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初デート編

「じゃあまた明日ね」

「分かった」


 愁人(しゅうと)司彩(つかさ)と始発電車に乗り、早々に司彩を家まで送っていった。その帰り道。愁人はどうしても叫びたくなりいつもの高架下で雄叫びをあげた。


「やったー。最高だー。大好きだー」


 どれだけ大声で叫んでも電車の轟音でかき消され、他の誰にも何も聞こえない。このスッキリ感は、半端なく気持ち良かった。愁人にとってここは周りに迷惑をかけない最高のストレス解消の場所だったが、今日から高揚を抑えられない時の解消場所にもなってしまった。


 しばらくすると、新田啓介にったけいすけからLINE電話がかかってきた。


「どうだった?」

「さっき別れた」

「なにっ。さっきまで一緒だったのか。分かった。夕方五時になんじゃら亭に集合な」

 有無を言わせずもんじゃ焼きを奢らされることになった。


「それで?」

 もんじゃ焼きを注文するよりも早く、啓介がはやし立てるように聞いてきた。

「変なやつに絡まれそうになって一緒に逃げていたら終電に乗り遅れた」

「やったな。作戦通りか」

「いや、作戦は実行できなかった。予想外の出来事だった」

「お前の作戦は発動さえすれば、成功率100%なのにな」

「それな。なんてったって基は孫子の兵法だからな。でも発動できなかった」

「でもずっと一緒だったんだよな」

「それはまぁそうだけど」

「それで?」

「まぁちょっと待てって。ちょっと落ち着かせてくれよ」


とりあえずもんじゃ焼きを注文しなければ、店員さんを待たしてしまっているのだった。


注文直後にまた啓介が聞いてきたので、愁人は仕方なく答えた。

「明日デートすることになった」

 愁人のとった行動に、やっと啓介は一安心するのだった。

「及第点だな。じゃあこの啓介様がデート必勝法の三カ条を授けよう」




「本当に効くんだろうな」

「この三カ条は、彼女がいるオレの絶対法則に則ったものだ。間違いない」


 愁人は考えた。俺は今まで彼女というものが出来たことがない。念願の司彩(つかさ)との初デートを外すわけにはいかないし、啓介の自信満々な必勝法が気になってもいた。乗ってみるか。いや、乗るしかない。もんじゃの具を鉄板に広げて一息ついたところで、愁人は啓介に聞いてきた。

「よし分かった。何でも言ってくれ」

「やっと聞く気になったか、遅いんだよ。じゃあまず一つ目。洋服、髪型、アクセサリー。絶対いつもと違う所があるから、それを見つけて絶対褒めろ」

「分かった。何とかやってみる」

「二つ目。歩くスピードは絶対に彼女に合わせろ。間違っても先に歩いて置いてきぼりにするなよ」

「OK。なるほどな」

 ここまでは、愁人にとっても想定内で十分対応可能だった。

「三つ目。最低一回は好きと言え。出来れば百回。これが一番大事だからな」

「……」

いきなり愁人の返事に歯切れが悪くなった。

「おまえ。まさか」

「そうだよ。言ってないよ」

 愁人は最も肝心なことが出来ていなかった。

「アホ、ボケ、カス、なにやってんだよ。お前って他人事だとズバズバ言うくせに、自分のこととなると本当に全然動けなくなるんだな」

「悪かったな」

「ホントによくそれでデートにこじつけたなぁ。まぁ良い。でもこれだけは言っておく。好きだけは絶対に言え。言えなかったら次は無いと思えよ」

 さすがに彼女のいる啓介の言葉には、説得力があるのだった。


「…分かったよ」

「絶対だぞ。本当に次は無いぞ。女は言葉を求める生き物だ。その代わり、もし向こうも好きと返してきたら〜」

「好きと言った後に好きと言われたら?」

 啓介はもんじゃをゆっくりかき混ぜて勿体付けていたが、暫くしてニヤッと笑いながら断言した。

「その後は何をやっても許されるゴールデンタイムが発生する」




「そもそもなんで瀬川なんだ?」

啓介が急に話を変えてきた。愁人はゴールデンタイムのことが気になりながらも、真面目に語り出した。

「絵の具だよ」

「俺ん家兄妹多いだろ。絵の具がお下がりで、さらに、妹にも残してやらないといけないから具を殆ど使わず、すごく薄めて描いてたんだ。それが当たり前みたいに思っていたけど。小学五年の頃、その絵をからかう奴がいて俺は言い返せなかった。そんな俺を瀬川が庇ってくれたんだ」

「それだけ?それだけで恋するのか?」

「いやその後だな。その後、俺と瀬川の間で付き合ってるみたいな噂が広がってしまって瀬川が泣かされていたのを見たんだ。その時俺は隠れたまま瀬川を助けられなかった。どうしようもない奴さ。あの時の司彩(つかさ)の泣顔が忘れられない。だから今度こそ俺は司彩を守りたい」

