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恋だけじゃ済まない  作者: 青い
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「ただいまー。」

誰かいてもいなくてもなんとなく言ってしまう。大学まで片道たっぷり1時間はかかる距離に早くもうんざりしていた。早く金を貯めて車を買おう。中古で十分だ。どうせ擦るし当てるし。両親は絶対に車を貸してくれない。なんだよ車の1台や2台ケチくさい。ちゃんと免許は取っただろうが。

「あー、腹減った。…今日晩飯なに。」

リュックを背負ったままリビングに直行する。妹のたまきがソファに座っていた。TVはついているだけでBGM代わりだろう、彼女の視線はもっぱら携帯だ。

「……おかえりー…」

一応は言ってもらえたものの質問に対する答えはない。まぁいい、そんなもんだ。

冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して1杯飲む。2杯目をグラスに注いだところで「あたしもちょーだい」ときた。まぁいい、注いでやる。しかしその座り方ときたら。

女兄弟いない男って現実知らねぇんだろな、気の毒に。

樹は心からそう思う。なんとはなしにソファの主と化している環を見下ろす。足は思い切り開き腕も背もたれに広げている。まるでマンガで見るお手本のようなチンピラの座り方。男の自分ですらもうちょっと足を開く角度は控えめだ。

「なに。」

見過ぎていたらしい。見上げてくる顔は幼さの残る妹のままで僅かにホッとする。いつか座り方に見合ったチンピラばりの睨みを利かせてくるのだろうか?いやいやまさか…

「なんも。お前晩飯食ったの?」

「まだ。」

「作る気は?」

「ない。」

「はー、なんか聞いてごめん。」

「いーってことよ。」

こいつはほんとに妹か?女か?

股を確かめてみたら付くもん付いてて実は弟だったというオチでも俺は信じるぞ。とりあえずリュックを置きに自分の部屋へ上がる。

携帯を見るとメッセージがいくつか来ていた。

母親と、土岐から。

母親の方からは仕事が残業になるから夕飯は適当に頼む、何か買って帰るものはあるか?と。まるで旦那のような気遣いだが樹にとってこの程度のやり取りはあり触れたものだった。

土岐からのメッセージはつい数分前。晩飯なに?だった。

「どいつもこいつも、飯飯ってなー…」

俺はお母ちゃんかよ、と突っ込みながらリビングに戻る。キッチンに入って手を洗う前にメッセージを返した。もちろん土岐の方に。

『親子丼。』

玄関の方からただいまーと声がする。父親は帰って来しな真っ直ぐトイレに向かったようだ。冷蔵庫から材料を取り出してまずは味噌汁を作るべく鍋を火にかける。具にする野菜達と玉ねぎを適当に刻んでいく。

「おーい、樹。トイレットペーパー切れそうだったぞ。」

「あーい。」

「今日の夕飯はお前担当か。良かった良かった。」

トイレからリビングに移動してきた父親が顔を覗かせる。息子がキッチンに立つ姿を見ても特に気にする様子はない。むしろ笑顔になると着替えるべくいそいそ引き上げて行く。

高沢家は既にこれが日常風景になりつつあった。

樹は家事が好きなわけではない。ただ苦にならないという程度だ。それでも十分珍しいが。

妹の環が中学に上がってから仕事に本腰を入れ始めた母親はさくさく出世した。そこで直面する問題は高沢家の食生活だ。

昔からあまり上手とは言えない彼女の手料理から解放されるのは満場一致でありがたかった。が、誰がカバーするべきか。しかし上手く出来ているもので父親が実は料理好きだったおかげでことなきを得た。樹の料理の先生は父だった。

「父さんの方が旨いもん作るとなぁ、母さんいじけるんだ。まぁ今となっちゃラッキーぐらいに思ってるだろうな。」

キッチンに並んで作業している時に初めて知る両親の事情を時々教えてくれた。

「樹も気をつけろよ。彼女できたら料理出来ないふりしてあげなさい。」

たった1年くらい前のことが懐かしい。味噌汁の具は残り野菜を適当に刻むとしよう。小松菜、人参、舞茸…

「返信しとこ。」

冷蔵庫をざっと見して母親とのメッセージ画面を開こうとした瞬間に。

『いーなー。俺も食いたい。』

土岐からだった。彼は大学から15分程度の近場にアパートを借りている。ということはとっくに帰宅してなんならリラックスタイムの頃合いだろうか。

『今度な。』

返信する。さて今度こそ母親だ。だが画面を切り替えるより早くメッセージが返って来る。

『いつ?』

お前暇なの?もしかしてまだ飯食ってないとか…金無いとか言ってたような。

『晩飯まだなん?』

『食ったよ。』

『じゃあよくね?』

『よくない』

もはや電話で話すテンポだ。そして微妙にダダを捏ねられている気がする。気のせいだろうか。自分の希望的観測?こんなのはしてはいけない期待を抱いてしまう。

「……やば。」

胸が。動悸が大きくなってきた。たかがメッセージのやり取りだけなのに。土岐本人が側にいるわけじゃないのに。

シンクに両手をついて、樹は長く息を吐いた。落ち着こう。この程度のことで。それこそ中学生かと笑えてくる。そうだ、母親に返信するんだった。買い物担当は彼女にしてもらわねばさすがにキツい。

『トイレットペーパー。あと野菜と肉類適当に買ってきて。』

それからは調理に集中した。余計なことを考えてしまう。年齢のわりに少々落ち着きすぎているきらいはあるが、樹も若く健康な男子だ。人並みに恋愛をしたい。ゲイという性癖のおかげでその機会は多くの人より恵まれていない。

だからこそなのか。その欲は近頃よりいっそう強まる一方だった。

通知音が軽やかに鳴る。

『来週うち来てよー。』

決まりっという文字を掲げた可愛らしいキャラクターが画面上で踊っている。どうやら土岐にとってもはや決定した予定らしい。

鶏と玉葱を煮た出汁の味見をする。少し甘めの味付け。土岐はこの味付けを気に入ってくれるだろうか?そんなことを考えてしまう。まるで…

「………あ、米炊いてない。」

呟いた瞬間に玄関から本日3人目のただいまーが聞こえてきた。ガサガサドタドタ一気に騒がしくなる。

「樹、いつきーっ。ありがとね。はい!食料。焼きそば麺安かったからついでに買ってきたし。それとー…アイスとかー。」

作業台代わりのテーブルに次々と購入品を並べていく母親は、息子が床にへたり込んでいることになかなか気付かない。

「やー、最近豚肉高いからケチって合挽き肉買っちゃった……え?あんた何してんの?うずくまっちゃって。どっか悪いの?」

「いや……米炊くの忘れて。」

「なにそんなことー?レンチンご飯でいいわよ。あんたクソ真面目ねーっ。誰に似たんだか。」

「うっさい。」

「あら?ちょっと顔赤くない?ほんとにどっか悪いんじゃない?大丈夫?大学入って調子乗ってんじゃないのー?」

怒涛の勢いで捲し立てられて口を閉じるしかない。喋りたいだけ喋って満足した母親は帰ってきた勢いのまま寝室へ突入していった。

のろのろ立ち上がりリビングを見るといつの間にか環の姿はなく、代わりに父親が座っていた。開いた足の角度はせいぜい肩幅くらいか。

土岐にはOKと短く返信しておいた。



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