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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

デスゲーム飯

作者: 青井青

「生き残ったのは俺とおまえだけになったな」


 打ちっぱなしのコンクリートの部屋に男の声がした。


「そうですね。次のゲームが終わるまでですけど」


 藤井陽介は壁に背中を預け、疲れた目を壁掛け時計に向けた。短針は12時を少し過ぎたところだ。昼か夜かは定かでない。恐らく昼だろう。


「あと一時間ってところか」


 大きな会議室ぐらいの部屋。窓はなく、外の音もまったく聞こえない。湿気が強いので、地下室かもしれない。天井から落ちるくすんだ蛍光灯の明かりが、疲労の濃い二人の男を照らしている。


「皮肉だな。生き残るつもりのない俺たちが最後まで残るなんて……」


 伊藤が苦笑交じりにつぶやいた。


 グレーのスーツ姿。年齢は四十代の半ばぐらい。髪の毛が額に汗で貼りついてる。ネクタイはゆるめられ、胸元にのぞく白いワイシャツは赤い血でべっとり染まっていた。


「最後の勝負はすぐ決着がついて、楽に死ねるやつだといいですね」


 コンクリートに背中を預けながら陽介が答えた。


 年齢は二十代の半ばぐらい。青のデニムにグレーのパーカーを着ている。顔立ちは整っているが、どこか生気に乏しい印象の若者である。


 部屋の中央にアンティーク調の楕円のテーブルが置いてあった。背もたれの高い椅子が七脚、テーブルを取り囲むように置かれている。


 最初はこの七つの椅子に〝ゲーム〟の参加者たちが座っていた。だが、今この部屋で生きている人間は二人しかいない。


(他の連中は……)


 疲れた視線の先に、三つの死体が横たわっていた。あとの二人は、椅子に腰かけた体勢で息絶えている。


 性別も年齢もバラバラ。素性もよくわからないまま、みな死んでいった。名前も果たして本名だったのか、今となってはわからない。


「吸うか?」


 伊藤が煙草を一本差し出す。


「最後の一本なんじゃないんですか?」


 目の前に差し出された白い紙の筒を、陽介は申し訳なさそうに見た。


 この五日間、伊藤は食後の一服を楽しみにしていた。前回の食事の後、残り一本だと言っていた。


 伊藤が疲れた目で、顎をテーブルの方に振った。


「こいつはあのおっさんのだよ」


 五十代ぐらいの太った男が床に仰向けで横たわっていた。口の周りに〝泥棒ひげ〟を生やした丸顔。演歌歌手のステージ衣装のような派手なジャケットを着ている。


「煙草一本くれねえ強欲なやつだったけど、死んじまったら煙草も吸えねえよな」


 血まみれの指を伸ばし、陽介は煙草を受け取った。伊藤が手をかざし、ライターで火をつけてくれる。


 ふう、と煙を吐き出す。ゆらゆらと立ち上る白い煙を追うように、陽介は天井をぼんやり見上げた。古い蛍光灯とむき出しの配管パイプが見える。


「生き残れたら、おまえは何をしたい?」


「さあ、どうしますかね……」


 夢も希望もない人生だった。大学を出たが、就職活動に失敗。契約社員として働き始めたが、雇い止めにあって失職。コンビニや配送工場で働き、気づけば27歳になっていた。


「なんだ、何もやりたいことがないのか? 賞金は10億円だぜ」


「それ、本当にもらえるんですかね?」


 陽介は顔を持ち上げ、壁の上にあるスピーカーを見た。


 五日前、ここで目を覚ましてから、あのスピーカーから聞こえるマシンボイスの指示で殺し合いをしてきた。聞こえるのは「声」だけで、運営者が姿を現したことは一度もない。


「伊藤さんこそ、やりたいことはないんですか?」


「俺か? 俺は会社の借金を返して終わりさ」


 伊藤は飲食店を経営していた。店舗を増やし、拡大路線に走った矢先に大腸菌の食中毒事件が発生。幼い子供が亡くなり、会社の評判はガタ落ちなり、倒産に追い込まれたという。


 伊藤には妻も子供も、残された従業員もいる。自分には友達も恋人もいない。そんな自分が生き残っていいのだろうか?


