ダビスタみたいな異世界転移
「あなたは異世界に転移する事になりました」
「何で?」
「『何で』と言われましても・・・。
あなたが望んだのではないですか?
『異世界の隙間』に贄を入れ、異世界に行く事を望んだんじゃないですか?」
「流し台にカップ焼きそばのお湯棄ててる時、蓋が外れて麺が流し台に流れちゃっただけだよ」
「つまりあなたの住んでいる所の流し台が『異世界の隙間』で、贄がカップ焼きそばの麺・・・という訳ですね?
変ですね、何で焼いていないのに『焼きそば』って言うんでしょう?」
「変に思うところは他にも沢山あるじゃねーか!
つーか『という訳ですね?』じゃねえよ。
完全に手違いじゃねーか。
クーリングオフだ!
だいたい『贄がカップ焼きそばの麺』って・・・そんなもん認めるんじゃねーよ。
ドンキで買った一個97円のカップ焼きそばの麺が贄として認められるのかよ?
何だよそのガバガバ設定は。
確かにあのカップ焼きそばの蓋には『1/3の野菜繊維が摂れる』とか書いてあったけど・・・。
でもよく考えたら摂れるのは『野菜の栄養素』じゃなくて『野菜繊維』なんだよな。
しかも『1/3』って一日に三回食事するんだから、よく考えたら一食分じゃねーか!
便通は良くなりそうだけど、身体にはそんなに良くなさそうだよな。
・・・で、何でそんなもんが贄になるんだよ?」
「時々、どこかで情報を得た権力者が『若く美しい生娘を贄にしたぞ!
私を異世界に転生させろ!』なんて勘違いしてる人いますけど・・・アレ、本気で引きますよね。
大体私達が行っているのは『転移』であって『転生』じゃありません。
それに生きた人間を贄にするような悪人、私達が異世界に転移させる訳ないじゃないですか。
『うわあ・・・コイツ、本気のキ○ガイだわ』て、真顔で引くだけですよ。
贄なんてカップ焼きそばの麺で充分です。
あなたが家の流し台が『異世界の隙間』と繋がったのは恐らくただの偶然です」
「なんだ、良かった。
あの流し台には雑巾を絞った汚い水とか、洗い物した汚水とか流してたんだよね。
あの一瞬、流し台と『異世界の隙間』が繋がっただけなのね。
ホッとしたよ。
俺は『異世界の隙間』に汚水を何度も流してたのかと思ったよ。
じゃあお互いに誤解も解けたところで俺を異世界に連れてくのやめてくれねーかな?」
「申し訳ありませんが、次に地球に戻るためのゲートが開くのは三年後です。
私達は常時、地球から転移者を募っています。
なので地球から人を呼ぶ研究は行っていますが、地球に人を戻す研究はあまり・・・というが正直全く行っていません。
それに地球に戻れると言っても、同じ時代に戻れる可能性は極めて低いです。
我々はあらゆる時代から、転移者を募っています。
そして『地球に戻りたい』と言われた方が戻る時代はランダムです。
あなたのいた時代から見て、未来かも知れないし過去かも知れません。
また戻る場所もランダムです。
『地球に戻ったら深海だった』なんて事はありませんが、『地球に戻ったら生還不可砂漠』という事はあり得ます。
つまり、転移後確実に死ぬとは限らないところにはランダムで飛ばされる可能性はあるのです。」
「元の時代に戻れないんだったら、まだ異世界にいた方がマシ・・・なのかなぁ?
そう認める事は、なんか嵌められてる気がして嫌なんだけど。
じゃあ、俺は異世界で何が出来るの?」
「知りません。
あなたはスカウトではなく、自分で贄を用意して転移を希望してきた形です。
適正、特技など私達はあなたの事を何も知りません。
まあ、ステータスは見せてもらいますがね。
ほぅ・・・特技は『ラーメン早食い』ですか。
異世界には麺料理自体がありません。
つまりあなたが異世界で生かせる特技は『特になし』という事ですね?」
「え?
