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恋だけじゃ済まない  作者: 青い
1/3

登場人物


高沢樹たかさわいつき

土岐亮平ときりょうへい



ついつい意識が向く。無意識に、だけど感情はちゃんとある。むしろ感情だけってくらいに。

目が勝手にそちらを見る。探す。

俺の目は俺のもんなはずなのに、勝手だな。

勝手だよ、ほんとにさ。






※※※※※




「はよ。」

「うぃっス。」

いつも通りの何の変哲もない挨拶。特に示し合わせたわけでも約束したわけでもないが隣り合って席につく。まぁ、同じ講義を取っている見知った顔があればそれは自然なことだ。

大学に入学したばかり。人間関係は限りなくリセットされたに近く、お互いに友人が必要だった。

高沢樹と土岐亮平の場合、もう少し事情は違うのだけれど。

「土岐ってサークルどっか入った?」

「いんやー、まだ…ってか先にバイト決めてーなって。」

「あ、俺もそうすっかなぁ…」

2人の最初の出会いは小学生。実に単純だった。高沢と土岐で席が前後。そして雨が降っただけでも外で遊ぶに足るほど活発な少年たちは直ぐに打ち解けた。

元々のノリも合った。

笑いどころがピタリ一致した。喧嘩もしたが仲直りもした。お互いの家に行って親の顔も知っている。

中学も一緒だった。1年時は離れたが2年3年は同じクラス。ただ、2人の間にツチヤという苗字が入ってきたのだが。


ツチヤのせいで席離れちったんだよなぁ。


針の先ほどではあるが、いまだに恨みがましい気持ちが残っていることを自覚して口元が歪む。自分で自分に失笑だ。

ツチヤに何ら罪はない。問題があるとするならばそれは樹の方にある。いや、樹本人にしてみたら問題などではない。

好きなのだ。

隣で鼻を膨らませて何ら隠すことなくあくびをしている同い年の男が。改めて見ても平たい胸だし固そうな肩だし低い声だしデカい手だし、ズバ抜けてイケメンというわけでもないしまして女顔ですらないし中性的とは?というくらいに男である。特徴といえば唇が少し厚いのと奥二重で垂れ目なところ。

好きでどうしようもない。

土岐亮平という人が。


会議室のような平面の狭い教室は学生でいっぱいで、比較的空席は少なかった。朝一の授業は英語。

他に中国語、ドイツ語、と選べたが結局英語にした。新たな外国語をABCからまた覚えなおすなんて情熱はない。

「樹ぃ、この後のなに?授業。」

「んー、なんだっけ…?地域社会学だかなんだか。どうかした?」

「なんも。やっぱ1年は一般だからほぼ一緒なんだな。」

「あーね、講義ってノルマみてぇなのな。そんなん思うの俺だけ?」

「ミー、トゥ。」

大した語学知識がなくても返せる単語。土岐は唇を尖らせ唐突なタコ顔を披露する。その安い顔芸に樹は笑って、なにか返そうと口を開いた瞬間講師が入ってきた。

規律、礼、なんて号令はない。講師も学生も淡々と教科書とノートを開く。

「はい、それではね。えー皆さん入学されてからね、えー。そろそろ1週間?経ったのかな、えー。じゃあ教科書12ページね。開いてね、えー…」

この講師はそろそろあだ名がつきそうだ。樹は思った。こういうことにかけてのみ絶妙な才能を発揮する奴が必ずいる。

そしてそういう奴が結構好きだったりする。楽しみだ。


大学というところはなんともドライだった。少なくとも樹はそう感じる。小中高は、さぁこれをしなさい。と与えられたものをひたすらこなすことを求められる。でも今は。

自分が何をしたいか、するかを決めて実行。授業に出る出ないも自分意思。サボったところで怒られることはない。ただ出席単位が1減るだけ。出席単位が足りないと試験が受けられない。単位がもらえない。それらは全て自己責任。

急激に大人扱いのほんの初手を仕掛けられる。今年の誕生日でようやく19才の樹には、それすらわからないのだけれど。

「はい、えー…この動詞にかかって、ね。えー、くるのが。この、えー…」

大学で土岐に再会した時は驚いた。本当に声が出なくて動くことも出来なかった。

話しかけてきたのは彼からだった。


「……おーい、て。樹?なぁ覚えてねーの?小中一緒だったじゃん。土岐くんだよ。」

「………覚えてる。…てか、え、えっ?なんでいんの?なんで?つか、…あんま変わってねぇな。」

「うっせー、変わってねーんだったら早く見つけてよ。寂しいじゃん。」


そう言って笑う土岐の顔。眼尻の笑いジワが昔よりも深くなっていた。自分たちは確実に年を取ったんだと思った。

最初は純粋に嬉しかった。また会えたことに。昔と変わらず樹と下の名前で呼んでくれることに。土岐が土岐のままでい続けてくれたことに。

次に覆ってきた感情は恐れだった。

胸が高鳴る。心臓の音が自覚できるくらい大きいことに気づく。彼に聞こえていないだろうか?恐い。知られたくない。

土岐を男として見ていることに気付いたのは中学…何年生だったろう。覚えていないが、もう好きだった。彼女ができたと知らされて味わったことがない衝撃を受けた。

泣いた。

あんなに泣いたのは初めてだった。土岐に彼女ができた。土岐が好きなのは自分ではない。自分は土岐が好き。何故。

何故自分は男が好きなのか。

結局どれに対して泣いたのだろう。

次の日には土岐に彼女ができたことよりも、自分がゲイとかいうやつだってことに打ちのめされた。

恐かった。

土岐を好きなことが。


トン、とペンを持つ樹の手の甲に感触があった。しばしの回想から意識が戻される。左利きの樹と右利きの土岐。隣の席だと彼らの手は近い。土岐はそれをさらに縮めて樹のノートまで進入してきた。もう2人の手は触れている。

『ひるめしは がくしょく?』

もう昼の話か、樹はチラリ時計を見た。ようやく9時半になろうとしていた。

土岐は時々こうして樹のノートの端に雑談を書く。はっきり言って字はヘタクソだ。漢字で書かれると読めないから平仮名にしろと苦情を申し立てたら、その通りにしてくれた。

『がくしょくだよ』

『おれ かねない』

『たかるな』

『ひとりぐらしだもん おまえじっか』

『ちかごろ かたみがせまいの』

『なにそれ くわしく』

『いもうと ししゅんき』

2人ともペンがよく走る。

土岐は難しい顔を作りながら前を見つつ器用に書きつづる。樹も緩みそうになる表情をどうにか鎮め、平仮名に付き合う。

『ねー おねがーい』

『らーめんでいい?』

『やったー(ᵔᴥᵔ)』

『おいおい かわいっ』

『(๑˃̵ᴗ˂̵)』

『そんかわり コンビニでてきとーにおにぎりかってきて めしがたりねぇ』

『おけー』

甘えられると弱い。男女も年齢も時代も関係ない。惚れたら負け。けれど、それはひどく心地よい。

『いつき すき』

土岐にとってそんな走り書きに意味は無いのだろう。おれも、と書いて冗談にしてしまえばいい。でも書けなかった。言葉にする勇気が無いならせめて書きたいのに。

相変わらず恐い。

土岐が好きだ。





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