表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

愛の挨拶

作者: 九藤 朋

 卵の黄身が液体に蕩けるような黄金の、天使の階梯(かいてい)を伴う朝日が、墨絵にも似た黒雲から顔を覗かせた。眩しさと神々しさに奈津(なつ)は目を細める。美しいものには懐疑的だ。傷を負っている現状からして。けれど、それでも圧倒される自然の美に、彼女は打たれていた。自然と涙が零れる。その涙さえ、日光を弾いて宝石のように輝く。失った、遠い過去を思い出す。祖母がくれた飴。中でも鼈甲(べっこう)(あめ)はこの朝日のような色をしてはいなかったか。少なくとも自分にとっては。

 仕事が苦しくて仕方ない。夫は辞めても良いと言うが、奈津にも矜持があった。けれど去年の秋、妊娠したのが判り、奈津は産休を取ることにした。上司には君も女だったんだねえなどとセクハラに抵触するような嫌味を言われた。妊娠してから奈津の生活は変わった。食べ物を余り受け付けなくなり、些細なことに苛々する。やたらと眠くなる時間が増え、家事を疎かにしてしまっている。夫の青磁(せいじ)はそれでも構わないと、欠けた部分を補い頑張ってくれている。ごめんねと奈津が謝ると、怒る。謝るようなことじゃないよ、夫婦は助け合うものだろうと言って。

 奈津は、結婚した相手が青磁で良かったと心底から思った。

 ほら、と言ってにこにこ笑いながら、青磁が奈津に見せたのはベビーカーだ。気が早いと言う奈津に、そんなことないよと間延びした声で返す。身体の変化、気持ちの変化による不安が少し和らぐ。凪いでくる。ご飯を炊く匂いだけは耐え切れなくて、何度か戻してしまった。けれどそれまで興味なかったロールパンはバターをつけて食べる。妊娠するとは、命が宿るとは不思議なものだ。生まれ直すことに似ているようにも思う。

 元号が変わった翌年、初めて見る太陽は、始めは不機嫌だった。

 けれどそれも時が経つ内に見せる顔を変える。

 何という荘厳な天使の階梯だろう。

 マンションのベランダに夫婦揃って立つ奈津たちを照らす。どちらからともなく手を繋ぎ合う。温もりを分け合う。

 奈津の実家は千葉県にあり、去年の災害で被害を受けた。両親を亡くした。変わり果てた両親の遺体に縋って泣く奈津の肩を、青磁はずっと抱いていた。実家近くにいた妹は無事で、奈津はそれを不幸中の幸いと思った。悲嘆を分け合える姉妹の存在は心を慰めた。

 新しい年の始まり。

 握ってないほうの奈津の手は、お腹に当てられている。


 ぽこん。


 胎内の我が子から、年始の挨拶が来た。




挿絵(By みてみん)






素晴らしいお写真は空乃千尋さんにいただいたものです。

ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 新年に相応しいとても希望に満ちた文章ですね。末尾の一文が効いています。
[良い点] 天使の梯子、命の宿るお腹、年明けの空に力強さが感じられました。 やはり夜明けは良いものですね。そしてそれが新しい年の最初の日だったらなおのこと、素敵です。 今年もよろしくおねがいします~…
[良い点]  冒頭の空の描写と終盤の写真と、相俟って、心に染み入る美しさです。  妊娠中は精神的にも身体的にも不安定になりますが、支えてくれる配偶者がいて、体の中で存在を主張する赤子がいて、母は強くな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