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約束編 (第一章愁人編最終話)

大学一年の夏休みがやってきた。


司彩が東京の大学から帰ってくる。


愁人は、司彩に京都駅で降りてもらい京都駅ビルを案内することにした。今、新幹線ホームまで迎えに来て司彩を待っている。

「ついに司彩に逢えるんだ」


そう思うだけで心臓の鼓動が早くなる。どれだけ好きなんだよ。と自分にツッコミを入れるが鼓動が収まる様子はなかった。



新幹線から降りてきた司彩を見て愁人は思わず辺りを見渡してしまった。本当に本人なのかと疑う程の美女へと変貌している。リアルで白夜に勝っていた。


俺を見つけた司彩は、いつものように笑顔で駆け寄ってくれた。その姿にああこれだ、これが司彩なんだと改めて好きになる。

「久しぶりだね」

「本当に司彩なのか」

「当たり前じゃん。正真正銘、愁君の彼女の司彩だよ」


と言って司彩は愁人の腕を掴む感じで腕組みしてきた。

「これだけ近くてもまだ分からない?」

「いや。分かりました。ここに居るのは正真正銘、俺の彼女の司彩です。でも凄く綺麗になってビックリしたよ」

「エヘへ。嬉しいな」


いつになく積極的になっている司彩にドキドキが止まらない愁人だった。




京都駅ビル。


愁人と司彩がエスカレーターで大階段を登っていると、不意に「愁先生!」と言う声がした。よく見ると恭介君が手を振っている。舞結さんも一緒みたいだ。

「ヤマが当たりました。舞結ちゃんから今日、家庭教師をお休みするって聞いたので。ひょっとしたら、遠距離の彼女と京都駅に行くんじゃないかって舞結ちゃんと話ししてたんです」


生き生きした声で恭介君が話し出す。二人のカンは中々のものだった。

「恭介君の説明で俺も京都駅に興味が出たんだよ」


「本当に愁先生の彼女さんですか?写真で見るより実物の方がずっと綺麗ですね。さすが一号って感じ」

「一人しかいないって」


舞結の無神経なコメントに速攻でツッコミ返す愁人。

「本当に彼女がいたんですね。この人なら愁先生の気持ちが分かります。これなら(舞結ちゃんが取られないので)安心しました」

「ちょっと恭ちゃん。言ってる意味が分かるんだけど」


と言いながらも、二人はずっと手を繋いだまま離さない。なんか上手く行っているようで安心する愁人だった。


「恭介君ちょっと良いかな」


いきなり司彩が初対面の恭介君に話しかけてきた。あまり自分から話しかけない司彩が珍しい行動だった。

「はい。何でしょうか」


五秒程度の沈黙があった。恭介は「お似合いだね」などと言われるものとばかり思っていたが、思いもよらぬ言葉が返ってきた。

「愁君を殴ったんだってね」


この司彩の一言にその場の空気が一変した。舞結がギョッとした顔をしている。


愁人は「そこかー」と突っ込みたくなったが、彼女の発想としては当然のことなのかも知れなかった。そう思うとやっぱり嬉しい。恭介の方も、流石愁先生の彼女の発言だなと感心するのだが、それと同時に彼女のプレッシャーに押しつぶされそうになった。

