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絶交編

約一ケ月前、大学一年のゴールデンウイーク。アウトドアシーズンがやってきた。啓介の大学のサークルでバーベキューをやることになった。啓介は白夜をそのグループの友達に紹介し、白夜も直ぐにグループ内とも打ち解けた。その日は何も問題はなかったが、その数日後、二人にコンパの依頼が殺到したのだ。ルックスが良くて安牌(彼氏彼女がいるので)の二人はコンパの人数合わせの恰好のまとだった。


白夜はその全てを丁重に断ったが、啓介は全てを断り切らなかった。


白夜にそれがばれてしまった。

「聞いたわよ。コンパに行ってるんだってね」


せっかく啓介との久々のデートなのに、白夜は黙ってはいられず、いきなり言ってしまっていた。

「先輩の依頼もあるんだから断れないよ」

「本当は行きたかったんじゃないの」

「そんな訳ないだろ。オレには白夜ちゃんがいるんだから」

「騙されないわよ」

「あのね、それくらいでいちいち目くじら立てないでくれよ」

「分かったわ。もう絶交よ」

「お前はいつもきれるのが早すぎるんだよ」


いつもは早目に謝る啓介だったが、今回は少し勝手が違っていた。


白夜は顔には出さなかったがビックリしてしまっていた。まさか啓介がこんなことを思っているなんて夢にも思わなかったのだ。でもこっちも後には引けないのだった。


白夜はその場を立ち去ったが啓介は追いかけなかった。



二人が絶交して一ヶ月が経過していた。





白夜から絶交してると聞いた愁人は、啓介を事情聴取じじょうちょうしゅうすることにした。

「おまえ、白夜と何があったんだよ。絶交って言ってたぞ」

「あいつは細かすぎるんだよ。コンパの一回や二回くらいで」

「お前コンパに行ったのかよ。コンパなんて面倒くさいだけだろうが」


愁人は、絶交の原因が唯のコンパだと分かり、バカらしくなった。

「そうだな、全然面白くなかった」

「期待してたのかよ。もっと冷静になれ、普通に考えてコンパで白夜以上の女性に出会える確率なんて1%未満だ。後で彼女にばれて怒られるのがオチだよ」

「ハッ。正にその通りになったな」


啓介が鼻で笑っている。

「アホ。どうするんだよ」

「暫く冷戦状態だな。謝りたくない」

「ホンキか。絶対お前が100%悪いんだから謝って、おけって」

「尻に敷かれたくない」

「アホか。論点がズレてるぞ」

「いーや、これが一番の問題だ。白夜ちゃんは細かいことにイチイチうるさいんだよ。瀬川はそんな細かいことは言わないだろうし良いよな」

「…絶交してどれくらいだよ」

「…一ヶ月位かな」

「大丈夫かよ。白夜が他の彼氏を作るかも知れないぞ」

「そんな訳あるか」


まだ白夜のことが好きな啓介の反応に、少し安心する愁人だった。

「じゃあ仲直りはしたいんだな」

「…でも謝りたくない」


結構深刻な問題かもしれなかった。


愁人は二人にとって最も良い仲直り方法を考えなければいけなくなった。





愁人は白夜に誘われるままに京都駅ビルに集合した。


白夜が少し気まずそうに聞いてくる。


「やっぱり啓介のこと聞きたいの?」

「いや、大体分かったから。今日は白夜のやりたいようにしていいよ。付き合うから」


愁人は細かい内容は敢えて聞かないようにした。


逆に白夜がしびれを切らせて聞いてきた。

「アイツなんて言ってたの」

「コンパに行ったのは反省してるみたいだったよ」

「それなら、何故アイツは謝って来ないのよ」


白夜の様子がいつもと違っていた。


よく見ると、目に涙が溜まっているのを悟られないようにしている。


愁人の目の前で女の子が泣いている。確か少し前にも同じ様なことがあったな。


愁人は白夜の頭を優しく撫でてやることにした。


「啓介ともっと良く話しておくから心配しなくて大丈夫だよ」

「…お願い」


白夜は、頭に置いてある愁人の手を振り解きはせず、暫くもう片方の袖にしがみついていた。こんな表情も見せるんだ。


いつもの白夜じゃなかった。


愁人は不謹慎ながらも、今日の白夜はかなり可愛いなと思ってしまった。





愁は、本当に凄い奴だ。


啓介は今まで愁の作戦が失敗したのを見たことがなかった。


愁が作戦を立てる時は、先ずその時の状況を聞いてくる。相手や自分達の状況をしっかり聞いた上で初めて作戦の分析を始めるのだ。


初めにオレが白夜ちゃんへの告白の方法を相談した時、愁は初めて彼女と出会った時の状況や、共通の話題、趣味などを詳しく聞いてきたのだ。


「孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言ったところだ。




次に愁は、事前準備や根回しをやるのだ。


前もって、会話の流れを幾つか想定してそれぞれの対応を事前に検討するのだ。


卒業パーティーの帰り、愁は司彩と二人きりで帰れるように、啓介を使って会話の流れを何通りもシミュレートして本番に備えていた。


「孫子曰く、善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり」と言うことだ。



 孫子の兵法自体は別に新しくも何でもないが、それを応用して実践しているところが、愁がすごい所以である。しかもその作戦を自分ではなく、代わりの者にやらせることで、それが愁の作戦であることを気付かせないところが、さらに凄いところだった。