転移者って、何か能力授けられるんじゃないの?」
「授けませんよ。
転移者って、あなたのいた世界で言う『技能実習生』みたいな感じです。
実習生みたいに生活と仕事の中であなたは色々な事を覚えていかなくてはいけません。
実習生と違う点と言えば『あなたは異世界の言語を練習しなくて良い』と言う事です。
『翻訳スキル』は私達からあなたに贈る唯一のプレゼントのような物です。
後の事はあなたの力で切り開いてください。
大丈夫です。
あなたの転移するところのモンスターは子供でも倒せます。
あなたが弱いままでも、贅沢しなければ冒険者として充分暮らしていけますよ!」
「冒険者になる事は確定かい。
そんな質素な生活をするために転移させられた訳じゃないだろ?
転移者には何らかの使命があるんじゃねーのかよ?」
「転移者の中で、使命に目覚める者もいると思います。
そう信じて私達は手当たり次第、地球から人を転移させて来ていますから。
そんな事はないと信じていますが、私達が異世界に転移させた人々の中に過去には使命を帯びた者もいましたが、現在は使命を帯びた者はいないかも知れません。
つまり『使命を帯びているか帯びていないかは、今は誰にもわからない』と言う事です」
「・・・参考までに聞かせてくれ。
俺は剣士なのか?
魔術師なのか?
何をすれば良いのかすらサッパリわからないんだが・・・」
「本当は『自分が何をやりたいか』に私達は口を挟めません。
しかしあなたは私達にアドバイスを求めて来た上に、あなたはこの世界の超初心者です。
ここであなたを突き放してしまうのは、私達も些か胸が痛むと言うものです。
わかりました。
特別にあなたの当面やるべき事のアドバイスをしましょう。
あなたは何にでもなれる可能性があります。
しかし特定のジョブに就くには努力と運が必要です。
今のあなたの職業と職業レベルは『フリーターレベル1』です。
あなたにはあなた自身のレベルと、職業レベルの両方があります。
わかっているとは思いますが、今のあなたのレベルは『1』です。
職業レベルを上げていく事で様々な職業に転職出来るのです。
『フリーターレベル1』だと、転職出来る職業は限られています。
『ヒモレベル1』と『無職レベル1』だけですね。
あ、失礼しました。
『ヒモレベル1』は童貞ではなれませんでした。
あなたが転職出来る職業は『無職レベル1』だけです」
「わかった!わかった!皆まで言うな!
俺はフリーターのレベルを上げて、転職するしかないんだな?」
「いえ別に無職を極めて『遊び人』や『スロプー』にランクアップしても良いんですが」
「俺は異世界にも『スロット』があって、『スロプー』がいる事の方が驚きだよ。
『スロプー』にはなれても『パチンカス』にはなれねーって事ね。
・・・つまり異世界にスロットはあるけどパチンコはない、と。
そうじゃなくて真っ当な人生を送りたかったら『フリーター』のレベルを上げて、真っ当な職業に転職するしかねーんだろ?」
「まあ、そうなりますね。
堅実な職業じゃなくても『芸人』や『ミュージシャン』なんて職業も『フリーター』の上位職なんで、一山当てたくても『フリーター』のレベルを上げた方が良いんですけどね。
あ、あなたの『ネガティブスキル』に『ジャイアンリサイタル』がありますね。
あなたは『ミュージシャン』にはなれません」
「そんなもんわかってるよ!
俺がカラオケでマイク持つと、周りの連中が爆笑するんだよ!
『お前の音痴は皆を笑顔にする。
世界平和の鍵っていうのは、お前の歌なのかもな』なんて言われるくらいだ。
俺はリン・ミンメイか!」
「リン・・・何ですか?」
「そこは聞き流してくれて良いんだよ!
つーか、何で『ジャイアンリサイタル』は通じて『リン・ミンメイ』は通じねーんだよ!
