デート必勝法編
時は遡って高校一年の夏休みが終わり、二学期が始まったある日、啓介と愁人による校舎の屋上での会話だった。
「オレ白夜ちゃん狙いなんだけど何かいい方法はないかな」
啓介はなにか相談事があればクラスメイトの愁人に直ぐ相談するのが当たり前になっていた。
女の子と付き合ったことがない二人にとって、当時は愁人の方が啓介の相談役になっていたのだった。
「お前が俺に恋愛相談なんて初めてじゃないか」
「そういやそうだっけ」
「それにしても白夜とはな。学年で一、二の美人じゃないかよ」
「顔じゃないんだけどな」
「よし作戦を立ててやる。顔じゃないと言う理由があるだろ、二人の共通の話題とか初めて出会った場所とかなんか教えろよ」
「夏祭りのリバーシ大会だよ。二回戦で浴衣姿の白夜ちゃんと対戦した。クルリと駒を引っくり返す時の指先を見ているとゾクゾクしてメロメロになった」
「端的に約すと白夜の指先の動きにゾクゾクでメロメロか。お前それってただの変態エロおやじだからな」
「リバーシだって。端的に約すなよ。…頼むから白い目でオレを見ないでくれ」
「顔じゃない理由がそれかよ。白夜に失礼なヤツめ。啓介、それ絶対アウトだから本人には絶対言うなよ。絶対だぞ。冗談でも絶対言うなよ。リバーシでもだ」
絶対を四回も言われてしまった。この愁の言い方は、本当に言ってはいけない時の言い方だった。
「それで、その時どんな話をしたんだ?」
「参加賞のたこ焼きを一緒に食べたな。少し味付けが凝っていて美味しいとか何とか。結構楽しかった。向こうもまんざらでも無いような雰囲気だったと思う」
愁人は考える様子もなく、ほぼ即断でこう言った。
「決まりだな。今度の秋祭りに白夜を誘うんだ。この時、白夜が浴衣を着てきたら成功率100%だ。でも浴衣じゃなくても問題ない。一緒に行くってだけでもポイントは相当高いからな。一緒にたこ焼きを食べて楽しかった時間を再現するんだ。そこで告れ。それで成功率80%だ」
「お前スゴいよ。なんか行けそうな気がしてきた」
「秋祭りに誘う方法は、そうだな…」
「そこは大丈夫だ。任せてくれ」
外の景色を見ながら白夜を誘い出す方法を考えようとしていた愁が、啓介に向って思いっきり振り向き、今日一番驚いた顔をしたのだった。
「普通はそこが一番難しい筈なんだが。これって本当に俺に相談する必要があるか?お前ってスゴいよ」
愁は感心しているみたいだったが、啓介にとってはそんな愁と話していくうちに、気持ちとやることがどんどん整理されていくのだった。愁は本当に頼りになる奴だ。相変わらず日差しは強かったが、屋上にいるとやんわり風が吹いており秋の気配が少しだけ感じられた。秋祭りが始まるのはもうすぐだった。
「愁。作戦成功だ。お前は本当に凄いやつだ」
学校からの帰り道、最近は陽が落ちるのが早くなり、暗くなり始めていた。そんな中、啓介が告白の結果を愁人に報告してきた。
「そうか。良かったな」
「浴衣だった。お前が百パーセントって言った通りバッチリだった」
「お前カッコイイからな。俺の作戦なんて関係なかったんじゃないか」
「いやいやお前の千里眼に脱帽だよ。オレこの後どうしたら良いかな」
「いや、ここから先はもう俺は無理なんだ。そもそも俺は女の子と付き合ったことがないから付き合ってからのことは全く分からない。そんな未経験の俺の作戦の失敗でお前と仲違い(なかたがい)になるのは嫌なんだ。だからこれからどうするかはお前が決めるんだ。本当に困った時は相談にのってやるから」
と言って愁人は啓介の肩を掴んだ。
絶妙のタイミングだった。愁人は、告白が成功するまでは全面的に協力してくれたが、彼女が出来たタイミングで自分が身を引き、オレとの友人関係を保ちたいと言ってくれている。
大きくて大人の手だった。それに優しい。
「愁、お前って本当にカッコイイよ」
「何言ってやがる。カッコイイのお前だろ。美男美女カップルの成立だな」
啓介は目頭が熱くなってきた。
「愁、オレはお前と永遠の友情を誓うよ。一生お前を離さない」
プロポーズみたいになってしまったが構わなかった。オレも愁みたいになりたい。
「そうかい。ありがとよ」
伝わった。茶化す訳でもなく、真面目な返事が返ってきたことが何より嬉しかった。