 青年の心情を察したように伊藤が言った。


「いいんだよ。俺は経営者だから、もともと高額な生命保険に入ってる。俺が死ねば家族には金がいく。問題は――」


 伊藤がふっと苦い笑みを浮かべる。


「デスゲームで死んだ場合、保険金が下りるかだな」


 自分が死んだら、死体は必ず発見される場所に放置してほしいと伊藤は言った。亡骸がなければ、死亡が認定されず、保険金が下りないからだ。


 陽介のよどんだ目が、テーブルの脚元に横たわる死体――伊藤が煙草を拝借した太った男に向けられた。


 顎のないフグのような顔の下に、直径三センチほどの太い銀の首輪が巻き付いていた。死体となった後もそこに居座る鉄輪は、一種、食虫植物のツタを思わせた。


(この首輪がある限り、俺たちは逆らえない……)


 陽介の手が自分の首に伸びる。密閉された空間をただでさえ息苦しく感じさせる〝それ〟は、当然、彼の首にも食い込んでいた。


 最初にマシンボイスから〝ゲーム〟の進行に関する説明があった。


 この首輪には爆薬が仕掛けられており、命令に従わなかったり、ゲームの〝ルール〟を破ったら爆発する。漫画や映画で見た定番のデスゲーム設定なので、すぐに自分が置かれた状況を呑み込めた。


「おっさん、ずっと牛丼が食いたいって言ってたなあ……」


 伊藤が口から白い煙を吐き出した。


「最後の言葉が、芳野屋の牛丼が食いたいでしたからね」


 壁の時計に伊藤が目を向ける。


「最後のゲーム開始まであと45分ぐらいか」


 短くなった煙草をコンクリートの床でひねりつぶし、伊藤が冷たい地べたから腰を上げる。


 部屋の隅に置かれた白い冷蔵庫に向かった。陽介も立ち上がり、後を追う。


 一人暮らしの学生が使うような小さな冷蔵庫だった。血のついた手で何度も開けたからか、取っ手が赤く汚れている。


 扉が開けられ、二つの頭が庫内を覗き込む。


「ほとんど何も残ってないな……」


 トレーにはキャベツの芯と豚肉しか残っていなかった。


「もともと大人七人いるわりには食材が少なかったですからね」


 最初は野菜や肉、卵など豊富にあったが、五日間の間に少しずつ消えていった。一日ごとに一人死ぬわけだから、食べる量も徐々に減っていく。主催者はそれも計算して食材を置いてあったのだろう。


「米はあるよな?」


 伊藤に訊かれ、陽介が、大丈夫です、とうなずく。


 冷蔵庫の横に10キロの袋が置いてあった。まだ半分以上残っている。「炊きましょうか?」と尋ねると、伊藤が「頼む」と答えた。


 陽介はジャーから内釜を取り出すと、計量カップで米を二合ぶん入れた。冷蔵庫の隣にある小さなシンクに釜を移した。


 蛇口をひねり、さっと水で洗って、ジャーに戻すと、メニューを〝お急ぎ〟にして、炊飯ボタンを押す。


「さて、最後の晩餐の準備といくか」


 冗談めかして言うと、伊藤が背広の上着を脱ぎ、椅子の背にかけ、ワイシャツの袖を肘の上までめくった。


 食事当番は、最初は交代制だったが、キャバ嬢(三日目に死亡)の飯があまりに不味かったのと、次の当番になる人間がゲームで死ぬことがあり、飲食店を営んだ経験のある伊藤がシェフ役を買って出た。


