父さんな、VTuberで食べていこうと思うんだ
「みんな~今日もありがとう!明日も見てね!」
猫耳としっぽを生やした、可愛らしい女の子が手を振っている。
モニターに向かって手を振りかえす。
彼女の名前はナゴミミちゃん。
今、人気急上昇中のVTuberだ。
「はぁ~、やっぱかわいいなぁ」
俺の名前は猫野ハジメ(ねこの)
成績は中の下、運神経も中の下、見た目は普通でちょっとだけオタクの高校1年生だ。
「やっぱ中身も可愛いんだろうな~、仕草も声も最高だ。はぁ、好き」
そんなことを一人部屋でつぶやく。訂正しよう、かなりのオタクだ。
「ご飯よ、降りてきなさい」
母親が呼んでいる。いつのまにか夕飯の時間になっていたようだ。
パソコンの電源を落とし、急いで下に降りる。
「遅いぞハジメ、早く席に着きなさい」
下に降りると、父がすでに帰ってきていた。
父は、酒もタバコもギャンブルもしない。
仕事は公務員の、かなりお堅い人間だ。
「私のように、堅実に生きなさい」
それが父の口癖だった。
夕飯を食べ終えて、お風呂に向かった。
湯船につかりながらスマホを見ていると、通知が入った。
「ナゴミミちゃんが5分後に緊急生放送だって!?こうしちゃいられない」
急いでお風呂をあがり、自分の部屋へ向かう。
母はリビングで夕飯の片づけをしていた、父は部屋で持ち帰った仕事でもしているのだろう。最近は忙しいようで、部屋にこもる時間が増えた。
「こんばんは~、今日はみんなに重大発表があるよ!」
なんとか間に合ったようだ。重大発表って何だろう。
「なんとなんと!来週から毎日1回生放送をしたいと思いまーす!」
パフパフパフというBGMとともに、クラッカーを破裂させるナゴミミちゃん。部屋の外からも同じ様な音が聞こえた気がするんだが、気のせいだろう。そんなことよりも
「おおおおおおおおお!これは重大ニュースだ!」
彼女の放送は、ほとんど録画投稿だ。
生放送は、今まで1週間に1回あればいい方だった。
テンション高めにSNSで報告をする。
同士たちが、同じように報告していて、もはやお祭り状態だった。
「今日はこれだけでごめんね~。じゃあまたね~バイバイ~!」
放送が終了した後も、SNSで同士たちと喜びを分かち合う。
興奮したせいだろうか、のどが渇いてきた。
「なんか飲むか」
リビングに降りて冷蔵庫を開ける。
飲み物を持って部屋へ戻るときに父とすれ違った。
「まだ起きてたのか、もう12時だぞ。早く寝なさい」
父はゴミを捨てに来たようだ。
すれ違ったとき、父から少しだけ焦げ臭い匂いがした。
次の日の朝、学校へ行くときに母からゴミ捨てを頼まれた。
「めんどくさいなー」
文句を言いつつもゴミ袋を持って家を出る。
ハジメが捨てたゴミ袋の中には、色とりどりの紙テープが入っていた。
学校が終わり、家に帰ってパソコンをつける。
「今日は放送は無しか~」
ナゴミミちゃんの放送は無し、新着動画もないようだ。
夕飯まで、部屋でだらだらとスマホを眺める。
母親に呼ばれて、リビングに向かう。
今日も父が帰ってきていた。仕事を家でやるぶん、早く帰れるようになったんだろうか。
夕飯を食べ終えて、部屋に戻ろうとしたとき、父に呼び止められた。
「ハジメ、話がある。席に着きなさい」
何を言われるんだろう、昨日遅くまで起きてたからそのことを注意されるのかと思った。だが次の瞬間、父の口からはとんでもない言葉が飛び出してきた。
「父さんな、VTuberで食べていこうと思うんだ」
ハジメは父が何を言っているのか、理解できなかった。
このお堅い父から、VTuberという単語が飛び出しただけでも驚きだが、それで食っていく?何を言っているんだ。
「人気が出てきたから、本業にして本格的に活動しようと思ってな。職場にはもう、退職届を出してきた」
父は頑固な一面もあったので、これは相談ではなく、報告なのだろう。
やると決めたら、やる男だった。
そこまで聞いて、ハジメの灰色の脳細胞が輝き出す。
昨日のナゴミミちゃんの放送の時に、クラッカーの音が家からも聞こえた気がしたこと、夜に父とすれ違ったときの焦げ臭い匂い、ゴミ捨ての時に見えた色とりどりの紙テープ・・・。
まさか、いやまさか・・・信じたくはない。だが証拠が揃いすぎている。
話が終わったのか、父は部屋に戻っていく。
ハジメは片づけをしている母に声をかけた。
「母さん、何で何も言わないんだよ!」
母は、いつもと変わらない様子で皿を洗っている。
「あの人が決めたなら、もう無理なのよ。それにVTuberっていうの?どんな職業かは、母さんよく知らないけれど、父さんがやりたいって言うなんて珍しいんだから、ハジメも応援して上げてね。分かったら、さっさとお風呂に入ってらっしゃい」
のんきな母だ。機械に疎いから、VTuberをIT系の職業とでも思ってるのかもしれない。
諦めて風呂に入るか。
湯船の中でスマホをいじっていると、昨日と同じように通知が入った。
「今日は放送無いって言ってたのに!」
またも緊急生放送のお知らせだった。
部屋に戻り、急いでパソコンをつける。
「やっほーみんな!こんばんは!今日は家族に本格的に活動開始って報告してきたよ!でもでも!あんまりいい雰囲気じゃなかったんだ~慰めて~」
耳としっぽを垂れて悲しむ彼女。やっぱりかわいいなぁ。
ふと、夕食の時の疑問を思い出す。
絶対に違う、だがこのもやもやした気持ちをすっきりさせたかった。
動画をパソコンからスマホに切り替え、父の部屋の前に立つ。
「頼む、俺の勘違いであってくれ・・・」
ポケットから風船を取り出し、パンパンに膨らませる。
スマホの画面では、彼女が可愛らしい仕草とともに雑談をしていた。
画面を確認しながら、風船を思いっきりドアにたたきつける。
パンという乾いた音とともに、風船が割れた。
ほんの少し遅れて、スマホの画面からも同じ音が聞こえてきた。
「きゃ、なになになんなの~!!!」
ナゴミミちゃんが泣きそうな声になり、放送が一時中断される。
最悪の結果を確認したハジメは、スマホを手に立ち尽くす。
父の部屋のドアが開き、中からヘッドセットを着けた父が出てきた。
「ハジメか、なにをやって・・・」
ハジメの手にしたスマホが目に入ったのか、父が言葉を詰まらせる。
「父さん・・・お願いだから違うと言ってくれ。父さんがナゴミミちゃんなのか?」
嘘だ嫌だこんなのあり得ない。
あの仕草も声も全部が自分の父だなんて、信じたくない。
スマホを手に、涙を流しながら返事を待つ。
「ハジメ・・・」
そうだ、あの厳格な父なわけがない。
きっと違うと言ってくれる。今だって仕事の人と話をしていたんだろ。
だが、彼の期待は父によって粉々に打ち砕かれた。
「そうだ・・・にゃん!」
猫のように手を丸め、こちらにウインクする父。
あまりのショックに、スマホを床に落としてしまう。
「父さん今大事な放送中なんだ。話は後にしてくれ」
父が扉を閉め、中に戻る。
少し立つと、放送が開始されたのだろう、スマホからは楽しげな雑談の声が聞こえてきた。
こうして、俺の淡い恋心は、砕け散ったのだった。
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