納得いかねーな『銀河の歌姫』だぞ!?
ジャイアンリサイタルこそ通じなくて良いだろ!
『ボエ~』って言ってるだけじゃねーか!」
「ちょっと何を言ってるかわからないですね」
「サンドイッチマンのネタか!」
「サンド・・・何ですか?」
「聞き流してくれって言ってんじゃねーか!」
「わかりました。
では話を続けます。
まずあなたのすべき事ですが・・・ギルドで冒険者登録して下さい。
登録だけならなんと驚きの無料です。
あなたのような一文なしでも冒険者として登録する事は出来ます」
「ちょっと待ってくれ。
今聞き流せない一文があったのは気のせいか?
俺は一文なしなのかよ!」
「一文なしでしょう?
異世界の通貨、ちょっとでも持ってるんですか?
・・・と言うか、異世界の通貨単位を知ってるんですか?
ちなみに通貨の単位は『パイハン』です。
『P』と表現されます」
「『パイハン』って王将じゃ白ご飯の事じゃねーか。
つーか少しくらい俺を異世界に呼んだ連中が金貸してくれるんじゃねーの?」
「金がないのは首がないのと同じです。
いいですか?
金は命より重いんです」
「おい、どっかの中間管理職みたいな事言ってんじゃねーぞ!?
俺だって日本の金は財布の中にちょっとは入ってるからね。
いきなり異世界に呼ばれたら異世界の通貨持ってなくて当たり前じゃねーか!」
「それもそうですね。
でも私達は決まりであなたにお金を貸す事が出来ません。
しかし、今回は特別です。
雨風を凌げる橋の下を特別に紹介します」
「・・・たく、少しくらい融通効かせろよ
『公園』『橋の下』『ネカフェ』って言ったら『ホームレスの棲み家御三家』じゃねーか」
「私達が呼んだのであれば、多少の金銭を融通しても稟議書は通るかも知れませんが、あなたは希望して異世界に転移した事になっております。
誠に申し訳ありませんがご了承下さい」
「心にもない謝罪してんじゃねー!
アンタは『お客様センター』の電話受付か!
つーか『異世界転移』に稟議があった事に俺は驚きを隠せねーよ!」
「相変わらず意味不明ですが・・・
それともう1つ、あなたには異世界で名乗っていただく名前を決めていただかなくてはなりません」
「何でこのままじゃいけないんだよ?」
「過去に異世界転移者により、魔王が三度倒されています。
ですので魔族は発覚次第、異世界転移者を狩る事が珍しくありません。
ですので異世界転移者とわかる名前を変えていただいているのです」
「変える・・・ったってなぁ。
異世界によくある名前なんて俺知らないしなぁ」
「よくある名前でなくてかまいません。
むしろ『よくある名前を名乗っているのに、見るからに外国人』という方が目立ってしまうのです。
名前なんて『転移者によくいるタイプの名前』じゃなきゃどんな名前でも構いません。
珍しい名前でも『あぁ、外国人なんだ』としか思われません。
今からあなたが転移する街は全世界から冒険者が集まる街です。
そうですね・・・あなた方の言う『カタカナの名前』であれば問題ありません」
「そっか。
じゃあ『ハリソン・フォード』って名乗るよ」
「それって実在する別の人の名前じゃないですか?
『なりきり』とか『なりすまし』ってマナー違反なんじゃ?」
「何でアンタが『ネットリテラシー』にうるさいんだよ!
しょうがねーじゃん!
カタカナって言ったら『コーテル・イーガー』しか思いつかないんだから!」
「わかりました。
あなたの名前は『コーテル・イーガー』です」
「・・・まあしょうがないか。
何が悲しくて『餃子一人前』なんて名乗らなきゃいけないんだよ?