 伊藤がキャベツの芯をまな板の上に置いた。


「ええと、包丁は……」


 辺りを見回す。シンクの周辺には見当たらなかった。


 あ、と思い出したように陽介が手を打つ。


「佐々木さんの口に〝刺さった〟ままでした。取ってきます」


 陽介はテーブルに突っ伏している男のもとに向かった。身体を抱え起こすと、ばりっと乾いた音がして、顔に貼りついていた血が剥がれる。


 椅子の背もたれに死体を預ける。紫色の顔をした男の口から包丁の柄が〝生えて〟いた。刃先は首の後ろまで貫通している。


 額を左手で押さえ、右手で包丁の柄を持ち、ずぼっと引き抜く。


 佐々木は四日目の〝ハラキリゲーム〟で負けた、中堅文具メーカーの総務部長だった。奥さんと中学生と高校生の娘がいる。家では良きパパだったらしい。


 刃についた血と肉をシンクで洗い、陽介は伊藤に包丁の柄を差し出した。


「刃先がちょっと欠けちゃってますね」


「先端なら大丈夫だ。運営はとぎ石も用意しておくべきだったな。殺し合いで使った後は切れ味が悪くなるんだから」


 伊藤が水を入れた鍋をコンロに置き、火をつけると、塩をひとつまみ振った。お湯が沸騰するのを確認し、キャベツの芯を放り込む。


「キャベツの芯は、カリウムやリンがあって葉より栄養があるんだ。カリウムは体のバランスをとり、リンはエネルギーを作り出す」


「へー、そうなんですか」


 飲食チェーンを経営してるだけはあって、伊藤はいろいろなことを知っている。


 キャベツを茹でている間に、伊藤が豚肉の下準備に入った。ポリエチレンのトレーに入った豚肉を冷蔵庫から取り出し、塩コショウを振る。


「みんな、肉の脂身を目の敵にするけど、豚の脂にはステアリン酸が豊富で、抗酸化作用がある。デスゲームみたいな疲れが蓄積しやすい極限状況では、むしろ積極的に食べた方がいい」


 健康な体と明晰な頭脳があってこそ、デスゲームに勝ち残れるのだと、伊藤は再三言っていた。


 鍋をコンロから上げ、ザルにキャベツの芯をとると、白い湯気が立ちのぼる。計量カップに、しょうゆ、砂糖、みりん、酒を入れてかき混ぜる。


 フライパンを熱し、豚肉を並べる。しっかり焼けたところでタレをかける。甘く香ばしい匂いが鼻先をかすめた。


「うわー、匂いだけでもうたまりません」


「豚丼ときたら、味噌汁も欲しいよな」


 伊藤が冷蔵庫を開け、わずかに残っていたネギを取り出し、まな板の上で刻む。トントントンと軽快な音が鳴った。


「梢さんにも食べさせてあげたかったな……豚丼、好物だって言ってたから……」


 床に横たわるキャバ嬢の死体に陽介は目を向ける。


 彼女は四戦目の「青酸カリの入ったワイングラスはどーれだ?」ゲームで、自分と伊藤に敗北した。


「梢さん、シングルマザーって言ってましたよね……子供を残して死ぬなんて、つらかったでしょうね……」


 強制されたデスゲームとはいえ、自分たちが彼女を死に追いやったのだ。罪悪感がないといえば嘘になるが、勝たなければ自分たちが死んでいた。


「ねえ、生きて外に出た方が、梢さんの娘を育てるってどうですか?」


 優勝者の賞金は10億円だ。娘一人ぐらい余裕で大学までやれる。


「俺のところにはもうガキがいるから無理だ。おまえが生き残ったとしても、結婚もしてないのに子供を育てられるのか? 責任を感じるのはわかるが、あまり無理はするなよ」


 ちょうどご飯が炊けた。伊藤がジャーのふたを開けると、白い湯気が立ち上る。しゃもじで上下をかきまわし、いい感じに炊けたな、とつぶやいた。


 どんぶりにご飯を盛り、次に刻んだキャベツの芯、その上に豚肉をのせ、仕上げにマヨネーズを斜線を描くように走らせた。


「よーし、デスゲーム豚丼のできあがりだ」


 テーブルには、豚丼のどんぶりと、みそ汁のお椀、それにガラスのコップに入れた麦茶が置かれた。


 いただきます、と手を合わせ、陽介は箸で豚肉を口に運んだ。


「美味い……肉に甘辛いタレがよく染み込んでる」


 しっかりと焼き上げられた豚肉はカリカリとした食感だった。


「なあ、俺たちってどういう基準で選ばれたのかな」


 食べながら伊藤がぽつりとつぶやいた。


「キャバ嬢、お相撲さん、リーマン、俺みたいな派遣社員、それに伊藤さんみたいな経営者……みんなで話し合ったけど、結局、共通点は見つけられなかったですね」


「いや、共通点はあったな」


「なんですか?」


「みんな、飯が好きだった――だろ?」


 白い歯を見せて伊藤が笑った。


「ええ……ええ! そうですね。みんな食べるのが好きだった」


 こんな極限状況でも、ご飯を食べるときだけは食卓に笑顔があった。恐らくはシェフの伊藤の腕が良かったからだろう。


 だが――もうみんなここにいない。二度と彼らの笑顔は見られない。豚丼をかき込みながら陽介は涙ぐんだ。


「泣くなよ」


 伊藤がペットボトルの麦茶をコップに継ぎ足してくれる。


「僕、ずっと契約社員だったんです……知ってます? 契約社員って、正社員が使ってる社員食堂を使えないんです。その会社の社員食堂のメニューには豚丼があったんです。俺、ずっとそれが食いたくて……」


