多重人格者の女の子の全人格から好かれてるっぽいんだけど、これもハーレムになるのかな?
「お、おおおおお、おはよっ、榎木くん!」
「ああ、おはよう、瀬戸さん」
朝の通学路。
今日もクラスメイトの瀬戸さんと、曲がり角で偶然会った。
俺は毎日家を出る時間まちまちなのに、凄い確率だよな。
「きょ、きょきょきょ今日も、雲一つないとってもイイ天気だね!」
「う、うん、そうだね」
そう言う瀬戸さんは、耳まで真っ赤にしながら、限界まで首を曲げて俯いている。
その体勢で空が見えているのかい?
――その時だった。
「――いよぉ雅也! おっはよーさん! 一秒でも早くアタシに会いたくてソワソワしてたか?」
「――!」
瀬戸さんの雰囲気が突如ガラリと変わり、俺の肩に馴れ馴れしく手を回してきた。
この感じは――サラか!?
「……サラ、いつも言ってるだろ。一応俺達は友達とはいえ男と女なんだから、そんな気安く身体に触れるのはどうかと思うぞ」
「んだよー、相変わらずカッテーなー。まっ、そんなところも雅也らしーけどよ!」
「……」
そう言いつつも、微塵も俺から離れる気配はないサラ。
やれやれ、本当に瀬戸さんとは性格真逆だな……。
「――おにいちゃーん、おはよー。ヤヨイにあえなくてさみしかったー?」
「――!?」
またしてもサラ――いや、瀬戸さんの纏う空気が変わった。
今度はヤヨイちゃんか!
「ねえねえどうなのー? おにいちゃんはさみしくなかったのー? ヤヨイはすごーくさみしかったよー」
ヤヨイちゃんは縋るように俺の腕にしがみつきながら、真珠のような瞳をウルウルさせている。
グラマーな瀬戸さん――もといヤヨイちゃんがやるとギャップがエグいが、ヤヨイちゃんの歳は小学校低学年くらいらしいから、さもありなんといったところか……。
「う、うん、もちろん俺もヤヨイちゃんに会えなくて寂しかったよ」
「ホントー!? やったー! ヤヨイとおにいちゃんはりょうおもいだね!」
「ハハハ、そうだね」
これ、見ようによっては事案になったりしないだろうか……?
そもそも俺はヤヨイちゃんのお兄ちゃんではないのだけれどね。
「――ハッ、グッモーニン、マイハニー。――今日もキミは可愛いね」
「――!!?」
今度は一転、全身からキラキラしたオーラを醸し出しながら、俺に顎クイをしてくるヤヨイちゃん。
――いや、ウヅキさん。
「……ウヅキさん、何度言えばわかってもらえるんですか。俺はあなたのハニーじゃありません。そもそもハニーって、普通は女性に使うワードじゃないですか?」
「ハッ、今日も今日とてすげないねハニーは。――だが、ボクにはそこが最高にそそるよ!」
「お願いですから勝手にそそらないでください」
ウヅキさんは大仰なポーズをキメながら天を仰いだ。
ヅカの男役っぽいウヅキさんがやると、それでも様になっているのだからズルい。
「もう! みんな! 勝手に出てこないでよ! 私が榎木くんと話してたのに!」
あ、この感じ、瀬戸さんに戻ったな?
「――まあまあそうカッカすんなよ睦美。雅也はみんなのものだろ? ――いつ誰がそんなこと決めたのよ!? ――アタシとヤヨイとウヅキが三人で決めた。 ――主人格は私なんですけど!?」
何だか落語を観てるみたいだ。
――そう、瀬戸さんは所謂多重人格者なのである。
「ご、ごめんね榎木くん……。サラ達がうるさくして」
「ああ、俺は別に気にしてないよ」
どうやら主人格である瀬戸さんに人格が落ち着いたらしく、瀬戸さんはサラ達の行いを心から恥じているようだった。
「むしろ賑やかで楽しいくらいだよ。俺は一人っ子だから、兄弟が多い家庭って憧れてたし」
「ふふ、優しいね、榎木くんは」
「え、そうかな?」
別に大したことは言ってないと思うんだけど。
「――優しいよ。普通、多重人格者なんて、誰でも気味悪がるものだからさ。――少なくとも、中学校の時のクラスメイトはみんなそうだった」
「――! ……瀬戸さん」
「……友達なんて一人もいなかったから、放課後は毎日、河川敷でただただぼーっと川を眺めてたっけ。――だから多重人格の私を普通に受け入れてくれた榎木くんは、私にとって恩人なの!」
瀬戸さんはヒマワリみたいな屈託のない笑みを向けてくれた。
……瀬戸さん。
「そんな、恩人は言い過ぎだよ」
別に多重人格なんて個性の一つに過ぎないんだから、差別する方がどうかしてると思うし。
「ふふ。……あっ、もうこんな時間だ! 急がないと遅刻しちゃう!」
「えっ――ああ!」
腕時計を確認すれば、確かにいつの間にか遅刻ギリギリの時間になっていた。
「オラァ、雅也! ダッシュで行くぜえええ!!!」
「っ!!?」
急にサラに代わった瀬戸さんは、目にも留まらぬ速さで走り去っていった。
サラはやたら運動神経良いんだよなぁ……。
「オォーイ雅也ァ! 待ってくれよー!」
「?」
そして迎えた放課後。
俺が一人で家路を歩いていると、後ろからサラに声を掛けられた。
はて? 何の用だろう?