 こんな熱い愁人を見るのは、初めてのような気がした。

 もんじゃはとっくに焼けていたが、もう暫くは愁人の熱い語りを聞いてやることにする啓介だった。



「昨日はどうだったのよ。司彩(つかさ)

白夜(びゃくや)は、実は啓介から名倉が告白する予定だということを聞いていたので、その結果が知りたくなり、司彩にLINE電話で結果がどうなったかを聞いてきたのだ。


「それが、最終電車に乗り遅れちゃって。名倉(なぐら)君と一晩中一緒だった」


 なんと一晩中一緒にいたとは。私が知らない間に、すごい展開になっていたものだと白夜はビックリしてしまった。


「どういうこと?あいつ告ってきたの?」

「ううん。何もなかったよ。でもずっと優しかった」

何もなかったという割には、なんか妙に司彩から幸福感が伝わってくる言い方だった。


「お二人共仲が宜しいようで」

「そんなんじゃないってば」

「でも好きなんでしょ」

「えっ。なんで分かるの?」

「そりゃ司彩とは長い付き合いだからね」


 啓介(けいすけ)から名倉の気持ちは聞かされていたが、司彩の気持ちがイマイチ掴めなかった。白夜がちょっとカマをかけてみると、司彩は一瞬で乗ってきたのだった。


「もう白夜には隠せないね」

 司彩が関を切ったように昨日のことを話し始めた。いつの間にか司彩は起き上がって話し込んでいる。

「…そんなにカッコ良かったんだ」

「そうだよ。あんなにカッコイイなんて反則じゃん」

「反則ってどれくらい?」

「うーん。輪投げにフラフープ使うくらいかな」

「…確かに反則ね。司彩って上手いこと言うわね」

司彩の絶妙なもののたとえに、白夜は感心するのだった。


「ねぇ白夜。私どうしたらいいかな」

 司彩が自信なさげに白夜に聞いてくる。

 今の司彩の状態であれば、二人が上手く行くのは目に見えていた。しかし、三年間行動出来なかった名倉が次の一回のデートでどれだけのことが出来るのか。奥手な二人に押しの一手が必要だと白夜は感じた。

「絶対大丈夫と思うわよ」

「それなら良いんだけど…名倉君って、口数も少ないし何考えてるか良く分からないんだけど…」

「司彩、デートって明日だよね」

「うん。それがどうしたの?」

「デートの必勝法があるの。聞いて」

と言って白夜は真剣に話し始めた。




 今日の司彩は、やはりいつもと違っていた。本当に髪型がお洒落になっていた。後ろのところでまとめているけど、フワッとしていて、さらにくるくるっと丸まっていて何とも言えない可愛い髪型をしていた。まるで美容院でセットしてもらったみたいだった。愁人が直視できないほど、本当に司彩は可愛かった。

「今日の髪型良く似合ってるね」

「えっ、うん。ありがと」

 愁人は歩くスピードを司彩に合わせた。

 デート本番。愁人はさっさとデート必勝法の二カ条までをクリアした。しかし、本題はここからだ。どんなタイミングで好きと言えば良いのか全く分からない。こんなに可愛い司彩に向かって「好き」と本当に言えるのか?実は昨日の夜からそのことばかり考えてしまい、いつもだったら完璧に準備するはずの作戦が全く考えられずに当日を迎えてしまった。


とりあえず公園のベンチに座ってみるが、どうしても切り出せない。そんな中、司彩が大き目のカバンの中からなにやら可愛い紙袋を取り出して愁人に差し出してきた。

「二週間遅れちゃったけど、クッキー焼いたんだ」

二週間と言われて愁人はハッとした。これはもしやバレンタインなのでは。いやもしやじゃなくて確実にバレンタインだ。

「好きです」

 超可愛い司彩の時速百六十キロの豪速球が、ものすごい勢いで愁人のミットめがけて投げ込まれた。

あれっこれは。あれっ。好きの順番が反対?あれっ。これってゴールデンタイムはどうなるの?


状況が理解できずにいると、司彩(つかさ)が返事を待っていることにハッと気付いてしまった。

ダメだ。こんなことを考えている場合じゃなかった。司彩の渾身のストレートを掴みそこなう訳にはいかなかった。全身全霊をかけてそのボールを掴み、司彩に投げ返さなければいけないのだ。

逃げてはいけない。胡麻化すのも駄目だ。ちゃんと言わなければいけないのだ。愁人は自分を思い切り奮い立たせて「俺も好きです」と司彩にボールを投げ返すことになんとか成功した。


愁人が妄想していたゴールデンタイムは来なかったが、司彩は今まで見せたことのない最高の笑顔を愁人に見せるのだった。

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