「はは、まるでショーウィンドウのトランペットを欲しがっている子供だな」


「ええ……だから俺、伊藤さんと豚丼をいっしょに食べられて、すごくうれしくて……」


 頬からこぼれた涙がご飯に落ちていく。


「おまえ、外に出たらやりたいことはないのか? せっかくデスゲームで生き残ったんだ。何かあるだろ」


 陽介は言葉につまった。ただ目的もなく、流されるまま生きてきた。生き残って10億円を手にしても、何をしていいかわからない。


 ふと、それは頭に閃いた。


「俺、料理人になりたいです!」


 まさに見つけた、という感じだった。


「あの……ここを出たら、俺、伊藤さんの店で働かせてもらえませんか? 下働きからでもいいので、修行をさせてほしいんです」


 伊藤が顔をうつむかせる。前髪が目にかかり、表情はわからない。


「……馬鹿言うなよ。俺かおまえか、一人しかここから出られないんだぜ。俺が死んだら、誰がおまえを雇うんだよ」


「あ、そうですね……すいません。一人で先走りしちゃって……」


 いや、と伊藤が反省したように笑った。


「料理人になるって、いい夢じゃねえか。どんな料理が作りたいんだ?」


「そうですねえ……じゃあ、丼モノの専門店がいいです。こんな美味い豚丼が作ってみたいです。俺みたいな派遣の人のお財布にも優しい、ワンコインで食べられる店をやりたいです」


「それなら移動販売車がいいぞ。安いコストで始められる」


「あ、いいですね」


「キッチンカーでオフィス街に行け。ランチ難民が多いから狙い目だ。そうだな、女性向けにヘルシー丼なんかどうだ?」


「へー、どんなやつです?」


 伊藤がポケットからメモ用紙を取り出し、ペンで料理のスケッチを描いた。


「こういう感じだ。レタスをまぶして、沖縄のタコライスっぽくするんだよ、うん、これは女にウケるぞ!」


「ねえ、一緒にやりましょうよ、伊藤さん」

 

 その瞬間、会話は止まり、いつもと同じ結論になる。そう、二人で移動販売車はできない。生きてここを出られるのは一人だけなのだから。


「ごちそうさまでした――」


 陽介は両手を合わせて、頭を下げた。目の前には、ご飯粒ひとつ残さず、きれいにたいらげられたどんぶりがあった。


 まるでタイミングはかったかのように、壁のスピーカーから、キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムのような音が鳴る。 


『はーい、お二人ともご飯はおいしくいただけましたかぁ? 最後の晩餐の味はどうでしたかぁ?』


 何度、聞いても神経にさわる声――機械で合成されたマシンボイスだった。この声に命じられ、自分たちは殺し合いをさせられたのだ。


『それでは、満腹になったところで最後のゲームをはじめまーす。参加者のお二人は受け渡し口を開けてくださーい』


 陽介と伊藤は椅子から立ち上がると、「受け渡し口」と呼ばれる、壁に埋め込まれた金庫の前に行った。


 この金庫は隣の部屋とつながっている。健康診断で、検尿の紙コップを置くときと似た仕組みだ。


 伊藤が扉を開け、二つの頭が中を覗き込んだ。


 リボルバータイプの拳銃が二丁置かれていた。お互い一丁ずつ手にとる。ずしりとした鉄塊の重みがあった。


『はーい、それでは最後のゲームを発表しまーす! シンプルにロシアンルーレットでーす。弾丸は六つの弾倉に二発入っています。3分の1の確率でーす。合図をしたら、自分の頭に銃口をあてて引き金を絞ってくださーい』


