わずブレーキをかける。

 何故か少女が駅から数メートルというか目と鼻の先くらいの街頭の下で、顔を両手で覆って立ち止まっているからだ。


 「...え?」


 リンが小さいが声が出てしまって、慌ててシーっと黙るようにリンの口の前で人差し指を立てる。黙ったまま雪は駅舎の中に入るように親指を立てて斜めにし、二度クイクイっと後に振る。

 二人は息ぴったりに頷き合って、そろりそろりとコソ泥のように音を立てずに戻り、左右に分かれて入口入ってすぐの壁にへばり付くみたいにピタっと寄って、顔半分だけ出して少女を見ている。まさに、側から見たら変質者と間違われても不思議ではない。


 少女も一向に動こうとせず、暫くその不思議な時間が続く。ただ、そんな長い時間でもなく、カップ麺が少々伸びるくらいの時間で少女はパッと両手を離してストンと下ろす。


 「えっ!ちょ、ちょっと待って?待って?待てない!え?何?何?何、あの人?あの子?え?年齢どんくらい?まさかの、中学生?え?犯罪?え?犯罪?まだ私、学生だからセーフ?ん?待って?大学生ってセーフ?私は十八、成人してなければ、セーフ?いやいや、中学生ならアウト...待って、いやいや流石にそんなに幼くなかった気がする。にしても!好みの外見すぎ!もーぉ、舞い上がりすぎてちょっと運命的とか考えて、恥ずかし!とか思って、お澄まし、必殺!営業スマイル!で、誤魔化したけど変じゃなかった?え?大丈夫?大丈夫だよね?そんなドン引きされる程の時間は過ごしてないし、私、一言も喋ってないから喋ったらおしまいだなとか、ガッカリされることは取り敢えずないわけで...いや〜...今まで見てきた中で、イッチバンのイケメン。え?待って、中世的だから女子って可能性も...いやいや...待って、ちょっ、ドキドキが止まらない...やっぱりこれは恋ですか?恋なんですか?一目惚れってやつですかぁーー!」


 両手を何か掴んでるのかという形で掌を上に胸辺りまで持っていって止めると、少女はものすごいスピードで捲し立てる。

 二人にちゃんと届くくらいのわりかし大きめの声で言い切ったら、電池が切れたように放心状態で立っている。

 それを無言で二人は見つめていたが、動かない少女を見て目をパチクリしながら二人は不思議そうに小首を傾げている。


 「...あ、まず。思いの丈をついつい口出してしまった、は!また...」


 恥ずかしそうに頬を両手で包んででれっと締まらない笑顔になると、今度は両手で頬をパタパタと仰ぎ始める。数秒仰いでまた頬を包んで、上を向いてはぁっとうっとりした感じでため息を漏らし、満月に向かって両手を組むと数秒グッと手に力を込めた後にパッと解いて、少女は急に全速力で走り出した。


 すると少女が走り去った後にはしっかりと、キラキラ光る天の川のような道が続いていた。

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