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ボディーガード作戦編

第二章前半の山場です

更に一年弱が経過して白夜大学二年生の二月上旬。寒さが厳しいある日のことだった。


白夜のバイトの帰り道、後ろから誰かの視線を強く感じた。白夜は振り返らず、一目散に走って逃げてきた。最近このような視線を感じることが良くある気がする。白夜はこの感覚はストーカーによるものだと確信したのだった。どうしようか迷ったが白夜はこのことを愁に相談することにした。


「実は私、ストーカーに狙われているみたいなの」


「…」


愁人は白夜から相談ということは、また啓介が何かやらかしたのかと高をくくっていたが、そんな甘いものではなく、ことの重要さに一気に気づいてしまった。


「とりあえず、状況を詳しく教えてくれ。誰か思い当たる奴はいるの?」


「何人か言い寄ってくる男がいたけどいちいち覚えていないわ」


 やはりモテる女は大変なんだな。一人や二人ではないらしい。


「まぁとりあえずは俺に話してくれて良かったよ。啓介に先に話していたら、あいつ逆上して冷静に対応できなさそうだしね。啓介には俺から説明しておくよ。それとしばらくは一人で出歩いたら駄目だからね」



 こんなこと本当にできるのかと思いながら白夜のボディーガード作戦を開始することになってしまった。





愁人は、まずストーカーのことを調べた。


ストーカーとは、常識では考えられない行動をするとある。執着心が強くて欲深い。また、人付き合いが不慣れで、実は臆病な人も多いとあった。もし向かい合ったら常識論で相手を説き伏せるのは難しいだろう。


 次に、護身術について調べた。防犯ブザーやスタンガンが思いつくが、防犯ブザーでは心もとなかった。しかし、スタンガンは良く調べると使えないことが分かった。スタンガン自体は合法だが、常駐で備え付けなければ駄目で、持ち運ぶといきなり違法行為になるのだった。最近はネットランチャー(捕獲ネット銃)みたいなものもあるらしいが、一発しか使えない上に大きすぎてこちらも持ち運びには使えなかった。



 


 一通り調べたところで、白夜の家の近くの公園に白夜と啓介を呼びつけた。



「これから想定訓練を行う。まず、相手が包丁を持って襲ってきた時を想定する」


「包丁相手の訓練って、本気かよ。尋常じんじょうじゃないぜ」


「ストーカーは、常識じゃ量れないんだってさ。だからいろんなことを想定しておかないと後手になってからでは遅いんだ。警察も相手が特定されて実際に被害にあってからでないとなかなか動いてくれないから。あと逃げるだけでは根本解決にならないから、なにかしらあるの程度のダメージを相手に与えることが必要になってくるんだ」