今回、白夜との絶交に関して、愁は色々考えてくれているみたいだが、今回はさすがの愁でも難しいのではないかと思っている。


何しろオレに全く謝る気がないからだ。



とは思いながらも、愁ならひょっとして凄い作戦を思いついてくれるかも、と思ってしまう啓介だった。





愁人は状況を整理した。


白夜は俺に涙を見せるほど弱っていた。早く啓介と仲直りがしたいということだ。しかし、厄介なことに、白夜に今後は細かいことを言わせないようにすることが今回の命題になっている。


愁人は司彩に相談することにした。

「あんな奴、死刑じゃん」


司彩が珍しく感情がむき出しになってしまっている。いつもはちょっとフワッとしている司彩だが、ことが「友達(特に親友の白夜)」のことになるといきなりスイッチが入るときがある。ちょっと言わなくてもいいことまで細かく説明し過ぎたかも知れないと愁人は少し後悔した。

「啓介も本当は悪気があって言ってるわけじゃないと思うんだ。あいつのことは俺がもう少し聞いておくから、白夜の方をお願い出来ないかな。出来れば、白夜に、そのー、あまり細かいことは気にせず信用してあげて欲しい的なアドバイス出来るかな」

「分かった。今回は私の出番だね」


なんとか司彩の機嫌が直ってくれて胸を撫でおろす愁人だった。

「そうだね。ほんとにもう少しだけ白夜からちょっとだけ細かいことは気にしないようにって勧めてくれると本当に助かるんだ。頼むよ」


自分では絶対頼めないことを、司彩に頼んでしまうのだった。でも念には念を押す愁人だった。



司彩から白夜にLINE電話が掛かってきた。

「新田君と絶交してるって聞いたんだけど」


この電話に、白夜はビビビと来てしまった。愁が優し過ぎる。確かに痴話喧嘩の内容を異性に話しても中々共感を得られず、逆にモヤモヤすることが多いのは分かっていた。それを見越して男の自分ではなく、女の司彩に相談させてきたのだ。


この間、何も聞かなかったのはこうすると決めていたのかしら。


愁はこの男女の距離の取り方が抜群に上手かった。


あ、ヤバい。だんだん愁がカッコ良く思えてきた。元々愁の顔はそんなに悪くない。どちらかと言えば、「有り」よりの普通だ。ということは白夜にとって愁の顔は「有り」だ。


白夜は最近では、ほとんど涙なんか誰にも見せたこと無いのに、愁に自分の弱みを見せてしまっていた。愁は、私がもういいと言うまで、何時までも頭を撫でることを止めなかった。愁は私が本当に甘えたいときに何も言わず、何時までも一緒にいてくれた。まさに二人にとって永遠ともいえる時間を共有していたのだった。愁が優しすぎる。今、白夜は絶交中の自分の心の隙間に愁がすっぽり入ってしまうのを感じた。


でもこの感情は殺さなければいけない。こんなこと、司彩には悟られることさえ許されないのだった。



司彩は、白夜の愚痴の聞き役に徹していた。白夜の気が少しでも晴れれば良いと思っていた。男なんてコンパに行きたいだけの生き物だと結論づいた(愁君以外で)ところで、司彩の恋バナの話に変わった。


