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45.復帰の挨拶

「この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 久々の出勤。ティナがまず最初に足を運んだのは、隊長のレナードの元であった。


 迷惑をかけた上に、何日も仕事を休んでしまったのだ。誠心誠意お詫びをするのは当然のことだろう。ちなみに、クライヴと子トラも一緒だ。クライヴも今日から復帰となる。子トラはというと、初めての場所に緊張しているのか、ティナの足元で銅像と化していた。


「顔を上げて下さい。ティナ嬢に非はありません。それよりも体調は大丈夫ですか?」

「はい。クライヴ様に良くして頂いたので」

「俺はもう少し療養して欲しかったんだが……」


 場の空気を読まないクライヴに苦笑いを返す。これ以上長く休んでクビになったらどうしてくれるんだ。レナードも呆れた顔をしている。


 クライヴの家──ウォルフォード邸には五日間もお世話になった。元々たいした怪我でもないのだが、クライヴは何が何でもティナを休ませたかったらしい。心配性にも程がある。


 付きっきりで――それはもう甲斐甲斐しく世話をされた。膝抱っこして、餌付けの如く給仕をしてきたり、「風呂も一緒に入るか?」など、笑えない冗談を言われたり。


 クライヴいわく「ティナを失うと思って不安だった反動だ!」とのことだ。心配をかけてしまった自覚はあるので、そう言われると強く拒否することもできなかった。


「クライヴから聞いていると思いますが、その子の親代わりを引き受けて下さりありがとうございます」

「いえ、子トラちゃんと一緒に居られるのは嬉しいです」

「一応最低眼の準備はしていますが、必要なものがあれば遠慮なく言って下さい」


 穏やかな笑みを浮かべるレナードは、相変わらずの紳士ぶりだ。隊長かつ獣人貴族という身分でありながら、誰に対しても優しく気配りが細やかだ。


「寮への引っ越しも急ですみません。ティナ嬢の家は奴らにバレてるようなので安全のためです」


 ティナが獣人族と勘違いされたままだとすれば、また狙われる可能性も少なくない。引っ越しはやむを得ないことだ。


 その引っ越しもここへ来る前に終わらせてきた。


 あとから聞いたのだが、ティナが出勤しないことを不審に思ったクライヴは、わざわざ様子を見に来てくれたそうだ。そこで不審な幌馬車についての情報を得て、ティナを捜し出してくれたのだ。


 そのお礼も兼ねて管理人にも挨拶をしてきた。もちろん誘拐された事は伏せてある。管理人も事情を察して詳細は聞かないでくれたので助かった。


「部屋は前回泊まられたところです。場所は分かりますか?」

「はい。大丈夫です」

「隣は俺の部屋だからよろしくな」

「えっ……?」


 さも当たり前のように割り込んできた言葉に一瞬フリーズする。


 俺の部屋とは? 確かクライヴは通いではなかっただろうか。


「えっと……クライヴ様の部屋とは?」

「俺も今日から寮暮らしだ。元々俺の部屋の隣が空き部屋だったんだ」

「えっ……い、いえ……クライヴ様は家に帰った方が……」

「ティナがいるのに家に帰る意味が分からん」

「…………」


 家に帰らない意味の方が分かりません──とは黙っておいた。獣人族は番いを何よりも優先するというが、そこまでしなくてもいいのではないだろうか。


 困ったことに、最近ではクライヴのこういった一途さが嫌ではなくなってきている。真っ直ぐで嘘偽りのない好意に絆されかけているのかもしれない。こんなことを口にすれば、即結婚しようと言われそうなので絶対に言わないが。


「ティナ嬢、クライヴが何かしでかしたら言って下さいね。シメますので」


 先程と変わらない柔らかな笑みを浮かべるレナードだが、言葉の圧がすごい。物腰の柔らかい紳士は、時々肉食獣の片鱗を覗かせる。


「えぇと……その時はよろしくお願いします」


 ちらりとクライヴへと視線を向ければ、あからさまにレナードから視線を外していた。流石は特務隊の隊長、とても頼りになる。


「さて、これ以上私がティナ嬢を引き止めては顰蹙(ひんしゅく)を買いますね。他の者もティナ嬢に会いたくてそわそわしているでしょうし」

「ティナが復帰することを伝えたら、無事を祝ってパーティーを開くとうるさくてな」


 特務隊のみんなの心遣いに心が温かくなる。ティナも早くみんなに会いたい。


「クライヴ、お前は残りなさい。まだ仕事の話があります。ああ、そこのおチビさんも」


 レナードの言葉にクライヴと子トラが嫌そうな顔をする。親子でもないのに表情がそっくりだ。


「はい以外の返事は認めませんよ。ティナ嬢はどうぞ先に行って、みんなに顔を見せてあげて下さい。我々は後ほど行きますので」

「は、はい……」

「グゥ……」


 ティナと離れることを察知したのか、子トラが足にしがみついてくる。置いていかないでと言わんばかりに目が潤んでいる。


「子トラちゃん、クライヴ様もいるから大丈夫だよ」

「…………」


 返事はない。だが、目が嫌だと訴えている。心を鬼にしてもう一度言い聞かせてみた。


「子トラちゃんは、いい子だからちゃんとお話し聞けるよね? 終わったら一緒にご飯食べよう」

「…………ガゥ」

「うん、偉い偉い」


 渋々と返事をする仕草までクライヴそっくりだ。頭を撫でて上げると少しだけ機嫌を直してくれた。


 クライヴもいるなら子トラも少しは安心するだろう。何だかんだでクライヴは面倒見が良いのだ。


「……えぇと……クライヴ様もお仕事頑張って下さいね」

「ああ……」


 こちらも渋々返事をしてくれた。子トラと違ってクライヴは副隊長なのだから真面目に仕事をしてほしい。


「バカ犬は気にしないでいいですよ。私達もすぐ行きますので、先に始めてて下さい」

「は、はい。それでは、お先に失礼します」

「ええ、いってらっしゃい」


 優雅に微笑むレナードに見送られ、ティナは執務室を後にした。最後まで縋るような視線を二人分感じたが、気のせいではないと思う。

 

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