王将用語じゃねーか。
読み方が『餃子』なら・・・だめだ『天さん、バイバイ』って言いながら自爆する未来しかみえねー。
あ、それともう1つどうしても気になってる事があるんだ」
「何ですか?」
「あんた、一体誰なんだ?」
「すいません。
それは禁則事項です」
「朝比奈みくるか!」
「朝比奈・・・何ですか?」
「テキトウに流せって!
どうせ聞いてもわかんないんだから!」
「それはそうとあなたも野心がありませんね。
野心があれば金目の物とか、スマホとか異世界に持って行こうとするのに」
「俺が持ってる物で異世界で一番金になりそうな物なんて『キャベツ太郎』のスナックくらいだし。
料金払ってない止められてるスマホが異世界で大活躍・・・なんて事もねーだろ?
俺はこのまま異世界に行くよ、あ、靴は履かせてもらうよ」
わかりました、それではあなたは異世界に転移します。
ボンボヤージュ・・・」
「そういうのマジでイラッてくるから!
何が『良い旅を』だよ!
気取りやがって!」
俺の周りの世界が加速していく。
解りにくい表現かも知れないが『加速していく』としか表現出来ない。
同じ方向に風景が流れていっているのだ。
そして俺は宇宙空間に移動した。
息苦しさは全くない。
体感温度の変化も全くない。
地面はなくなったはずなのに、『何か』に立っている感覚だ。
そして宇宙空間にいた俺は明るいところに出た。
俺は眩しさに瞳を閉じた。
再び目を開けた時、俺は異世界転移を実感した。
この傷んだ水の臭い・・・これは間違いなくドブ川の臭いだ。
そして所々から明かりが漏れている立て付けの悪い橋の欄干に組み付けてある木の板、これが俺のこれからの家、橋の下のわが家だ。
今俺はその『わが家』の中にいる。
そうか、ここが俺の生活拠点なのか。
しかしこの臭いに慣れるのかな?
俺は橋の下のわが家から這い出た。
そこに広がる光景はまさに『ドヤ街』といった感じで、橋の上では一人の老人が釣りをしていた。
こんな臭いドブ川で釣れた魚を食べるんだろうか?
それは置いといて、俺は老人に声をかけた。
「こんにちは、爺さん。
俺はこの街に来てまだ日が浅いんだが、この街は何て言う名前なんだ?」
「この街はサンヤって名前じゃ。
そしてこの橋の名前は『ナミダ橋』じゃ。
よろしくたのむわい」
老人は思ったよりフレンドリーに返してきた。
『ナミダ橋』だと?
ジョーが丹下のとっつぁんに会ったのが泪橋じゃなかったっけ?
今思い付いたんだが、カタカナの名前は『コーテル・イーガー』じゃなくて『カーロス・リベラ』か『ホセ・メンドーサ』にしたいな。
・・・まあ良い。
俺はこの『ナミダ橋』を逆に渡ってみせる。
逆に行くとどこに行くか知らないけど。
俺は冒険者ギルドに登録しに行く事にした。
『善は急げ』じゃねーけど、フリーターの俺は固定収入がないし、早く冒険者登録しておかないと収入源が全くないような状況だ。
「爺さん、冒険者ギルドってどこにあるか知ってるか?」
「冒険者ギルドなら、ほらナミダ橋の袂じゃよ」
冒険者ギルドからこんなに近いとは思わなかった。
よく不動産屋の店頭に『徒歩5分』とか書いてあるが、『徒歩5分』どころではない。
『徒歩5秒』だ。
俺は冒険者ギルドの建物に入った。
受付に転職情報紙を読んでいる受付嬢がいる。
なんか妙にやさぐれている。
『態度悪い事炎の如し』
受付に来ている俺に気付いていないのか、無視しているのか、全く俺の相手をする気はなく転職情報紙を熟読している。
なるほど、謎の女に授けられた『翻訳スキル』でこの受付嬢が読んでいるのが転職情報紙だと理解出来る訳だ。
『受付嬢が読んでいる物が転職情報紙である』と理解出来ているのは冒険者ギルドの中で俺だけのようだ。
つまり、冒険者達は受付嬢の読んでいる文字が理解出来ていない。
冒険者達が文字を理解出来ていない訳ではなく、受付嬢の読んでいる物は日本でいう『英字新聞』みたいな物で、ある程度教養がある者でないと読めない物なのだ。
受付嬢が読んでいる物は『ある程度教養がある者の転職情報紙』という事だ。
転職情報紙を見ながら思う。
活版印刷の技術はそこそこ進んでいるようだ。
「あのー、姉ちゃんちょっと良いかな?