「その節は、本当に申し訳ありませんでした」


恭介君が舞結の手を離し、這いつくばるように深々と頭を下げるのだった。





 愁人と司彩は、京都駅ビルの屋上に来ていた。


 愁人は司彩の顔をまじまじと見てみるが、どうしても分からなかった。ただの化粧で司彩がこんなにも綺麗になるものなのか。

「そんなに見つめられると恥ずかしいよ」

「あ、ごめん。でも本当に綺麗だから」


 司彩は今日のこの日のために、何週間もコスメを勉強していた。愁君と逢える今日の仕上がりに実は二時間以上かけていたのだった。

「ちょっと気合い入れすぎちゃったかも」


女の子ってあっという間にどんどん綺麗になっていくもんだなと改めて思うのだった。


愁人はどうしてもツーショット写真が撮りたくなった。


「ツーショット写真が撮りたいんだけど」


それを聞いた司彩の耳が真っ赤になった。

「それってこの間の続きってこと?」

「あっ」


愁人も思い出してしまった。あの時はあと一つの勇気が出せずキス出来なかったのだ。

「続きがしたい」


言ってしまっていた。今の俺なら出来る筈だ。根拠は全くないけれど。

「ここじゃちょっと恥ずかしい」

「それって…」


ここまで来れば誰でも分かる。人目がない所でならキスOKと言うことだ。


愁人は有頂天外にいる気分になった。こんな幸せなことって今までなかった。今の二人なら司彩といつでもキスできるのだ。でもいざとなると、キスしたいとはなかなか言いだせない愁人だった。





愁君がカバンからアルミで出来たペンギンを取り出して司彩に見せてきた。ペンギンの両目と首のペンダントの部分がくり抜いてある。

「恭介君の部屋の写真を見て俺も何か作りたくなったんだ」

「これ何?」

「ジャーン。お天気ペンギンロボットだよ。これで明日の天気が分かるんだ」


私が何も反応出来ずにいると愁君が続けて話してくれた。

「俺は将来エンジニアになってロボットを作りたいんだ。コレはその第一号機だ。受け取って欲しい」


まさか私のためにこんな物を作ってくれているとは夢にも思っていなかった。しかもペンギンだった。

「ペンギンじゃん。どうして私がペンギン好きって分かったの?」

「どうしてって、言ってたよ。ほら、四人でもんじゃ食べた時だよ」


そういえばそうだった。あの時白夜に聞かれてペンギンが好きと言っていた。だから白夜はもんじゃでペンギンを描いたのだった。愁君は私が話した内容は何でも覚えてくれている。

「頭のボタン押してみて」


愁君に言われる通りに頭に付いているボタンを押すと、くり抜いてあるペンギンの目とペンダントが赤紫色に光った。

「今日のラッキーカラーは赤紫だね。ちょっと遊び心を入れてラッキーカラーも表示出来るようにしたんだ」

何回もボタンを押すと、青、黄、緑など色々な色に光った。不思議に思っていると愁君がロボットの説明を始めた。

「本当に簡単な作りだから期待しないで欲しい。中に気圧センサーを取り付けて、シーケンサーで光の数と連動させているだけなんだ。天気予報も晴れだとペンダントと両目の三箇所、曇りはペンダントと片目の二箇所、雨はペンダントのみしか光らないから、あとラッキーカラーについてもRGBのLEDで光の三原色の特性を使っただけなんだ。えっと赤、緑、青、黄、赤紫、水色、白だったかな。その7色しかだせないから。これもシーケンサーを使ってランダムに表示出来るようにしたんだ。どうだろ。やっぱりこんなんじゃロボットって言えないかな」

「そんなことない。反則なくらいカッコイイよ」

「外見にもだいぶんこだわったからカワイイだろ。そう思ってくれて嬉しいよ。二ヶ月かけて作った甲斐があったよ」


ロボットの説明について全く分からなかった司彩は、愁君をカッコイイと言ったつもりだったが伝わらなかったようだ。口数の少ない二人にとって、実はこのような小さなすれ違いは多々あるが、二人とも細かいことは気にせず、敢えて訂正まではしないのだった。


ペンギンロボットを手にしてよく見ると、確かに可愛いらしい顔をしている。作りもかなりしっかりしたものだった。


男の子って何故こういうことが出来るんだろうと思えてならない。私に渡すために二ヶ月もかかってコレを作るなんて。愁君の私に対する想いが大きすぎて、許容できる容量を越えてしまいオーバーフローしてしまっている。この永遠に続く感じはまるでナイアガラの滝のようだ。これに比べたら私が準備したものなんてとてもチープに思えてしまった。


