1話 サクヤ助けられる
俺は会社からの帰りにある公園で、ベンチに座りぼんやりしていた。
独身35歳。メタボではないが、小さくて小太りなため”まめだぬき”と陰では呼ばれていた。
今日も疲れた。
”交響詩 魔女と魔王”の楽譜と電子データを持って、演奏してくれそうな楽団へのプレゼンである。昔は、世界に電子データが瞬時に行き交う、強大なネットワークがあったそうだが、今は、こうやってパソコンを持ち歩いている。
「難しいなあ・・・。各楽章の主旋律を聞いてもらってもなぜか食いついてこない。もう36社も回ったけど。疲れた・・・。」 でも、もうすこし頑張ろう。・・・・・。
公園のベンチに横になって目を閉じた。自宅?自室に帰ってもやることないし・・・・と、ぼんやりしていると頭の中が白くなってきた。
目の前に、白いワンピースの少女が立っており、
「こんにちわ。 私は神ではなく召喚を司る者です。あなたに手伝ってほしいの。で、あなたの分身をお呼びしました。これから、私の星の依り代に転生します。」
「何を手伝うのかな? それに分身ということは本体はこのままなんだ?」
「私の星に、これからたくさん転移者がきます。彼らの受け入れの手伝いをお願いします。それから本体はそのままです。公園のベンチで目覚め、同じように生涯を達成しますので、その点は心配しなくていいと思いますよ。」
これは、昔流行った”異世界転生”ものかな?。だとすると特殊能力とか、チート能力や、はたまた魔王討伐、ハーレム満載など・・・。おっと涎が・・。
「異世界ものだと、チートなど貰えるのですか?」
「ああ・、私は神様ではないので、そのようなものはこれぽっちも差し上げることはできません。」
え・。もらえないの。やっぱり昔の物語のようではないのか。がっかり。
「え・・。何ももらえないの。特殊能力とかお金とか。 あー。 そう残念・・」
「あきらめが早いですね。」
「じゃあ、転生と言いましたね。それって、この身体ではないということですよね。」
「そうですね、まあ。楽しみにしてください。分身のあなたは新しい人生を送るでしょう! ぷつん!」
あれ!。えーっ、断るタイミングが無かったよ。
なんだか、ただ働きに呼ばれたような感じがするけど?
まあ良いか。これまでより、のんびりできればいいや。どんな身体になるのか楽しみだな。まめたぬきは嫌だな。
でも、手伝いって、ひょっとしたらブラックだったりして・・・・・。
「え!。 」
気が付いたら、草の中に横たわっていた。
俺は、周囲を見回した。身体の下には柔らかな草がある。横を見ると、少し先はブッシュになっている。
次に首を上げて自分の身体を見た。パーツが小さい!。これは子供のようだ。
・・・お腹がすいた。立ち上がる気力も湧いてこない。
回りに耳をすませたが人も声も町の雑音もしない。小鳥のさえずりと風の音だけ。
ベンチも無いし、ここは、元の公園ではないようだ。
身に着けているものは、半ズボンに、青いソックス、麦藁帽と白のTシャツ。
そして手にスコップを持っていた。
? 俺って 誰? 思い出せない。
でもこの状況には違和感を感じる。周囲も、身体も何か違う。このスコップは何だ?
俺は、もともと子供だったのだろうか?
何も、思い出せない。
じーっと青い空を見ていた。
すると、右のコヤブからザワザワと音がした。そして髭もじゃのおっさんが出てきた。
「*******?」とおっさんが話しかけてくる。
何を喋っているかわからない。
あ、人がいた。助けてと言いたいが声が出ない。でも安心したようで力無くぐったりと、目を閉じた。
「*****」と、首と足に回された太い腕を感じた。
しばらく運ばれてゆくのを感じ、そっと下された。
ぼんやりと目を開けると、お椀のようなものが口のところにあたった。
水だ。冷たくておいしい。一心になって飲んだ。
少し注意しながら目を開けると、そこには黒髪の青い目の女の子が前かがみで俺の顔を覗いていた。
「******、******」と口が動くが、理解できない。
「ねえ。あなたは誰? どうしてここに居るの? 」と再び質問をしてくる。
なんとなく、名前を聞かれていると思ったので、
「俺? ・・・・・名前は・・・ アライ サクヤ? サクヤ・・、サクヤ」
「うーーん。サク・・ヤ ・・ まあいいや!」
おれは、とっさに思いついた名前を口に出した。
そう、確かに俺はアライ・サクヤだ。でも、それ以上の何も思い浮かばない。
「私はアヤ。おなかすいていない? 」
何を言っているのかわからないが、女の子は自分に指を指して、”アヤ”といった。
「わしは、ダンガだ。 これを食え。」と言って、髭もじゃのおっさんが肉串を持たせてくれた。
よくわからないが、食べるものを差し出してくれたらしい。
俺は、肉串を両手で持って、ふぐふぐと食べた。何の肉かわからないが、柔らかくてジューシだった。
もうちょっと、塩が効いてて欲しかったかな?
「わたしたちは、今日山菜を取りに来てたの。 もう十分取ったからこれから帰るところなの。 サクヤも一緒に山を下りる?」とアヤ。
「おとうさん。とりあえず、持って帰ろうか?」
俺は、立ち上がるもふらつくので、結局ダンガに背負われた。
「今日は、うちに泊めれば良いけど、明日は村長に相談するかな。」
ダンガの家は、2時間ほど歩いたところにあった。30軒ほどの小さな村で、茅葺の平屋が広場を囲むように立っていた。そのうちの一軒の引き戸を開けて入って行った。
「ただいま かえったよ。」とアヤが大きな声で家の中に叫んだ。
「ああ、お帰り。そんな大きな声をせんでも聞こえるわ! 」とばあさんが出てきた。
「おや、その子はどうした!」とグンヤ婆が聞く。
「ああ、森で倒れていたんだ。どこから来たのか、わからんらしい。とりあえず、今日は我が家で寝かせて、明日、村長に相談してみるよ。」とダンガ。
「お帰り、晩御飯にしようか。 その子の名前は何て言うの?」とアヤの母。
「アライ・サクヤって言ったわ。うーん、5歳ぐらいに見えるかな?」とアヤ。
「でも、はなしが伝わらないし、この子がなんて言っているのかわからない。??かな」
「ああ、どこか遠くからきたのかな?」とダンガ。
アヤは8歳で、3つほど年上になるようだ。
アヤの祖母、母ユキ、と父のダンガ、アヤ、そして俺の5人で食事が始まった。
眠いのか食事が進まない俺を見て、ユキが寝室に抱えていった。
翌日、ダンガは俺を連れて、村長宅を訪れた。
「名前が アライ・サクヤ ならば貴族だと思うが、この辺にはアライ家は聞かないな。
来週あたり都から徴税官が来るので聞いてみるよ。」と村長。
迷い子かも知れないということで、当面ダンガが預かることになった。
サクヤは5歳ぐらいなのだが、物腰が丁寧でダンガ親子も戸惑うことになった。どこかの貴族の子供なのか立ち居振る舞いも5歳の子供とは思えないものであった。食べ物に好き嫌いはなく、なんでも美味しそうに食べた。
アヤに懐いて一緒によく遊んでいたし、アヤも弟のように面倒をよく見ていた。
アヤは、俺に言葉を教えた。