 説明を一緒に聞いていた白夜は感動していた。愁は本気でこの状況をなんとかしようとしてくれていた。


「啓介、愁の言う通りにしましょう。お願い」


「やるに決まってるだろ。愁が必要だって言うんだからな。ただちょっとびっくりしただけだ」 


 今更ながら、啓介と愁の信頼関係の深さを感じてしまう白夜だった。





「まず、包丁を持っている手を払い落として相手の手首を掴み、合気道の要領で相手の親指の内側にひねり上げる。こうだ」


 お手本として愁人が啓介の手首を掴み、思いっきりひねりを入れた。


「ギブギブ。めっちゃ痛いって」


 手首を掴んで捻るだけだが、愁人が啓介の後ろに回り込んだ形になり完全に極まっていた。


「更にここからこうすると、アームロックが完成する。ここまで来ると自分が外さない限り絶対に外れない」


 愁人が手際よく啓介の肘を極めた。


「折れる、折れるって。おまえなー。後で覚えてろよ」




 啓介に交代だ。


「愁。バックを取ってからアームロックを極めるまでの流れを練習したい。白夜ちゃん。練習台になってよ。大丈夫、痛いようにはしないからさ」


「はぁ。うそでしょ」


 白夜を練習台にしてアームロックが完成するまでの流れを愁から教えてもらう啓介。


「ここを捕ってここに腕を突っ込んで、ここの自分の手首を掴んだら完成だ」


「なるほど。こうか」


「イタッ、イタッ、ヤメてよ」


 白夜の息の抜けた声が何とも言えないくらい色っぽい。それが気に入った啓介は、直ぐにアームロックを解くことをしなかった。


「そんなに痛くないだろ」


「思いっきり痛いわよ。止めてって言ったわよね。信じられないわ、まったく」




 そう言いながら手をブラブラさせていた白夜が、一瞬で啓介の手首を掴み、捻り上げた。


「啓介、絶対離さないわよ。愁。ここからどうするんだっけ」


「ちょっとタイム。ほんとに痛いって」


「そうだね。白夜も覚えた方が断然だんぜん良いね。ここからこーやって…」


このあと白夜の啓介への手加減のないアームロックが十分ほど解かれなかった。



本当にどうやっても絶対外れそうになかった。今後、何かあったらこれを食らうかもしれないと、一段と強くなった白夜に啓介は「やるんじゃなかった」と後悔するのだった。





 二人が関節技を十分に身に付けたあと、早速新聞紙を包丁に見立ててお互いに実戦練習をやってみたが、悲惨な結果になった。何回やっても包丁側が勝ってしまうのだ。まず、白夜防衛側が相手の包丁を払い落とすことが出来なかった。それに対し包丁側は包丁が相手の体のどこかに当たればそれだけで最悪の事態に陥ってしまう。


「ムリゲーだよ。これは」


「そうだな。素手ではかなわないな。この感じだと包丁よりたけの長い武器が必要になるな。何かないかな」


「金属バットは?」


「それを持ち歩いてたら、こっちが補導されるよ」


「うーん。そう思うと結構ないな」


 三人に沈黙が続いた。



 実際に、二人のやり取りを見ていた白夜は、とても感激していた。今二人が本気でしてくれていることは、全て私の為だった。こんな真剣な二人から守られていると思うと心が温かくなってくるのだった。



「テニスラケットなんかどうかしら。私まだ二本持ってるわ」


 白夜は高校で硬式テニス部だった。白夜の家からラケットを持ってきてもらって包丁と対峙してみると、なるほどこれなら包丁に勝てそうだった。ラケットで相手の手を払えばいいだけだった。ラケットならカバーをつけて持ち運べば町中を歩いても違和感はない。ただ実際に対峙した場合は、カバーをつけたままだとガットの面の空気抵抗がかなりあり上手く振り回せない。カバーを取り外す作業が必要になるが、そこは何とかするしかなかった。これで対抗できる武器が決まった。


 


「次は白夜だ、絶対に相手の正面に立つんじゃないぞ。何が飛んでくるか分からないからな。それと最悪相手と一対一になった場合。さっきの関節技のことは忘れて絶対に逃げるんだ。それでもどうしても逃げられなかった場合はガードを上げて首と顔だけは絶対に守るんだ。分かったな」


 白夜は唾を飲み込みながら真剣にうなずいた。




「最後に防護服だな。二人とも革ジャンは持ってるか」


 二人とも持っていないらしい。今どきの服では無かった。


「よし、古着屋に行こう。中古なら三千円くらいで本物が買えるから。今のでわかったろ、絶対に革ジャン


は必要だ。俺はもう持ってるから。それと今日以降は、白夜のバイトの帰りは、俺と啓介の交代で送ることにする」


 二人とも異論はないようだった。しかし、啓介に準備はさせたけれども、もし本当にストーカーが現れるとしたら、背も低くて弱そうに見える自分がいるときだろうなとぼんやり考える愁人だった。






 愁人は家に帰ると急に心配になってきた。


 もし本気でストーカーが包丁を振り回してきた上に、白夜を守らなければならないとなると自分が盾となることしか出来ないだろう。革ジャンの検証が必要だった。愁人は手芸屋に行って革の切れ端を買ってきて、大根に巻き付けて本気で包丁を刺してみた。


 結果、1センチメートルほど大根に突き刺さって止まった。革を巻かずにもう一度差し込むと、優に四センチメートル以上は刺さってしまう。やはり革の防御力はすごかったが、1センチ刺さることも分かってしまった。愁人は自分に刺さるであろう1センチメートルを覚悟するのだった。