「どうかしたか、サラ?」
「あ、ああ、実はよ、アタシらみんな――雅也に大事な話があんだよ」
「大事な話?」
しかもアタシらってことは、瀬戸さんも含めた四人全員ってこと?
……まったく予想がつかないが、俺サラ達に何かしたっけ?
「――サ、サラ! 私はやっぱりいいよぉ! ――アァン!? 今更怖気づいてんのかよ睦美!? 今日こそ雅也に言うって、さっきみんなで決めただろ!? ――そ、それはそうだけどぉ……。――お前も主人格なら腹括れや!」
また落語が始まった。
「……えーっと、どんな話なんだい?」
「ああ、まあ、ここじゃ何だからよ――」
「オイオイオイ、そこのションベン臭ぇカップルよぉ」
「「――!!」」
その時だった。
明らかにガラの悪い、ゴリラみたいなガタイをしたヤンキー風の男が、俺達に因縁を付けてきた。
ゴリラの左腕には、彼女なのだろうか、これまたメスゴリラみたいな女の人がしがみついている。
「俺達今からカラオケ行こうと思ってんだけどよぉ、ちょっと財布家に忘れてきちまったからさぁ、金貸してくんねぇかなぁ?」
「キャハハ、言っとくけどこれカツアゲじゃないかんね。お金借りるだけだから」
そんな言い訳が通用するとでも思ってんのかよ。
……とはいえマズいな。
情けない話だが、万年帰宅部の俺は当然喧嘩なんて生まれてこの方したこともないし、仮にしたとしても、500%瞬殺される未来しか見えない。
ここは俺が囮になって、その隙に瀬戸さんだけでも逃げてもらうか……。
「――あれあれ~、どうしてこんなところにゴリラがにひきもいるんだろ~?」
「「「――!!?」」」
なっ!!?
ゴリラカップルに瀬戸さんが興味深そうに擦り寄っていった。
――いや、このポヤンとした雰囲気、ヤヨイちゃんか!?
「あ、危ないよヤヨイちゃんッ!!」
「えー? だってふつうゴリラはどうぶつえんにいるものなんでしょー? おりからでちゃったのかなー? わるいゴリラさんなんだねー」
「な、何だとこのアマァ!!」
「フザけんじゃないわよ!! アタシ達のどこがゴリラなのよぉ!!」
ホ、ホラ、言わんこっちゃない……!
「ぴえーん、おこらないでよぉ。ヤヨイないちゃうよぉ?」
「なっ!? 何だぁ、お前……!?」
「あ、頭おかしいんじゃないの……!?」
が、ヤヨイちゃんの見た目と中身のあまりのギャップに、ゴリラカップルは気勢を殺がれた様子だ。
……おお! 幼女パワー凄ぇ。
「――よっしゃあ! でかしたぞヤヨイィ!」
「ぼげぇ!!?」
「「――!!?」」
その時だった。
ヤヨイちゃんの放った渾身のハイキックが、ゴリラの顔面にクリーンヒットした。
いや、ヤヨイちゃんにあんなこと出来る訳がない!
――さてはサラか!?
「バ、バタンキュ~」
ゴリラは白目を剥いて仰向けに倒れた。
「バタンキュ~」って言って倒れる人始めて見たッ!!!
「きゃああ!? な、何すんのよアンタァ!!」
――!
メスゴリラが激高してサラに殴り掛かってきた。
あ、危ないッ!!
「――ハッ、キミのような可憐なレディが、そんな野蛮なことをしてはイケナイよ」
「「――!!?」」
が、瞬時にウヅキさんに代わったかと思うと、流れるような所作で、伝家の宝刀顎クイをメスゴリラに炸裂させたのであった――!
ウ、ウヅキさあああああん!!!!
「……きゅんですッ」
メスゴリラは目をハートマークにしながら、仰向けに倒れ込んだ。
……うん、これでカップル仲良く川の字で並んだね。
二人しかいないから、『リ』の字かもしれないけど。
「――よーし、これで邪魔者はいなくなったな。そんじゃ場所変えようぜ、雅也」
「――! あ、ああ」
サラに戻ったか。
でも、いったい大事な話って何なんだろう?