周りが暗くなって愁の顔が良く見えなかったが、オレの顔を見られるよりよっぽど良かった。
啓介が白夜と付き合い始めて三ヶ月が経過した。高校一年の十二月
「じゃあ行こっか。白夜ちゃん」
「啓介ストップ。何かコメントは無いの?久々のデートでおめかししてきたのに、スルーするわけ」
「あっいや、そんなつもりは」
「女の子はね。外見を褒められればどんどん綺麗になっていくものなの。分かった」
「へいへい。分かりやした」
「じゃあハイどうぞ」
「いつも可愛いけど今日の髪型も凄く可愛いくって最高だね。そのバンダナとポーチのコーデもアクセントになっていてオシャレだね」
「今日はこれもしてるんだけど見えてない?」
「そのネックレス付けてくれたんだ。嬉しいよ」
「はいよく出来ました」
「啓介、ちょっとまた歩くの早くなってるよ。今、私のこと考えてなかったでしょ」
愁人の助けは無くなったが、遠慮の無くなった白夜が啓介にデートのイロハを叩き込んでいく。こうして啓介の経験値は確実に上がっていった。
さらに一カ月後の、高校一年の一月
学校の帰り道、白夜が啓介と肩を並べて歩いている。
啓介がいきなり言ってきた。
「そう言えば今年のバレンタインは休日だけど、オレん家、法事だから会えないよ」
「そんなあ。付き合いだしてから初めてのバレンタインなのに」
「でも大丈夫。白夜ちゃんからのチョコならいつ貰ってもメッチャ嬉しいから」
「そう言うものなの?」
「三百六十五日いつでも受け付けます。告白付きなら悶絶もんだね」
「でもバレンタインは特別だよ」
白夜はどうしても納得できないのだった。そんな私の顔を見て、啓介は諭すようにこう語った。
「あのね、白夜ちゃん。チョコっていうのは貰ったか貰わなかったのどっちかしかないの。その日に貰ったかどうかなんて些細なことなんだ。分かった?」
「そうなんだ」
良いことを聞いたわ。これは使えるかも。
女の子からして見ればその日は特別な一大イベントだけど、男子から見ればその日が問題ではなく。チョコを渡すか渡さないかの結果こそが重要なのだと。白夜の脳にインプットされるのだった。
時はまた遡り、白夜が啓介と初めて出会った高校一年の夏祭りリバーシ大会
地元の商店街の夏祭りで規模も小さく参加者も数十人程度しか出ない小さな大会だ。
いきなり啓介が白夜に向かって話しかけた。
「キミって、確か一緒の高校だよね。何回か見かけたことがあるよ。名前何だったっけ」
「鈴木白夜。苗字が普通だから皆は私のことを白夜って呼ぶんだ」
「オレは新田啓介。オレも下の名前で呼ばれることが多いから啓介って呼んでくれ。よろしく白夜ちゃん」
「啓介ね。分かったわ」
如何に学校が同じで、白夜からの名前の振りがあったにせよ、リバーシ対戦が始まってたった一分で下の名前で呼びあう間柄になるとは思ってもいなかった。初対面の筈なのに。
しかし、白夜はこの状況に心ひそかに浮かれていたのだった。実は白夜は啓介のことをずっと前から知っていた。
高校入学して暫くたった頃。イケメンの新田啓介というのがクラスで話題になり、クラスメイトとこっそり見に行ったことがあったのだ。百聞は一見に如かずとはこのことで、噂以上の端正な顔立ちに唖然としてしまい。こんな人にいつか声をかけられることを夢見る白夜だった。
「参加賞がたこ焼き四個って微妙に少ないよね」
啓介優勢で対戦終盤、参加賞の話題になった。
「足りないんだったらあげようか」
「こんなカワイイ子に損はさせられないよ。それならラムネと交換してあげる」
サラッと啓介は言ってのけた。
この色男は女を喜ばせるのが上手そうだ。
会話の端々で天然キャラが見え隠れしていたが、このカワイイ発言は絶対に軟派な方だ。
啓介と仲良くなれて浮かれていた白夜に、急ブレーキがかかってしまった。
啓介は順当に勝ち進んで行ったが、結局準決勝で敗れてしまった。かなり時間が経っていたが、白夜は一緒に来ていた女友達と別れて啓介を待っていた。
「あれっ。白夜ちゃん待っててくれたんだ」
「だってラムネと交換してくれるって言ってたから。…残念だったわね」
「そうでもないよ、四位の景品代わりに、参加賞のたこ焼き券を余分に貰ったんだ」
と言って笑顔でヒラヒラと二枚のたこ焼き券を白夜に見せてきた。これで、たこ焼き券が二人で三枚になった。
