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4.二人の肉食獣

 ティナが立ち去った執務室では、クライヴが呆然と立ち尽くしていた。ようやく見つかった番いに逃げられたのが、よほどショックだったらしい。その姿は哀愁たっぷりであった。


「クライヴ、初対面なのにお前はぐいぐい行き過ぎです。明らかにティナ嬢が困っていたじゃないですか」


 レナードは長い足を組みながら、番いにあっけなくフラれた憐れな部下へと視線を向けた。


「しょうがないだろう。ずっと……長い間ずっと探し求めてたんだ」

「はぁ、あんな騒ぎまで起こしてどうしてくれるんですか」

「ティナがあまりにも可愛すぎて、つい…」


 クライヴがうなだれるように頭を下げる。あの件はクライヴとしても一応反省はしているようだ。


 獣人族が生涯の伴侶である番いを欲するのは本能的なものだ。獣人族は番いしか愛さない。


 しかしながら、必ずしも番いが見つかる訳ではない。世界に只一人の番いがどこに居るかは分からないのだ。実際にクライヴは、己の番いを見つけるべくいろいろなことをしてきた。副隊長という役職でありながら、積極的に遠方の任務へ行ったりもした。


 周囲が番いを見つけていく中、己の番いは一向に見つからない。もはや自分の番いは、この国にいないのではないかと半ば諦めかけていた。


 それがあの時、全てを変えたのだ。


 人族獣人族問わず使用人募集を行ったのは、たまたまであった。本来であれば特務隊には獣人族しか入れない。獣人族は自分たちのテリトリーに他人が入るのを嫌うからだ。


 しかし、獣人族は少々大雑把な者が多い。備品の整理や発注など細かいことは特に苦手だ。今までは何とかなっていたが、最近仕事が忙しくなり支障が始めた。そこで、やむを得ず臨時の使用人募集を行う事にしたのだ。


 大勢の希望者の中、こちらを興味深そうに見つめる黒曜石のように美しい瞳。小柄なティナは人混みに埋もれそうだったが、クライヴにはその姿をハッキリと捉えることが出来た。


──見つけた……!


 どうしようもない高揚感。あの黒曜石の如く輝く瞳に自分を映して欲しくて、華奢な体をこの腕に閉じ込めたくて、気付いたら走り出していた。そして、いざティナを目の前にすると愛おしい気持ちが抑えきれなかった。


 あの時のことを思い出すだけで今も胸が熱くなる。


「見事な手形までつけて……お前なら避けるなり止めるなり余裕で出来たでしょう?」

「ティナの平手打ちだぞ? 喜んで受けるしかないだろう。俺の番いは可愛らしくも勇ましい。もはやコレはご褒美だ」

「おい、この変態オオカミ。それティナ嬢の前じゃ絶対に言うんじゃねーぞ」


 失礼なと口をへの字に曲げれば、さらに蔑んだ絶対零度の視線が返ってくる。愛しい番いの愛の鞭を受け止めなくてどうするのだ。こちとらマジもマジだ。


「はぁ……いいですか? 獣人族と人族の恋愛観は大きく違います。もう少し考えて行動しなさい」

「アプローチあるのみだろう!」


 迷いなく言い切ったクライヴに、レナードがこめかみを押さえる。普段のクライヴの冷静さは微塵も感じられない。バカ犬一直線だ。


 獣人族とはそれほどまでに番い至上主義なのだ。番いに恋い焦がれ、無償の愛を注ぐことを当たり前としている。見つけたのなら自分の手中に収めなければ気が済まない。


 晴れて結ばれてからも獣人族の執着は凄まじい。番いが他の男と話すなんてもってのほか。家からも出したくないと言い出すほど独占欲が強い。愛情深くもあるが、嫉妬心も独占欲も激しいのだ。


「隊長だって番いを見つけた時は、浮かれてたじゃないか」

「お前ほど浮かれていません。断言できます」

「あまりの変わりように怖気が走ったが……今なら分かる気がするな」

「その言葉はそっくりそのまま返します。今のお前は駄犬です。このバカ犬が」


 レナードの皮肉をものともせず、クライヴは懐かしそうに目を細めた。思い起こすのは数年前の出来事。


「誇り高きクロヒョウと称される隊長が、番いに気に入られようとせっせとスイーツを貢いでたよな。飼い猫みたいだってみんなで驚いてたっけ」

「……文句ありますか?」

「いや、今なら参考になる」


 確かにレナードが番いを見つけた当時は、あまりの変わりように軽く引いた。あの時は番いひとりにそこまで人が変わるものかと思ったが、己の番いを見つけた今ならその気持ちがよく分かる。心の奥底から満たされるような充足感……自分もティナのためなら何だってするだろう。


「そういえば、ティナ嬢は獣人族についてあまり詳しくないんですね」

「あー…確かにそんな感じだったな。まぁ、今じゃ獣人族なんて珍しいしな」

「それもそうですね。番いを辞退なんて出来るはずがないのに……」


 二人はあの時のティナを思い出して自然と苦笑した。獣人族が運命の相手をみすみす諦める事はない。絶対にだ。クライヴもティナを諦めるつもりなど微塵もなかった。


「獣人族の一途さを甘く見てもらっては困るな。さっきは驚いて逃げられてしまったが、俺が諦めると思ったら大間違いだ」

「……応援したいところですが、そこはかとなく不安なのはなぜでしょうか」

「大丈夫だ。ティナからは特定の男の匂いはしなかった。フリーならチャンスはある!」


 頻繁に会う恋人がいれば、少なからず残り香がある。ティナからは、中年の女性──それとその夫と思わしき中年男性の匂い。あとはたくさんの食べ物の匂いくらいしかしなかった。おそらく夫婦で営む食堂にでも勤めているのだろう。獣人族の嗅覚は半端ではないのだ。


「では、ティナ嬢を使用人として採用することにしましょう。くれぐれも問題は起こさないで下さいね」

「オオカミは狩りに長けた種族なんだ。必ずティナを手に入れてみせる!」

「では、その勢いのまま反省文の提出をお願いしますね」


 とてつもなく良い笑顔を向けてくるレナードに、クライヴは頬を引き攣らせた。


「おや。何か文句でも? あれだけの騒ぎを起こしておいて罰がないとでも思いましたか?」

「……相変わらずいい性格してんな」

「私は隊長として部下の奇行を諫める義務がありますからね」


 グッと言葉を飲みこんだクライヴは、渋々ながら反省文へ取りかかるのであった。

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