「うはー、見てみろよ雅也! 月が綺麗だぜ!」
「いや、そうでもないだろ」
まだ夕方だ。
月は薄ぼんやりとしか光っていない。
人気のない公園にやって来た俺達だが、思えば月を見上げたのなんて随分久しぶりかもしれないな。
俺がそんな益体もないことを考えていると――。
「……雅也、聞いてくれ」
「――!」
サラがいつになく真剣な表情で、俺に相対した。
お、おお……、遂にくるのか、例の大事な話ってやつが。
「――アタシは、雅也のことが好きだ」
「――!!!」
なっ!?
「す、すすすすす、好きっていうのは、その……」
あまりのことに瀬戸さんみたいにどもってしまう俺。
「ああ、友達としてって意味じゃねーぜ。……一人の男としてって意味だ」
「……サラ」
いつもは勝気なサラが、夕陽みたいに頬を赤く染めながらもじもじしている――!
――か、可愛いじゃねえか……!
「――つぎはヤヨイのばんねー」
「――!」
と、思ったら、今度はヤヨイちゃんに代わったようだ。
「ヤヨイもね、おにいちゃんのこと、だいだいだいだーーーいすきだよー」
「っ! ……ヤヨイちゃん」
ヤヨイちゃんは太陽みたいな満面の笑みを投げ掛けてくれた。
嗚呼、ヤヨイちゃんのその笑顔は、まさしく俺にとって太陽だよ。
「――ハッ、では真打登場といこうか!」
「ウヅキさん――!」
次はウヅキさんか。
ま、まさかウヅキさん、も……?
「――マイハニー」
「っ!?」
するとウヅキさんは、左胸に右手を添えながら、俺の前に片膝をついた。
おややややや???
これは……!
「ボクはこの愛を、生涯キミだけに捧げると誓うよ――」
「……ウヅキさん」
これ騎士が姫にプロポーズする時のやつだな!?!?
やっぱり俺が姫ポジなの!?!?
「――さあ、後は睦美だけだぞ。――う、うん……」
「――!」
颯爽と立ち上がったウヅキさんは、急にオドオドし出した。
あ、瀬戸さんになったな。
「あ、あああああああのね、あのねあのね榎木くん……!」
「は、はい……」
いくら鈍い俺でも、この流れならこの続きが何となく予想がつく。
「わ、わわわわわ私ね、ず、すっと前から、え、榎木くんの、こと……」
「……うん」
う、うわああああああ!!!!
これ逆に、俺の方がいたたまれねえええ!!!!
「す、すすすすすすすす、す……」
「…………」
……瀬戸さん。
「…………す。――や、やっぱ無理いいいいいいい!!!!」
「瀬戸さんッ!!?」
が、茹でダコみたいに真っ赤になった瀬戸さんは、180度回れ右をして俺の前からダッシュで逃げ去った。
えーーーー!?!?!?!?
「瀬戸さんッ!!」
俺は慌てて瀬戸さんの後を追った。
「……ハァ……ハァ」
が、思いの外瀬戸さんの足は速かった。
俺はあっという間に瀬戸さんのことを見失ってしまった。
よく考えたら身体能力はサラと一緒なんだから、速いのは当たり前か……。
万年帰宅部の俺とじゃ提灯に釣り鐘だ。
その後も俺は辺りをくまなく探してみたが、瀬戸さんの気配すら見付けることは叶わなかった。
もう家に帰っちゃったのかな……。
――いや、何となくだけど、まだ瀬戸さんは帰ってない気がする。
考えろ。
考えろ俺。
瀬戸さんが行きそうなところを、無い頭を振り絞って導き出すんだ。
瀬戸さん瀬戸さん瀬戸さん――。
瀬戸さんが行きそうなところ瀬戸さんが行きそうなところ瀬戸さんが行きそうなところ――。
『……友達なんて一人もいなかったから、放課後は毎日、河川敷でただただぼーっと川を眺めてたっけ』
――!!
その時だった。
俺の頭に、今朝の瀬戸さんの何気ない一言が鮮明に浮かび上がった。
――河川敷か!
「……いた」
斯くして瀬戸さんは、河川敷に一人、こちらに背を向けて体育座りをしながら、沈みゆく夕陽をぼんやりと眺めていた。
まだ俺には気付いていないようだ。
……さて困ったな。
見付けたはいいものの、何て声を掛けたものか……。
――が、瀬戸さんがボソッと呟いた一言で、俺は絶句した。
「……ハァ、何で素の私だと、あんなに緊張しちゃうんだろ。サラ達のフリをしてる時は、素直に榎木くんに想いを伝えられるのにな」
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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