アンタだよ、転職情報紙読んでるそこのアンタ
転職するのは自由だけど、せめて俺の冒険者登録だけはしてくれよ」
「あなたこの文字が読めるの!?」
「読めねーよ。
ただ『翻訳スキル』で書いてある事はだいたい理解出来る」
「『翻訳スキル』!?
ここはアンタみたいなインテリが来る場所じゃないわよ?
ここはならず者達が日銭を求めて訪れる場所『冒険者ギルド』よ」
「わかってるよ。
・・・思ってるのより『冒険者ギルド』って酷い場所だったな。
俺は『その日銭を求めて訪れるならず者』の一人って訳だ。
解ったらさっさと冒険者登録してくれ」
「・・・まあ、ここじゃ過去に何があったのかは聞かないのが暗黙のルールになってるし、聞く気もないけど」
「そうしてもらえると助かる。
ここを紹介してくれた人の話じゃ、俺の過去を知られるって事は命にかかわる・・・って話だから」
「解ったわ。
じゃあ冒険者登録するわね。
利き手を出して」
俺が右手を受付の机の上に出すとクレジットカードサイズの木の板を握らせられた。
板は光を放つと、何やら文字が刻まれているようだ。
暫くすると光は収まり、俺はその木のカードを渡された。
「これで冒険者登録は終了よ。
あなたはGランク冒険者になったと言う訳。
ついでに仕事の斡旋も受けていく?」
「斡旋は受けたいんだが、俺は冒険者ギルドのシステムがまだよくわかってないんだ。
『斡旋を受ける』なんて言われても正直何をすれば良いかわからない」
「自分の無知を知っている事は恥ずかしい事じゃないわ。
あなたは何がわからなくて、何を知りたいの?」
「全てがわからなくて、全てを知りたい」
「わかったわ。
あなたのステータスを表示するわね」
名前:コーテル・イーガー
職業:フリーターレベル1
所属ギルド:冒険者ギルド(Gランク冒険者)
レベル:1
力:3
身の守り:3
魔力:0
かしこさ:6
運:3
人気:0
スピード:2
スタミナ:4
勝負根性:5
安定:C
タイプ:晩成
スピード、スタミナ、勝負根性、安定C、晩成タイプ・・・ダビスタか!
つーか、やっぱり俺の名前はコーテル・イーガーなのか。
まあ今のステータスが糞みたいなモンだとしても、晩成タイプで安定Cなら、まだワンチャンある・・・ダビスタならの話だが。
理想は安定Aで成長持続タイプなんだが、まあ贅沢も言ってられない。
というか、「魔王を倒したい」とか「勇者になりたい」なんて大層な願望がある訳じゃないし、そこそこの成長をすればそれで文句はない。
嫌なのはこのままカツカツの生活で橋の下に住み続けなきゃいけない事だ。
「運から上はあなたの今後の努力次第よ。
人気から下はあなたの今後の成長次第で決まってくる要素なんで、努力ではどうにもならないけどね」
なるほど。
つまり運から上はダビスタで言う『調教』みたいな物で、努力次第で成長する数値なのだ。
逆に人気から下は成長次第でその数値が決まるという事だ。
「『力』や『身の守り』なんかは日々の訓練によって上昇するって事か?」
「やりたい事が決まってなくて、能力を上昇させたいなら『フリーター』でいる事はお勧めしないけどね。
フリーターは能力の上昇率が低いのよ。
転職出来るようになったら、早々に転職する事をお勧めするわ」
「転職ってどこで出来るんだ?」
「どこ・・・って『ハローワーク』に決まってるじゃない」
「マジか。
またハロワのお世話にならなきゃいけないのか・・・」
「今の話を聞いた限り、あなたのやらなきゃいけない事は3つね。
先ずは『レベルを上げるために身体を鍛えなくてはいけない』
次に『日々の生活をするために冒険者ギルドでクエストを受注しなくちゃいけない』
最後に『より効率的に身体を鍛えるためにハローワークで職を探す』
とりあえず、差し迫っての生活をするためにクエストをここで受注しましょうか?