司彩は、今日のこの日のために愁君にラブレターのお返しを書いたけれど愁君にどうしても渡せなかった。





いきなり愁君が、ため息をついた。

「それにしてもまさか赤紫とはね。結構色々な色を準備して持ってきたけど、その色はさすがになかったよ。なぜ今日に限ってその色が出るかな。レア過ぎるよ」


愁君が珍しく悔しがっている。


 赤紫色と言えば…


司彩はハッと気づいてしまった。今日している口紅が、DIORのローズウッド色だった。


ローズ色とは、青味がかった赤色のことを言う。さらにこの口紅の色は、赤紫というには薄目で全体的に明るい感じの色味になっているが、司彩にとってはそんなことは全く問題ではなかった。司彩にとってこの色は赤紫色だった。それでいい。誰にも文句は言わせない。


それにしても偶然にしては出来過ぎている。まさにラッキーカラーだ。司彩は今日、愁君とキスするかも知れないと意識するようになった。


このペンギン占いはひょっとして本物かもしれない。そう思うと、このペンギンが愛のキューピットみたいに思えてきた。

「私今日そのラッキーカラー持ってるよ」

「えっどれ?」


愁君は、まだ気付いてないらしい。

「まだ内緒。それより、このペンギンロボットのラッキーカラーは他にどんな色があるんだっけ」

「えっと、赤、緑、青、黄、赤紫、水色、白の全部で7色だね」


これは今後も使えそう。司彩は何とか五色迄なら無理なく口紅で準備出来そうだなどと考えてしまうのだった。

「司彩、どうしたの?」


あまりに沈黙が長かったのか、愁君が心配そうに聞いてきた。

「ううん、なんでもない。この子の名前考えてたの。「ラッキー」てどうかな」


愁君が嬉しそうに微笑んでくれた。





愁人と司彩の二人は近鉄電車に乗って奈良公園に来ていた。


一見可愛いらしい鹿に囲まれてのほほんとしていたが、異変は突然やってきた。鹿せんべいを大人買いしたのがいけなかった。鹿の顔があちこちから一瞬で湧いて出てきてニ十個以上の鹿の顔に囲まれてしまった。司彩の周りには、鹿の顔、顔、顔が溢れかえってしまった。


ピトピトピトッ


鹿の湿った鼻が司彩の手を刺激する。司彩は思わず悲鳴をあげてしまった。


その瞬間愁人が司彩の手首を鷲掴みにして瞬く間に一緒に逃げていった。



鹿から逃げ切ると二人は公園のベンチに腰掛けた。鹿がいなくなるまで走ったせいで、結構遠くまできてしまっていた。周囲にはベンチ以外何もなくポツンと二人きりの状況になった。


こうして手を繋いで一緒に逃げていると、あの日のことを思い出す。あの日、愁人は司彩の手を掴み、どこまでも一緒に逃げていった。作戦通りでは無かったが、あの時ああしていなかったら、今司彩とこうして一緒にいられるとは思えなかった。あの日から全ての歯車が回り出したのだ。


愁人は過去の自分の作戦を振り返った。啓介と白夜が秋祭りのたこ焼きで成功した。さらに恭介君と舞結さんも京都駅の案内で成功したのだ。唯一自分だけが作戦自体を実行できなかった。でもよく考えると、俺は、当時司彩のことをほとんど何も知らなかった。強いて言えば家が比較的近いというのを知っていただけだった。啓介の時は啓介から白夜のことを良く聞いていたし、恭介君の時も、二人のことを良く理解した上での作戦だったのだ。司彩のことを何も知らない状態で策を労したら自分の作戦は失敗していたかも知れなかった。孫子の兵法「敵を知り己を知れば百戦危うからず」になっていなかったのだ。唯一、あの時二人きりで帰るという作戦だけが成功したのだった。そう思うと、あの日の出来事は、愁人の作戦が失敗する前に発生した偶然の幸運な強制イベントだった。こんな偶然が二人の運命を大きく変えてしまったのだ。愁人は偶然というものがあまり好きではなかったが、この偶然だけは本当に神様に感謝したい出来事だったと今になって思えてきた。


愁人は感極まって話し始めた。



「絶対に離さない」



「えっ」


司彩の手が一瞬震えたように感じた。

「あの時は始発電車迄だったけど。今は違う。俺は司彩のことが好きで好きでたまらないんだ。俺はこの手を絶対に離さない。一生司彩を離さないから」



 ついに愁人は「自分から直接」好きと言ったのだった。手紙でもなく電話越しでもなく、好きと言われたお返しでもない。愁人が自分から、司彩の目を見て初めて好きと言えたのだった。





