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「なぁ樹。これ、こういうバイトってさマジであるんだな。」
「なに、どれ?」
「カテキョ。」
「あぁ。俺ら国立大だし需要あるんじゃね?」
「他人の受験の責任持つとかプレッシャー…あっ、これ。国際なんたら論の講師の名前じゃね?バイト募集したりすんだなー。」
「…ゼミの手伝いってやつ?」
「ん。多分。」
「ふーん…」
大学生はバイトに事欠かない。なにせ雑多な募集がこうして常に貼り出されている。バイトとはいえそんな事まで仕事になるのか?と、眺めているだけでも妙にワクワク高揚してくる。
「まっ、俺はもう決めたから関係ないっと。」
土岐は思惑通り、早々にバイトを決めていた。反して樹はまだ名残惜しそうに募集を目で追っている。
そんなん今じゃない、いつでも見れるだろ。土岐は自分勝手丸出しに思う。もっと大事な用事があるだろ。
辺りはもう薄暗い。今日はスーパーに寄って買い物をして帰る。2人で。
「なんかご機嫌じゃん。」
土岐は我知らず鼻歌をうたっていた。それを樹に指摘されて初めて気がついた。なんだか足元も浮ついている。全ては身体が勝手にしていることだ。
「んー?なんか楽しくね?一人暮らしんとこに人呼ぶの。」
「そんなもん?俺実家だしわからん。」
「そらそーよ、やっぱ一人暮らし寂しいし?誰かと家にいるっていいよな。」
「え、マジ。まさかのマジ返し。」
「そーよ覚えといて。これから樹めっちゃ家呼ぶから。ハニーもいないしさぁ。」
「そ、のうち出来るだろ。」
お前今キョドったな。
土岐は思った。無理してやんの、わかりやすっ。緊張しているんだろう。それは自分も同じだった。いや、嬉しいほうが勝つか?そう、嬉しい。
「いいよな、一人暮らし。自由って感じ。」
「まー自由だよ。金かかるけど。あと飯めんどくさい。洗濯めんどくさい。掃除めんどくさい。ゴミ出しめんどくさい。毎日超ねみぃ。」
「ふはっ、すーげダメな奴。」
日々の不満を指折り数えていく。両手でも足りないくらいだった。口から出るのは逃れられない家事へのネガティブな内容ばかりのわりに、土岐は終始笑顔だった。
店名も規模もローカルなスーパーミヤタに連れ立って入る。カゴは土岐が持った。
次の話題はエコバックを持つ派かどうか。酒は今日飲むかどうか。そもそも土岐の家には調理器具はあるのか。
「100均の包丁と鍋ならある。」
大丈夫だろ、と得意げに息巻いてみせる土岐。人懐っこい笑顔は自分に向いている。樹はもうそれだけで十分だと思っていた。少なくとも先週までは。
「あ、ねーねー樹。俺焼きそば食いたくなってきた。」
「え、フライパンは?あんの?」
「んー…ない。」
「厳ぃわそんなん。」
「ホットプレートならある。」
「えっ、むしろなんでそれあるんだよ。」
「なんかノリで?実家からかっぱらって来た。」
大学で再会するまでの高校3年間。離れていたおかげなのか単に樹が気付いていなかっただけなのか、土岐はなかなかの自由人だった。懐かしい面も新しい面もどちらも樹にとって嬉しい発見ばかりだった。
洋服の趣味、好きなブランド、携帯は直ぐに変えないタイプ、髪は茶髪派、少し寒がり。
「俺朝はご飯と味噌汁派だから。」
土岐亮平の追加情報、朝は和食派。
日々を共に過ごす中でほんの少しずつ知っていく。幸せだと思う。こうして並んでスーパーを歩くことが。
だけど、足りない。
「ん?俺泊まり?」
「だよ。え、だって樹帰んの大変だろ。明日休みだしいーじゃん。」
「土岐がいいなら…そうする。」
「ん、そーしよ。歯ブラシとかはコンビニ寄ってこ。」
すごく困る。奥歯を強めに噛んでいるのに口元は裏切り者で。ぎこちなくならないよう豚バラ肉を選ぶふりで誤魔化す。
「なぁ樹。」
「…んー?」
「すっげぇなんか楽しい。」
「………ぁそ。」
これ以上ないくらい素っ気ない返事をしてしまった。
土岐の気分を悪くしただろうか?彼の顔を確かめたいけど嬉しい攻撃ばかりで顔がニヤけて、とてもじゃないが前を見れない。
ともあれ、樹の心配は直ぐに拭えた。
少し後ろを歩く土岐から再び鼻歌が聞こえ始めたから。
※※※※※
土岐の家のホットプレートは非常に良い仕事をした。
切った野菜と肉を鉄板に並べて、これ鉄板焼きじゃね?と言い合いながら頃合いを見て麺と粉末の粉をガチャガチャ混ぜる。
味が薄いのは嫌だと土岐がウスターソースの追加で仕上げた。結果オーライだ。
「ほい、カンパーイ!」
べコンッと缶同士をぶつけて2人同時に煽った。腹ぺこに鉄板山盛りの焼きそばとアルコール。見ているようで見ていないテレビは適当なバラエティ。
「あー、あちっ、うまっ。うまい、樹。天才。」
土岐は頬張ってからハフハフと口から息を吐いて焼きそばを冷ます。行儀が悪い。うまいうまいと連発して褒めてくれる。
まだ春先で夕方も過ぎれば風が冷たくなってくる。しかし窓は開けた。ホットプレートから発する熱と煙飛ばし。
「そーいや覚えてる?ツッチー。中学ん時の。」
土岐がおかわりの焼きそばを皿に盛りながら話を振る。
土岐と隔たりを作ったツッチーこと土屋。実のところ当時3人で仲良くやっていた。なかなかノリの良い奴だったから。