 陽介は手の中の銃に目を落とした。通常、中身が見えるはずの弾倉がフタで覆われていて、どこに弾丸があるかわからないようにしてある。


『引き金を引かなかったり、銃口を自分の頭から外したら、その時点で反則負けでーす。首輪が爆発しまーす。では、席についてくださーい』


 銃を手にした伊藤と陽介は、テーブルを挟んで向かい合った。


 もう言葉はなかった。緊張で喉がカラカラだった。それにこんな状況で掛け合う言葉などない。


『では、シリンダーを回してくださーい』


 弾倉の回るカラカラという音が静かな部屋に響く。


『はーい、そのくらいでけっこうでーす。では、銃を自分の頭に向けてください。ああ、ズルはだめですよー。きちんと銃口を頭にくっつけてくださーい』


 陽介は自分の右のこめかみに、リボルバーの銃口をあてた。冷たい金属の感触がした。


 テーブルの向かいでは、伊藤が同じように銃を頭に向けている。まるでロウを塗ったように顔が白かった。


『それでは、テンカウントで引き金を引いてくださーい。ためらったりしたら、即失格でーす。じゃあ、いきまーす。10、9、8、7、6――』


 伊藤がまぶたをぎゅっとつぶる。ブルブルと腕が震えていた。


『5、4、3、2、1、0!』


 カチンと乾いた音が重なるように鳴った。


 ふう、と陽介は重い息を吐く。どちらの銃からも弾は発射されなかった。


『おめでとーございまーす。お二人とも一回目はクリアでーす。さすがはここまで生き残った強運の持ち主ですねー。では、二回目の準備に入ってくださーい。シリンダーは回さず、そのままでいきましょー』


 テーブル越しに伊藤と目が合った。


「お別れだな、陽介――」


 六つの弾倉に弾は二発。3分の1の確率だ。次はどちらかの弾が出るだろう。


「実は俺、伊藤さんにまだ言ってなかったことがあるんです……」


 陽介がつぶやくと、伊藤の眉がかすかに持ち上がる。


『では、お二人とも銃を頭に向けてくださーい』


 マシンボイスが二人の間に割り込んだ。催眠術で操られるようにお互いの肘が曲がり、先ほどと同じように銃口が頭に押し当てられる。


「俺、デスゲームに参加するの二回目なんです。ありがちですよね? 参加二回目ってやつ。でも本当なんです。最初のデスゲームで勝って生き残って……俺、癖になっちゃって……」


「……な、何がだ?」


 伊藤の声はかすれていた。


「飯です。ゲームで勝った後に食う飯がうまくてうまくて……たぶん、脳からアドレナリンがドバドバ出まくって、変なスパイスになっちゃうんでしょうね」


 そう言う陽介の口からはヨダレが垂れていた。


「俺、どうしてもまたデスゲームに参加したくて……招待されるのを待ってたんです。ネットで噂があるところにはぜんぶ行ったし、ヤクザがやってるヤバい賭場なんかにも出入りしました……でも、もう呼ばれなくて……」


 マシンボイスが『カウントダウンをはじめまーす』と告げた。


「だから俺は最初のデスゲームの優勝賞金を使って、自分でデスゲームをやることにしました。これは俺が主催したデスゲームなんです」

 

 伊藤の顔が青ざめていく。


「あ、だけどズルしてないですよ。だって、ズルして勝ってもご飯がおいしくないですから。俺の首輪の爆弾も本物です。運営は他人に任せているのでゲームの内容も知りません。ここに来て初めて知りました」


「……おまえは狂ってる……」


 うめくように伊藤が言った。


「おまえは狂ってる。それ、デスゲームの定番セリフですよね。いいなあ。それが聞きたかったんですよ」


『5、4、3、2、1――』というマシンボイスが響く。


『0!』


 カチンと音が鳴った。陽介の銃から弾は出なかった。


 伊藤は銃を手にしたまま、茫然としている。引き金はまだ引いていない。


「あ、伊藤さん。撃ちませんでしたね? それ、反則ですよ」


 白い歯をのぞかせて青年が笑う。

 

 伊藤が銃口を陽介に向け、引き金に指を掛けた。その瞬間、バンッという爆発音とともに赤い炎がふくれ上がり、黒煙が湧いた。伊藤の体がゆっくりと前に倒れ、テーブルに頭がぶつかって跳ねた。


 なかば首が千切れた、黒焦げの男の死体を陽介はじっと見つめた。


「……俺、伊藤さんに生き残ってもらいたかった……本当ですよ……」


 だが、尊敬する〝兄貴〟が返事を戻すことはない。静かな部屋に、カチャリと部屋のドアのロックが解除される音がした。


「豚丼、美味しかったです。ごちそうさまでした」


 手を合わせると、陽介は椅子から立ち上がった。優勝者は六つの死体が転がる部屋を後にした。


(完)

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[良い点] この作品は「主催者の意図」がどこにあるのか、ないのかを探って読ませて頂きましたがこう締められましたか! [気になる点] どこかに主人公の「伏線」が込められていたかも知れませんが全く気が付き…
[良い点] 殺人に使った包丁を淡々と料理に使い回すところが「デスゲームに慣れてきちゃったんだなあ」という雰囲気を感じて良かったです。 [一言] 豚丼、おいしそう(*´﹃`*)
[良い点] 丼物が食べたくなる小説だな、と思っていたらラストはまさかの…。 ある種「~の後のメシは美味い!」の究極系かもしれませんね。 面白かったです。
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