「今日はツイてる。ラムネを買ってくるから一緒にたこ焼き食べようよ」
あたかも当然と言うようになんとも言えない笑顔で誘ってくる。白夜はその啓介の顔にドギマギしてしまう。
「確かあっちのベンチが空いていたかも」
コイツ絶対女慣れしてるなと思いつつも、思考と言動が伴わない白夜だった。
高校二年の五月頃
急に白夜ちゃんが黙りこんだ。
「だって啓介カッコイイから。好きって言ってくれないと分からないよ。こんな不安な気持ちにさせないでよ」
白夜ちゃんの瞳が潤んでいる。
先程の会話で、啓介が他の女の子から告白を受けたが断ったと言う話がまずかったみたいだ。こっちは何とも思っていないが、白夜ちゃんにとっては由々しき事態と言う訳だった。
「もう絶対に不安な思いはさせないから、機嫌直してくれる?」
「だったら一日百回好きって言って」
「それは流石に勘弁してよ」
「分かってるって、半分でガマンする」
「もう一声お願いします」
「これ以上はまけられません。って冗談だってば。でも一日一回なら言えるよね」
「必ず言うよ。オレは白夜ちゃんが大好きだ」
「もう。私も大好き」
この雰囲気は…。
見つめ合った状態で啓介は白夜の肩を優しく掴んだ。
今、白夜までの距離は二十センチメートル。白夜は身動ぎもせず、啓介から目を離さない。
肩を十センチ引き寄せると白夜の細い指先が啓介の胸元に添えられた。
さらに五センチ、白夜の指先に僅かに力が入ったのを感じた。
さらに三センチ、白夜の瞳が閉じられる。
啓介は白夜の指先の感触を感じながらも止まることをしなかった。
時は経過し、愁人と司彩の初デート前日
啓介は愁人ともんじゃ焼きを食べて家に帰ると、白夜とLINE電話で緊急作戦会議を開いた。白夜の方も収穫があったというのだ。
「絵の具なんだって。オレも初めて聞いたんだけど…」
「…何よ、それ。感動しちゃうんだけど」
白夜は、胸の奥がジーンと暖かくなるのを感じた。
ずっと不思議だった。イケメンでクラスの人気もある啓介が、あの大人しい名倉と、なぜあんなにも仲が良いのか。啓介との会話の中で、何回も愁がでてきた。あいつは凄いと。名倉を兄の様に慕う啓介がずっと理解出来なかったが、名倉の源にある強さと優しさを啓介はとっくに見抜いていたのだ。そして司彩も。
「こんなに幸せなことってないよ。これからも二人のこと、絶対に応援する」
「そう言えば、白夜ちゃんは何でオレのこと好きになったの?」
「えっ。あのたこ焼きのとき楽しかったからかな。それにあのときと同じシチュエーションで告白してくれるんだもの」
白夜は、本当は顔に惚れたとは言えず、咄嗟に二番目の理由を答えてしまった。
「そう言う啓介はどうなのよ。どうして私のこと好きになったの?」
しまった。話の流れとは言えついパンドラの箱を開けてしまった。啓介は涙が出そうなほど後悔した。でも黙ってる訳にはいかない。
「…あの対戦の時に好きになったんだ」
「嘘よ」
「ホントだって」
「絶対嘘。だってあの時、リバーシの盤面ばっかり見て私のこと全然見てなかったわよね」
バレかけているが死守しなければ。
指先に惚れたとは絶対に言えない啓介だった。
さらに二カ月後の現在、大学一年になって一カ月後
白夜は司彩にデートの必勝法を教えた時のことを思い出していた。二週間遅れたと言ってチョコを渡し、必ず返事を貰えと言ったのだ。
そのいつでも使えるバレンタイン戦法によりついに互いの思いを伝えあった二人であったが、あろうことか更なる進展はなく春休みを終えてしまった。今二人は大学生で大阪-東京の遠距離恋愛中だ。春休みの間、白夜は中々進展がない二人にヤキモキしていたが、今思えば奥手な二人には二人なりの気持ちの進展があったに違いなかった。そんな二人には今のこの距離は逆に丁度良いかも知れない。会えない時間が長いほど、会いたい気持ちが強くなり、会った時の積極性に繋がるはずだと思っている。
それにしても。
あの奥手の名倉愁人があの日掴んだものは、司彩の手だけでは無かった。
その行動が司彩の心を掴み。その司彩の心が白夜の必勝法を掴み取った。さらに必勝法だけでなく、そんな二人の恋路のためならばと、啓介と白夜による様々なお節介の恩恵を今も尚、受け続けているのだ。
本当にあやかりたいと思う反面。あの奥手ではどうしようもないとも思う白夜だった。