【400文字作文】三月の忘れユキ
「おかえり」と、私の顔を見ずに祖母は言っ
た。
部屋のドアを開け、古い三面鏡の前に座っ
ている祖母の姿を見てつい、私は悲鳴をあげ
そうになった。
鏡に映っている祖母の表情には、何をして
いるの?と、聞けない雰囲気があった。
それにその三面鏡は、元は祖母のものだ。
タダイマ。と言い、買ってきた本を胸に抱
いたまま、ゆっくりベッドに腰をおろした。
私はすごく驚いたけど、祖母を驚かせたくは
なかった。
祖母はちいさく震える手で、メイクをして
いた。彼女を傷つけたくなかった私は、三面
鏡に映っている鏡の中の頬にそっと、ほお紅
をのせてあげた。
祖母は私の方を振り向き、お化粧。と言っ
た。そして
「三月のわすれユキ」と言いながら、カメ
オのブローチを撫で、小さな涙を零した。