色々聞かれたが、最後には恋愛を続けさせる秘訣として、細かいことは気にせず、信用することも大事だよと司彩は言い切った。

「確かにあなた達の関係がそうだものね」

「見習ってくれると嬉しいんだけど」

「分かったわ。細かいことは出来るだけ気にしないようにするわ」


取り敢えず、愁君のノルマを果たせたことに安心する司彩だった。




啓介と二人でもんじゃを食べるのは久しぶりだった。

「作戦を考えて来てやったぞ」


愁人がいつもの調子で言い切った。

「アテになるもんか。それで?」


啓介は、半信半疑ながらも、早く内容を聞きたくて仕方がない感じがした。

「慌てるなって。申し訳ないが、先ずおまえにコンパに行ったことだけは先に謝って貰う。ただし、その後はこれだよ」

と言って、愁人は鞄からリバーシを取り出した。


 啓介の顔が見る見る歓喜の表情に変わっていく。啓介にとってこのリバーシが黄金のリバーシに見えてきた。

「おー。うぉー。おぉー。スゲェよ。やったぜ、最高だよ」

「コレで勝って白夜を黙らせるんだ、グダグダ言うなってな。対戦中はゾクゾクでメロメロにもなれるし一石二鳥だろ」

「愁、おまえはなんでこれを思いつくんだよ。これは黄金のリバーシだ。本当に最高だよ。叫びたいくらいだよ」

「もう叫んでるじゃないかよ。お前ってやっぱり変態だな」


何とか啓介に先に謝らせることが出来そうだと愁人は胸を撫でおろすのだった。


そんな愁人の考えに全く気づく様子はなく暫く啓介の興奮は治まらなかった。




啓介、白夜、愁人の三人が地元の商店街近くの公園に集合した。


啓介と白夜の雰囲気がよそよそしいのが愁人にとってはおかしかった。


「二人は今絶交中だけど、二人とも言い分があるのは分かる。このままではいつまでたっても平行線なのでこれで勝負して負けた方が折れるということにしてくれないか」


愁人はリバーシを取り出した。



白夜は愁の提案に感心せずにはいられなかった。啓介と初めて出会った場所が夏祭りのリバーシ大会だった。


あの時、啓介にドキドキしていた感情が見事によみがえってきたのだった。愁が取り出したリバーシがとても懐かしく、そして眩しく見えてしまった。白夜はもう既に仲直りしている感覚に陥った。でもそれではいけないのだった。私から先に謝らなければいけないと白夜は思っていた。


そうしているうちに、電話がかかってきたなど言って愁人はワザと席を外して二人切りにさせてきた。


啓介が愁の作戦通りに先に切り出した。

「あの、悪かったよ。黙ってコンパなんか行ったりして」


白夜は何故、啓介のほうから先に謝ってくれたのかわからなかった。でもひょっとしたらこれも愁の作戦かもしれない。いや絶対そうだ。本当に愁は私に対して優しく対応してくれる。白夜は愁に本当にありがとうと言いたかった。またちょっと瞳が少し潤んでしまっているが、嬉し涙を隠す必要はないのだった。そうしていると啓介と目が合ってしまった。啓介の目には私の涙はきっと自分のせいだと思うかもしれなかった。でもこの方が、私にとっても都合が良い。この勘違いは敢えて訂正する必要なないと思う白夜だった。



でも本当は絶交の間中、白夜はずっと謝りたかったのだ。この一か月間ずっとモヤモヤしていて何をするにも手につかなかった。やっとこの機会を与えてくれた愁に、またまた感謝するのだった。

「私も反省してるの。細かいことに口出しし過ぎていたわ。ごめんなさいね」


二人は愁の思惑通りに対戦する前に既に仲直りしてしまうのだった。


「じゃあ、わだかまりは溶けたってことで改めて勝負だね。ハンデは無しだよ」

「臨むところよ。私だって本当は強いんだから」

「負けたら何でも言うことを聞くこと」

「いやらしいわね」

「馬鹿なこと言うなって。でどうする?」

「乗ってあげるわよ」



かくして、仲直りとは無関係のリバーシ対戦が始まった。啓介にとってゾクゾクでメロメロになれる至福の時間が始まったのだ。対戦中は啓介の機嫌が気持ち悪いくらい良かったがいつもの啓介に完全に戻っていたので白夜は一安心するのだった。


啓介優勢で対戦終盤。啓介が何やらポケットから取り出した。愁から参加賞は貰ってるからと言ってたこ焼きチケットを2枚ヒラヒラと見せてきた。思い出のたこ焼き屋はすぐそこにある。


細かい演出が好きな愁人だった。



決着がついた。

「何でも言いなさいよ」


白夜は負けてしまったが、当初の目的の仲直りは既に達成しているので気分は逆に晴れやかだった。


啓介も、喧嘩の内容にはもう触れなかった。

「今回はラムネ奢って貰おうかな」


啓介があの時と同じ笑顔で言ってくる。



その啓介の笑顔に胸がジーンと来てしまう。愁の言う通り浴衣を来てくれば良かったと思う白夜だった。




白夜が司彩に電話で昨日のことを話している。

「愁のお陰で啓介と仲直り出来たわ」

「良かった。本当に良かったね。…なんか愁君って、そう言う機転が効くよね」


白夜が、思い出したように言った。

「愁の機転と言えば、舞結ちゃんの話の続きがあるんだけど知ってる?」

「聞いてないよ。なんで知ってるの?」

「私、舞結ちゃんと友達なのよ」

「それで、続きって何?早く教えてよ」

「実は、舞結ちゃんに幼なじみがいたのよ。その子が…」



「…という訳なのよ。本当は大分心配したんじゃないの?」

「確かに一時はどうなるかと思ったけど、愁君のことを信用するって決めてるから大丈夫だよ」


「司彩って本当にすごいわ」



司彩は愁を完全に信用していた。司彩の芯の太さに白夜は感心するのだった。また、愁の方もそんな司彩の絶対の信頼を得るにふさわしい彼氏だということも完全に理解できるのだった。こういう二人が本当に幸せになるように世の中は出来ているんだなとしみじみ思う。私なんて顔で彼氏を選ぶわ、親友の彼氏を好きになるわ、で不純だらけで自嘲してしまう。


でも、もしまた甘えたくなったら愁を借りてしまうかもしれないと、ちょっと思ってしまう白夜だった。

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