寝る時に必要なのに、邪魔にされるものって何?
なぞなぞから始まる、サイコホラー短篇です。
「寝る時に必要なのに、邪魔にされるものな〜んだ」
「答え、コトが終わったあとの女」
「パジャマだろ!」
ギャハハハ、と男の笑い声が響く。
男たちのテーブルと隣り合わせた恵子と美郷は顔を見合わせて、「うるさいね」「どうする?」と目でコンタクトした。
2人の女はすでに1時間以上、飲んで食べてしゃべっていた。男たちのグループがこの居酒屋に入ってきて、まだ15分も経たない。
「もう行こうか」
と美郷が言うと、
「そうね」
恵子もバッグを取り上げる。
会計を済ませ、「ありがと~ござ〜ました」という店員の挨拶を背に店の外へ出ると、まだ時間は9時前。明日は土曜日だ。
「ねえ、もう少し飲みたいし、話もしたいわ。うちに来ない」
恵子の家はここから電車で10分の駅にある。
「良いの?」
と美郷が聞いたのは、恵子は自宅へ人を招くのが好きではないようで、まだ1度も彼女の家に行ったことがなかったからだ。
「うん。それに実は相談したいこともあるの。もし美郷が良ければ、今夜は泊まっていけば」
恵子の家は、最寄り駅から駅から5分の、これといって特長のないマンションの4階だった。
「ここ、いつから住んでるの」
「実は引っ越したばかりなんだよね」
2人は、恵子の部屋の居間で改めて乾杯した。
「へ〜、引っ越しって、お金もかかるし、面倒だし、あたしはしたくないなぁ。でも世の中には、引っ越しマニアみたいな人がいるらしいね」
「みたいだね。まあ、私は止むに止まれぬ理由で引っ越したんだけど」
美郷は口元に持っていったハイボールの缶を傾け、一気に残りを飲み干すと
「ふー〜ん。それが相談ってヤツ? さっき言ったでしょ。相談もあるって」
終始、笑っていた恵子も、缶チューハイをテーブルに置いて少し真顔になった。
「うん。あの居酒屋で、隣にテーブルの男の子たちが言ってたなぞなぞ、覚えてる?」
「えっ、相談じゃないの?」
「もちろん、関係があるのよ。覚えてたら言ってみて」
「え〜と、『寝る時に必要なのに、邪魔になるものな〜んだ』だっけ」
「そうそう、よく覚えていたわね。答えはパジャマ、なんだけど、私は別な答えを持ってるの。実体験よ」
それから恵子が話しだしたのは、不思議な話だった。
引っ越しをしたのは今から1ヵ月前。寝室はこの居間の隣の部屋。といってもここは2DKだからキッチンと2部屋しかないんだけど。
で、ここに住み始めてすぐに、寝る時に耳障りな音が気になるようになったの。最初の数日は、ただカサカサって、紙がこすれるような音だったんだけど、そのうち、人の声だってわかってきた。
でもなんと言っているかは聞き取れないの。もしかしたら、隣の部屋の住人がブツブツ言っているのかなって思った。聞きようによっては苦しげな声にも聞こえて。イヤな話だけど、お隣でセックスでもしているのかも、とか思ったりもしたの。でもお隣は空いているのよ。誰も住んでいないはず。ホームレスでも入り込んだのかと、管理会社に言って確かめてもらったけど、やっぱり空き部屋なの。
でね、先週から聞き取れるようになってきたのよ。声の内容が。
「寝る時に必要なのに、邪魔になるものな〜んだ」
「パジャマでしょ。小学生のなぞなぞじゃない」
「残念でした〜。正解は、セックスし終わったあとの、好きでもない女の体だよ。お前、最近、オレと結婚したがってるようだけど、最初に言ったよな。オレは結婚する気、ないって。はっきり言って迷惑なんだけど。……、オイ、止めろ、なにすんだ、バカ。わかった、結婚するよ。するから止めてくれ。うううぅうう」
恵子は話し終えると、新しい缶チューハイのプルを引いて、ゴクゴクとノドに流し込んだ。
「あれ、美郷、もうお酒ないの? まだ冷蔵庫にあるよ。ハイボール、取ってこようか」
しかし美郷は、首を振った。怯えた表情の美郷に、恵子はさらに続ける。
「ねえ、なに震えてるの? さっきの私の話、心当たりがあるの?」
「なに言っているの? もしかして、お隣の部屋で殺人事件でもあったっていうの? だから空き家なの? さっきの話はなんなのよ」
「わかってるでしょ、美郷。あの会話は、あなたの恋人の隼人さんのことよ。隼人さん、お隣の住人ともめて、殺されてしまったのよ」
「おかしいよ、恵子。隼人さんは今、海外に出張に行っているの。電話ではいつも話しているわ。確かに、私は隼人さんと結婚するけど、あなたには関係ないし、浮気相手がいるなんて信じないわ!」
美郷は大声で叫んでいた。
「お隣にはね、先月まで私が住んでいたの。隼人さんを殺してしまったから、死体をバラバラにして、捨ててやったわ。でもやっぱり、誰も知らなくても、殺人があった部屋は気持ちが悪いから、引っ越したのよ、隣のこの部屋にね」
恵子は明らかに、異常なギラギラした目で美郷を見つめた。
「眠る前に聞こえてくる、私と隼人さんのやり取りはね、1ヵ月前にベッドで交わした最後の会話なの。私とは結婚できないのに、美郷と結婚するって、そんなの許せないじゃない。だから……」
美郷は、恵子の眼に、明らかな憎悪の炎が燃えているのを見た。
「邪魔だけど、毎日毎日、『オレを忘れないでくれ』っていう彼の断末魔だから、私が聞いてあげないと彼がかわいそう。だから、寝る時に邪魔だけど、彼を忘れないためには必要なのよ」
美郷は狂気に歪んだ恵子の顔を見つめながら、「私も殺される」と思った。