 想定訓練をした日から一日目と二日目のボディーガード役は、啓介が対応することになった。啓介が対応できない日のみ、愁人が対応することになった。




「よろしくね。私のボディーガードさん」


「くっつく必要あるか」


「だって怖いんだもの」


「…」


愁人が送ることになった初日目。白夜が愁にくっつくように歩いていると事件は起きてしまった。ストーカーは、啓介ではなく愁人の時に狙いすましたようにやってきたのだ。当てたくはなかったが愁人の予想が当たってしまうのだった。




「白夜…。なんでこんな冴えないやつと一緒なんだよ。どうして俺じゃないんだ。…みんな死ねばいいんだ。殺してやる」


 ちょっと暗い路地裏に入ってしばらく二人で歩いていると、プルプルと震えた声で愁人と白夜の前にイカれた目をした男が立ちふさがった。良く見えないが、手には何かキラッと光るものを持っていた。


「殺…」


最悪の展開だった。相手が何を言っているのか良く分からなかったが最後に「殺してやる」という言葉だけが鮮明に聞こえた。相手は刃物を持ち、こちらを殺す覚悟をしているようだ。この状況は一番初めに想定していたが、想定している中で最悪の展開だった。左手が震えている。ハッと気づくと愁人の腕にしがみついている白夜の手がブルブルと震えている。そうだった。今、白夜を守れるのは俺しかいないんだ。しかし刃物を持っていて俺達を殺そうとしている相手に愁人の恐怖は最大限に達していた。膝が震えてしまっていた。逃げたかったが今後のことを考えると逃げるわけにはいかなかった。こんな時のためにわざわざ想定訓練までしてきたのだ。「こんな時こそ冷静に対処するんだ」と、愁人は自分に言い聞かせた。







 今、愁人と白夜の前に、刃物を持ったストーカーが立ちふさがっている。


 白夜にテニスラケットを背負ってもらっていたが、それを取り出す余裕は全くなかった。その男は刃物を両手に持ちながらいきなり突っ込んできた。あまりにも一瞬の出来事で何もできなかった。愁人は足が竦んでしまい一歩も動けなかったが、何とか白夜を後ろに回すことだけは成功した。あとは革ジャンの防御力を信じるしかないのだった。どうか1センチ以上刺さらないようにと祈りながら、1センチ刺さると思われる自分の腹に思い切り力を入れることしか出来なかった。




ストーカーの突っ込んできた勢いとは逆にボッとあまり大きくない鈍い音がした。


 三人の動きが止まった。数秒後、愁人が二歩後ずさりし白夜に寄りかかってきた。次の瞬間、白夜が絶叫したのだった。




「イヤーーーー」




半径一キロメートルは聞こえそうなその声量はストーカーを退散させるに十分な威力だった。男が逃げていく。愁人は朦朧もうろうとしながらその姿を確認した。とりあえず白夜を守ることが出来たのだ。一安心だ。でも、あの勢いで突っ込んで来たからには1センチなどではなくもっと深く刺さっているだろうなどと考えていた。怖くて患部を見ることも、触って確認することもできなかった。痛いはずだが、腹に感覚がなく本当に痛いかどうかもよくわからなかった。この感覚がないということが、愁人を深刻化させてしまった。




「俺、死ぬのかな」


 


 想定訓練までしておいてこのざまだった。何もできなかった。でもあの状況でなんとかできるとも思えなかった。今から考えると刃物相手ではやっぱり逃げるのが正解だったのかと思ってしまうが、こうなってしまってはあとの祭りだった。


 今、死の淵の間際で考えていること、それは、先ほどの自分の行動の不甲斐なさと、なんといっても司彩とのことだった。


 まさかこんなことになると思っていなかった。こんなことになるなら、もっと司彩とイチャイチャしておけばよかった。嫌がられるのを恐れて次のステップに進むことをしなかった。結局は自分が傷つくことを恐れていたのだ。なんて自分は情けないんだ。


これで俺の人生が終わるなんて。愁人の人生は後悔しかなかった。



あれっ、やっぱりおかしい。何も考えられなくなってきた。


「愁。しっかりして。聞こえないの?」


先ほどまで良く聞こえていた白夜の声がどんどん遠くなっていく気がした。






  白夜は、愁に教えてもらった通りに自分で救急車を呼び、自分も一緒に乗り込んで病院まで来ていた。お医者さんから一通り説明を受けたところで、愁が寝ている病院の個室へ移動した。