心配しなくてもGランク冒険者の受注出来るクエストなんて、ほとんど危険はないから。
じゃああなたが受注するクエストを印字するわね」
印刷機は画板のような物にまっさらな紙を置いて、少し離れた所に置いてあるビー玉のような物から紙に向かって光の筋となって紙に焦げを作り、その焦げが文字や罫線となり印字されている。
俺は渡された紙を見た。
そこにはこのクエストを受注した冒険者達が十数人並んでいた。
◎(人気)、◎(人気)、◎(スピード)、◎(スタミナ)、◎(勝負根性)一番人気の冒険者の評価を見る。
グリグリのデンデン虫が並んでいる。
それに比べて俺の評価は・・・。
・(人気)、・(人気)、・(スピード)、▲(スタミナ)、×(勝負根性)
ピンときた人もいるだろうが、冒険者の評価の見方は『ダビスタ』の評価の見方と全く同じだ。
「スピード、スタミナ、勝負根性に印がつかないと見込みはない」と言うのも同じだ・・・スピードに印は付いていないが、スタミナと勝負根性に印が付いているので、最低ではない・・・と言うのが俺の評価だろうか?
しかし、『Gランク』で、この評価というのはギルドの受付嬢も「正直厳しい」と言っている。
俺が冒険者を続けてられている理由は『まだ肩を叩かれていない』からだ。
大成する見込みのない冒険者は周りから「もう別の身の振り方を見つけるべきだ」と言われる。
・・・で、最後は優しく『女神』とまで言われているギルドの受付嬢から「もう冒険者は諦めましょう、命あっての物種です」と最後通告を受ける。
俺が「冒険者を辞めろ」と言われない理由と言うのが『血統の珍しさ』だ。
その昔、俺が異世界に来る前にいた日本で『サッカーボーイ』という元競争馬がいた。
その馬はそこそこ活躍はしたが種馬になるような成績は残していない。
しかし『ファイントップ系』という血統の珍しさで種馬になれたのだ。
俺の持っている血統、『織田信長系』という血統が相当にレアらしい。
俺の父親は異世界から戻ってきたらしい。
織田信長の血を色濃く引き継いでいるという事は父親は元は安土桃山時代の人間だったという事のようだ。
それで異世界から地球に戻ってきた時代が俺が生まれる前で、母親と知り合って俺が生まれた、という訳だ。
しかし織田信長の血は扱いにくいらしい。
言ってみればダビスタでいう『ナスルーラ』の血のような物らしい。
勝負根性とスピードにプラスの影響を与える代わりに気性が難しくなるらしい。
それどころか人間でありながら『魔王』と呼ばれる血も涙もない者になる可能性もあるという。
しかしそのクエストが印字されている紙を俺は見て
「競馬新聞・・・いや、横書きだから『競馬ブック』か!」と思わず言った。
「『競馬』というのは何だかわからないけど、このクエストの紙は『ブック』と言われているわ」
「マジか・・・俺は『ブック派』じゃなくて『一馬派』なんだが」まあ、そんな事はどうでも良いが『競馬』という単語はちゃんと翻訳されていたので、異世界のどこかでは競馬、または競馬に類する物があって、行われている、という事だ。
クエストを受注する冒険者は一人じゃないらしい。
十数人クエストを同時に受注して、上位五名までクエスト報酬を受け取れる。
もちろん一位の報酬額と五位の報酬額には差がある。
それ以下の順位の者は全くタダ働きかと言えばそんな事はない。
例えばクエストで手に入れた薬草や、モンスターのレア部位はその冒険者の物になるので、それを換金すれば厳しいながらも生活していける・・・という訳だ。