一方司彩は、実はその「好き」の一つ手前のセリフ「絶対に離さない」にゾクっときてしまっていた。


あの一緒に逃げている時に愁君がかけてくれた言葉「絶対に離さないから安心して」とオーバーラップしたのだった。あの時、愁人が無意識に発していたその言葉が、司彩にとっては、あの日に一緒に逃げた時に愁君に声を掛けてもらった「最高の告白ワード」になっていた。あの日以降、司彩は頭の中で何百回も繰り返しその言葉を回想していた。「好き」と言って貰えたのは嬉しいが、それ以上に回想では無く「絶対離さない」を実際に愁君の口から聞くことが出来て、司彩の心は震え上がった。まさにメガトン級のパンチ力だった。司彩は頭がクラクラしてノックアウト寸前になっていた。愁君がカッコ良過ぎる。愁君に言わずにはいられなかった。


「だから反則なんだって。カッコ良過ぎるよ。愁君は全然分かってない。これじゃあいくら私がメイクして綺麗になっても、全然愁君とつり合わないじゃん」



しかもそんな反則でカッコイイ愁君に、私は色々なことをしてもらってきた。


動けなかった私の手を掴んで、一緒に逃げてくれた。


一緒に逃げながら安心させようと、優しく声をかけてくれた。


何回読んでも泣けるほど、心のこもったラブレターを書いてくれた。


私の好きなペンギンロボットの「ラッキー」を二ヶ月もかけて作ってくれた。




愁君が私に今までとってくれた行動に、私はどれだけ心を揺さぶられてきたか計り知れない。それこそ地球一周分の心の陽動があったと言っても過言では無いのだった。それに対して私は愁君に何もしてあげられていなかった。司彩の声が涙声になってきた。

「私なんて何もしてあげて無いのに。こんなんじゃ全然釣り合わないよ。私なんか全然ダメだ。私なんか…」




愁人は司彩が何を言ってるのか分からなかった。こっちが気後れするくらい超可愛い司彩が、自分と釣り合わないなんてありえなかった。司彩は何も分かっていない。むしろつり合わないのは、自分からは何も言えなかったこっちの方だ。でもこれ以上司彩を泣かせる訳にはいかなかった。



「そんなこと絶対ない。司彩は俺の気持ちを何も分かってない。俺は司彩じゃなきゃ駄目なんだ」

「…証明して欲しい」

「証明って」

「ツーショット写真が撮りたい。頭支えてよ」


司彩が、真っ赤な目でこっちを見返してくる。


しまった。このセリフで良かったのかと言う思いと、また先に言われてしまったと言う思いが交錯こうさくした。

ようやく好きと言えて一歩進んだと思っていたのに、二歩進まれてしまった感じだ。

 肝心な時はいつも司彩から動いてくれた。絵の具事件で庇ってくれたのも、初めて好きと言ってくれたのも、好きゲームの先攻も、そして今回も。これじゃあ何時まで経ってもコッチの本当の気持ちが伝わらないんじゃないかと思ってしまう。


でも今はそんなこと考えている場合じゃなかった。司彩が待っている。集中しないと。



愁人が司彩の頭を固定する感じで、両手で優しく司彩の耳元を支える。


顔を近づけても、司彩はじっと固まって動かない。


とうとう二人の唇が重なった。


「今日のラッキーカラー。これで愁君にもちゃんと付いたね」


キスの後、元気を取り戻した司彩が恥ずかしそうに言ってきた。愁人は思わず自分の唇に手を当てる。


司彩は照れ笑いをしながら愁人の手を掴み、恋人繋ぎをしてきた。あの時と一緒だった。

「それで、この手をどうするんだっけ。出来れば、何回も言って欲しいな」


司彩が上目使いでおねだりしてきた。こんな司彩も可愛くって仕方がなかった。

「何回でも言うよ。絶対にこの手を離さない。俺は司彩を一生離さない」


本当に彼女を一生離さないと心に誓う愁人だった。



「約束だよ」



あの時と全く同じセリフが返ってきた。

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