  とんでもない一日だった。




訳のわからない相手がいきなり刃物で突っ込んできて、愁が犠牲になったのだった。


  こんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。いや嘘だ。白夜は自分の気持ちにとっくに気づいていた。啓介との絶交の仲を取り持ってくれた時からこの気持ちは芽生えていたのだった。今までその思いを殺し続けていただけだった。



時計を見るとまだ十時を回ったところだった。今は愁と二人きり、このまま明日がこなくなっても構わないと白夜は思っていた。でもしかし、この時間なら啓介と司彩に連絡を入れないわけにはいかないだろう。でもそうすると二人は愁のもとへ飛んで駆けつけてくるに違いなかった。大学も遠距離も関係ない。愁の一大事にあの二人は必ずやってくるという確信が白夜にはあった。愁には、私なんかよりはるかに相応しい彼女がいる。どう足掻あがこうが勝てるわけがなかった。いや、勝負なんてできるわけがない。司彩は私の大親友なのだから。この気持ちだけは絶対に司彩に気付かれる訳にはいかなかった。



明日には、愁は司彩の彼氏に戻ってしまう。どう願おうが必ず明日はやってくるのだ。そう思うと白夜が愁と二人でいられる時間は今日しかなかった。



「今日だけは私の愁でいいよね」



白夜はその限りある時間を寝て潰してしまう訳にはいかなかった。






 愁人は目を開けると、ここは病院の個室らしいということが分かった。部屋は消灯していたが、月明かりがくっきりと殺風景な部屋を照らしている。どうやら気を失って病院に運ばれてきたらしい。あたりを見回すと白夜が起きて見守ってくれている。




「気がついたのね。まだ夜中だからもう一度寝た方が良いわよ」


「白夜は?」


「私は眠れそうにないからいいわ」


「それじゃあ帰りなよ」


「夜道を私一人で歩かせる気なの」


「…」




 しばらく沈黙が続いたが、白夜がその後の状況をゆっくり説明してくれた。




「あのあと救急車でここまで来たの。救急の方が、私のことをあなたの奥さんですかって聞かれたから黙って頷いて一緒に救急車に乗り込んでやったわ。ケガの内容は、…打ち身ですって。刃物の傷は、大きく見積もっても深さは五ミリ程度みたいよ。本当にあの状況でよくこの程度のけがで済んだと思っているわ。ここの病院の先生も本当に感心していて、「あなたの旦那さんは格闘技をやってらっしゃるんですか」って言われちゃったわ。だから私、言ってやったの「うちの主人は合気道をやってます。めっちゃ強くて最高にカッコいいんです」ってのろけちゃった。そんなわけだから明日の朝には退院してくれともいわれちゃったわ」



 暫くして、白夜が静かに泣き始めた。


「本当に怖かったわ。愁がいなくなるんじゃないかと思って」



「なにもできなくてゴメン」


「何を言ってるの。あなたがいるから今の私はこうしていられるのよ。愁がいなかったら私は死んでいたかも知れなかったわ」



「でも気を失ってただけだし」


「そんなことないわ。愁がいままでしてくれた全てのことが私に届いたわ。初めに相談した時に私の言葉をなにも疑わず信用してくれたのも、色々な準備をして想定訓練まで本気でしてくれたのも、本当に刃物が襲ってきた時に、私を後ろに押しのけてくれたことも全てよ。愁がいてくれるだけで本当に安心できるしカッコ良かったわ。心から感謝しているの」



「…よかったよ、白夜が無事で」


 その愁人の言葉に白夜はどうしても言えなかった自分の感情を抑えられなくなってしまった。




「大好き…」




 白夜は、布団の上から愁人にそっと抱きついてきた。


「今日だけお願い。明日にはいつもの私に戻るから。でも今日だけはあなたの奥さんでいさせて。本当にありがとう。大好き…」


 白夜はいつまでもこの体勢を直そうとはしなかった。

ここで白夜の心が大きく動いてしまいます。来週もお楽しみ下さい。

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