それに物によってはギルドが買い取ってくれる物もある。
クエストを無視し、ギルドが買い取ってくれる物を集める冒険者も珍しくはない。
俺が最初に受注したクエストは『角ネズミ』の駆除だった。
『角ネズミ』は追い詰められないと人間を襲わない。
だが畑の作物を荒らすのだ。
その『角ネズミ』が大量発生してしまったので間引いてくれ・・・という依頼が冒険者ギルドにあってクエストが組まれた訳だ。
「最初のクエストで大活躍しようとしないでね。
角ネズミの肉は美味しいし、角は道具屋で買い取ってくれるから、一匹でも倒せると良いわね・・・って今気付いたんだけど、あなた武器も防具も全く装備していないの?」
「おう、何せ無一文だからな。
装備を整える金もない」
「悪い事は言わないわ。
装備は整えておきなさい。
その装備があなたを救う事もあるだろうし、何よりモンスターを倒せるか倒せないかはあなたが『生活していけるか、していけないか』に直結してくる問題だから」
「そうは言っても金が全くなくて、装備品を買う金なんてないんだけどな」
「・・・しょうがないわね。
今回だけよ、私の護身用の『竹槍』を貸してあげる。
必ず返してよね」受付嬢は冒険者に嫌な目に遭わされて、やさぐれていただけで、根は気の良い娘さんのようだ。
「決して無理はしないでね。
無理しそうになったら家族の事を考えるの」
「家族・・・ねえ」
俺は唯一の家族だった母親の事を思い出した。
「信夫、お小遣いをあげるわ。
遊んでらっしゃい」
「どう?
落ち着いて無理出来ない心境になったでしょう?
・・・って何でそんな鬼の形相なのよ!?」
「あんの糞アマ、自分がパチンコに行く時だけ小遣いくれやがって!
しかも毎回60円だぞ!?
自分は一時間で平気で数万円融かしてたクセに!
お陰で駄菓子屋の20円のゲームコーナーのシューティングゲーム、40分は遊べるようになったけど・・・
・・・っていうか俺のお年玉はどこに消えたんだよ?
『お母さんが預かっとくわね』って言ってたじゃねーか!」
「・・・何を言っているのかはサッパリわからないけれど、残念ながら家族には恵まれなかったみたいね。
家族じゃなくて良いわ。
あなたに優しくしてくれた人の事を思い出しなさい」
「優しくしてくれた人・・・ねえ」
「この街はサンヤって言うんじゃ」
「ついさっきじゃない!
その光景、このギルドの窓から見てたわよ!
アンタ、どれだけ人から優しくされてないのよ!」
「なんだ、見てたのかよ。
しょうがねーだろ?
物心ついた時には親父はいなかったし、母親は重度のギャンブル依存症だったし・・・。
母親には借金癖があったから、借金取り以外のまともな人間は俺の家族には近付かなかったんだよ。
まあ、友達と言える連中はいたけどな。
アイツらは損得勘定抜きの関係だし、俺もそれを望んでるんだけどな。
あれはあれで得難い連中ではあったけどな、アイツらに何かを望むって言うのは何かが違うんだ。
危険に遭遇しそうになったら・・・そうだな、優しくしてくれたアンタの顔を思い浮かべるよ」
「『そこにいてくれるだけで良い』というのは正に家族に望む物だと私は思うんだけど。
まあ考え方は人それぞれね。
あなたにエンザーギーの加護がありますように」
エンザーギーって王将で『鶏のからあげ』の事じゃねーか?
まあ戻ってから、「エンザーギーって何?」って聞こう。