秋祭り編
今まで生きてきた白夜の人生の中で、こんなにカッコよくて面白くて一緒にいて楽しい人はいなかった。啓介と付き合えることになったらどんなに幸せなことだろう。
白夜の想定では、夏祭り以降に急速に二人の仲が進展するものと思っていたが、そんな考えはただの妄想だったと気づかされてしまうのだった。
夏休み中でしばらく顔を合わせる機会がなかったのが痛かった。いくら待っても、啓介から連絡が来ることはなく、とうとう二学期を迎えてしまった。
たこ焼きの時はあんなに楽しくて下の名前で呼び合っていたのに、二学期になった今ではただの挨拶を交わす程度の知り合いに転落してしまったのだった。白夜はもしかしたら、啓介に告白されるかもしれないと密かに期待していたが考えが甘すぎた。
白夜は、何とかして彼と二人きりになれる時間を作りたかったが、クラスも違う二人がタイミング良く二人きりになることなどほとんどなかった。
もう来ないかもしれないと丁度思い初めていたころに、転機がいきなりやってきた。
「今度の秋祭り。予定空けといてね。一緒に行くから」
啓介が、いつもとは逆に白夜のクラスの教室にズシズシと入ってきて、なんの前触れもためらいもなくいきなり誘ってきたのだ。人懐っこいその誘い方はあのときの笑顔そのままだった。断られることを一切想定していない誘い方とその笑顔にまた引き込まれてしまう。断る気なんてなかったが、周囲の目が気になってもいた。更に軽い女と思われるのもどうかと思い返事は一旦保留することにしようと思った。嘘をつくつもりなんてなかったがついいつもの調子で思わずミャー子を登場させてしまったのだった。
「ウチのミャーコが下痢だから、看病しなくちゃいけないの。だからしばらく様子を見たいわ」
「まだ時間はあるからミャーコちゃんが早く治ってくれると良いね。下痢は大変だよね。どこの病院で診てもらってるの。良いところ知ってるよ」
私とミャーコのことを微塵も疑っていない発言だった。白夜にとってこんなに嬉しい返事はいままでなかった。でもこのまま啓介に嘘をついたままではいけないと、直ぐ言い直すことにした。
「ゴメンなさい。ミャーコはもう死んじゃったんだ。本当にごめんなさい。嘘をつくつもりはなかったの」
「え、どういうこと?」
「ゴメンなさい。本当にごめんなさい」
白夜の目に涙が溜まり始めた。
「こっちこそゴメンね。なんか思い出させちゃったみたいで」
「…」
この啓介の発言にまた心がジンとくる。白夜の涙腺は全開になってしまった。
白夜はもうこの人しか完全に見えなくなってしまった。まだ二回しかちゃんと会って話したことはなかったが、啓介のことを完全に120%好きになっていた。でもはたして司彩はどう思うだろうか。反対されるかちょっと心配だったけどこのことを司彩に相談することにした。
「新田君なら良いと思うよ」
聞いた白夜が目を丸くした。あれほど簡単には人を信用するなと言っていた司彩からは、考えられない意外な返事が返ってきた。てっきり「もっと見極めろ」などと言ってくるものとばかり思っていたのだ。
こんなことは今までなかった。滅多に人(特に男子)を信用しない司彩からのまさかの合格なのだった。もう私を止めるものはこの世で何人たりともいなくなってしまった。
「やっぱり? 結構良いと思うわよね。何着ていこうかしら、やっぱり浴衣よね」
自分でもかなり浮足立っているのが分かってしまうほど浮かれてしまう。そんな白夜を司彩がまた心配そうな目で見てきたが、そんなことは全く気付かない白夜だった。
啓介が白夜を誘った秋祭り当日。
浴衣姿で現れた白夜ちゃんを見て、啓介は思い切りガッツポーズをするのだった。
啓介は、白夜ちゃんへの告白を成功させるために、親友の名倉愁人から作戦を授けられていた。二人が出会った夏祭りのたこ焼きで、二人は良い感じだったことを聞いた愁は、同じシチュエーションで告白することを指示してきた。しかも愁は、白夜ちゃんがどの姿で秋祭りに来るかで、OKの確率を予測していた。愁の見積もりでは、今日、白夜ちゃんが浴衣を着てきたことによって、啓介が白夜ちゃんに告白した時の作戦の成功率は100%ということになった。啓介は愁が作戦を失敗したのを見たことがない。そんな愁を啓介は100%信用していた。
早速、たこ焼きを注文することにしたが、メニューを見て啓介は一気にテンバってしまった。とんこつ味がない。とんこつ味のある下町商店街のあの店に買いにいくしか選択肢はなかったが、結構距離があり、下駄できている白夜ちゃんをそこまで歩かせるわけにはいかなかった。よろよろとたこ焼き屋から離れる啓介。
「啓介、どうしたの」
「とんこつ味がない」
「そんなの当たり前でしょ。普通はないわよ」
「ちょっと待ってて、買いにいってくるから」
「ちょっとってどれくらい?」
「一時間くらい、かな」
「いやよ。一時間も一人でなんて待てないわ」
白夜ちゃんが啓介の予想に反して反対している。でも、あの味を再現させないと告白できないのだ。
「でもあの味がないと…」
「違うわ。味付けなんて関係ない。一時間も一人で待っているより、少しでも啓介と一緒にいたいの。二人でたこ焼きが食べられれば私はそれで十分楽しいんだから」
啓介は白夜ちゃんの言葉に救われた。オレは何を気負っていたんだろう。白夜ちゃんが浴衣を着てきている時点で告白の成功率が100%なのは確定事項のはずなのに。そうだよ。たこ焼きの味なんて関係ない。作戦をそのまま続行すればいいだけだった。
啓介は肩の力がスッと抜けていくのが分かった。
「じゃあその一時間で何か景品を取ってあげるね。ちょっといいとこ見せちゃおうかな」
中学の頃、司彩と二人で来た時は、何一つ景品を取ることが出来なかったが、なんと啓介は輪投げで小さいマイメロ人形を取り、金魚を一匹掬って、射的でポッキーをゲットしたのだった。
今、白夜は啓介と並んでたこ焼きを食べている。
「景品を3つもゲットできるなんてすごいね。私は取れたことがないから」
「本当はもっと大物をゲットしたかったんだけど、これ以上は反則でもしないと取れないね」
「十分すごいよ。尊敬しちゃう」
「欲しいのは尊敬じゃないんだけどね」
「えっ」
一瞬、白夜の心がざわついた。もしかして。
「オレ、白夜ちゃんのことが好きなんだ。付き合って欲しいんだけど」
何のひねりもないまっすぐな言い方だったが、カッコイイ人は何を言ってもカッコイイ。白夜の頭の中は丘一面に一気にお花が咲き誇った。こんなに嬉しいことはない。本当は自分から告白するつもりでいたのだけれど、まさか啓介の方から告白してくれるなんて思ってもみなかった。(本当はちょっと思っていた)自分が好きな人から告白されるってこんな気持ちになるんだ。しかも初めて仲良くなったたこ焼きデートの再現で告白してくれるなんて。洒落たこともできる人だった。更にこの人は司彩のお墨付きでもある。
「もちろんOKよ。私も啓介と付き合えたらいいなって思っていたの」
「やっぱり。実はオレもそうかなって思ってたんだ」
啓介がいつもの笑顔をこっちに向けてきた。鈴木白夜高校一年生。人生最大の幸せがやってきた。
白夜と司彩の学校での帰り道。話があるからと言って公園に立ち寄った白夜が、啓介との結果を司彩に報告する。
「本当に良かったね。白夜」
二人で、啓介が取ったポッキーをかじりながら話しをしている。司彩は表面だけ取り繕うことなどしない子だった。司彩が良いということは本当にそう思っているのだった。白夜は素直に祝福を受け入れたが、一つの疑問が沸き起こった。
「司彩、初めに啓介のことを聞いたとき、賛成したわよね。なぜそう思ったの」
「いい人そうだと思ったからだよ」
「もしかして、啓介のこと狙ってたの」
「まさか、ちゃんと話ししたこともない人だよ」
そういえばそうだった。前に聞いた時も確かそのようなことを言っていたのを思い出した。
「じゃあどうして良いって言ったの」
「それは…」
司彩は、新田君のことを良く知っているわけではなかったが、クラスが同じということもあり、名前と顔だけは知っていた。ある日イオンで小さい女の子の手をしっかり握って歩いている新田君をたまたま見かけたことがあったのだった。子供の子守りをしっかりできる人が悪い人間であるはずがないと司彩は思っていた。
白夜は司彩の人を見る目を尊敬するのだった。司彩は私と違って人を外見だけでは判断していなかった。司彩には人の本質を見抜く力がある。そして、将来そんな司彩が好きになる人は、一体どんなすごい人なんだろうなと考えてしまう。
「新田君ってすごいんだね。お祭りの景品を3つもゲットするなんて」
「そうなのよ。でも、司彩の彼氏になる人は、景品を全部ゲットできるほどすごい人なんじゃないの」
「そんな人いるわけないじゃん。でももしそんな人が本当にいたら惚れちゃうかもね」
「司彩が惚れちゃうって…イメージ出来ない」
「失礼ね!」
司彩の冗談に二人で笑い合う。
でもしかし、司彩なら本当にそんな人を彼氏に選んでしまうかもしれないと思ってしまう白夜だった。
この時から二年半後、司彩は名倉愁人を彼氏にするのだった。司彩から見ると、愁人は輪投げにフラフープを使い、金魚すくいですくい網を使い、射的にネットランチャー(護身用のネット捕獲銃)を使うほどカッコいい彼氏なのであった。