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天災軍師  作者: 依依恋恋
第Ⅰ章「現代・天災軍師編」
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第6話「未知の正体」

 

 中佐が思ったより軽かったこともあって数分後には特に疲れることもなく地上まで這い上がってくる事ができた。


「ふぅ、疲れた!」

「中佐は何もしてないじゃないですか!」

「だって怪我人だもーん」

「ぐっ……」


 怪我をさせたのは私なので何も言い返せない、中佐は理解出来ない行動を取ることが多いけどいざという時はしっかりと守ってくれる。だから私はこの人の評価を落としたりはしない。


「取り合えずそこら辺の死体から薬を見つけて応急手当するよ、アリスは私より後ろで索敵してて」

「了解です」


 中佐が傷の手当てを済ませている間私は一息ついて辺りを見回す。あるものはヴァンクール帝国兵とルクセンライト王国兵の入り混じった死体。

 そしていくつもの地面が割れ、大穴が空いていた。


「……悲惨ですね」

「結局あれは一体何だったの?」


 あれ、とは空が割れた事だろうか、それとも地面が崩壊した事だろうか。どちらにしろわからない、わかるはずもない。中佐もそんなことは当然理解しているはず。


「わかりません、ただ一つだけ言える事は……私達の知らない何かが起こっていると言う事だけです」


 一番可能性が高いのは他国が何かしらの兵器を投入してきたこと。ヴァンクール帝国とルクセンライト王国のぶつかる日を狙ってこの大惨事を起こしたというのならある程度は納得がいく、いくのですけど……。


「……あれ、現代の科学じゃ不可能だよね。それとも最新の科学はあんな魔法陣みたいな紋章が必要なの?」


 中佐は当然の反応だ、私も同じ。仮に他国が兵器を使用したとして、あんな非科学的な事をするわけがない。私と中佐は確かに見た、月に魔法陣が描かれていく様子を、空に赤い亀裂が入って次々に割れていく様子を。

 これらを鑑みても科学の技術力で成し得られるとは思えない、ましてや資源不足の現代で。


「では……魔法……と言うことでしょうか」

「技術と科学で発展を遂げたヴァンクール帝国の兵士が魔法を信じるなんて面白い冗談」

「し、しかし!中佐も他の可能性が思いつかないじゃありませんか!」


 そもそも中佐はヴァンクール帝国をあまり好いていない、仮に魔法が存在していたとして、それはもはや私達が築き上げてきた文明の崩壊に等しい出来事になってしまう。


「少なくともこの世界の人間じゃあ不可能だよ」

「では宇宙人が侵略してきたとみているんですか?相手の存在が見えない以上その可能性は否めないですが……私の考えよりもっと低いですよ」


 流石にそんな夢物語みたいな展開は現実的じゃないだろうと思い半信半疑で中佐に言い返す、しかし中佐は真面目な顔つきだった。


「そうだね、感覚的な確率なら低いだろうね」

「っ……!申し訳ございません」


 中佐に悟られて自分の愚行さを思い出す。そうだ、私は普通の考えを持ってはいけない。この人の教えを乞う時に一般的な思考をしないように頼んだのは私だ。普通のままじゃこの人には到底届かない、定跡同士の戦いはいつだって予想できる決着を迎える。必ず勝つには敢えて悪手を忍ばせて次手に妙手を繰り出す、同じ結果でも自分だけ知っていた結果なら得をするのは当然の心理だ。「私たちは人間であって機械じゃない、数値が同じでも実際は違うものだよ」。そう、中佐はいつだってそのふざけた思考を本気で行ってきた。


 予想外の事が起きている今、予想外の事を考えるのはある意味正しい事なのかもしれない。私も常識に囚われたまま死を迎え入れるのは不本意だ。


「そもそもこの事態を引き起こした主犯を見ていないんだよね。遠方でやっているのか、隠れていただけなのか、同じ場所にいるけど知覚出来ないのか。いずれにしても見えない敵ほど怖いものはないよね~」


 こんな状況だというのに後ろに腕を組んで呑気にそう話す中佐。真面目な兵士なら怒り心頭する態度だと思います。


「それにさ~…………──ん?」

「中佐?」


 突然硬直して遠方を眺める中佐、何があったのかと私も中佐の隣に並ぶ。


「──あれはッ!」


 そこには見たことも無い赤い軍服を身に纏った優に三万を越える大軍が統率を整えて進軍していた。

 彼らが手に持っているのは今の時代にふさわしくない剣と盾、そして杖だ。その武装を見ればヴァンクール帝国兵でも、ルクセンライト王国兵でもない。かといって他の国の兵士でもないのがすぐにわかる。

 そもそも彼らに少し違和感を感じる。あれは……同じ地球に住んでいる者なのだろうか……?

 もしかしたら中佐の言っている宇宙人説が本当なのかもしれない、あまりに驚く光景に私は強く胸を締め付けた。


「あの人たちがこの惨状の元凶ですか……ッ!」


 強い憎しみを持って呟く。一体どこから現れたのか、私達が大穴に落ちて登るまでに時間がかかったとしてもあんな大軍を目の届かない範囲に隠して置くことなんて不可能だ。……もしかしたらさっきのあの魔法陣から出てきたのかもしれない、そんな馬鹿な考え方も今となってはまともに感じる。

 そんな得体も知れない未知の敵に私は為す術もなく苦しい表情をしていた。……だけど中佐はまるで哀れな人を見るような目でその大軍を見つめていた。


「あー……なるほどね。馬鹿だったのか」


 その言葉に私は疑問を抱く。


「え……?馬鹿……とは?」


 こんなに圧倒される状況に置いてもまだ普段通りに冷静沈着でいる中佐。その雄姿に私は再度憧れる。きっとここから逆転するような凄い作戦でも考えているのだろう。


「いやだってあいつらこんな有利な状況で南西にある生産大国のアイスクリーム貯蔵庫を狙わないとかどうみても馬鹿でしょ、私なら全軍率いて一生分のアイス手に入れるけど」


 その言葉を聞いてむすっと口を膨らませる。

 ……まぁそんな事だろうと思った。ええ、思いましたよ。中佐は極度のアイス中毒者、アイスに人生を奪われた人、それはもう本当に酷くて戦争中に自分の指揮放り投げてアイス食べに行くほど。そのせいで味方が敵と刺し違えて全滅したというのに帰還したら自分の功績にしたらしいですし……天災の由来はここから来たと言っても過言じゃないのかもしれませんね。

 私は中佐よりさらに憐みの目で中佐を見る。


「アイスクリームの貯蔵庫って何ですか……茶化さないで真面目に言ってください」


 アイスを否定されて少しショック気味の中佐だったが今度は真面目な表情をしてこう答えた。


「……あいつらは私達を確実に殺す手段を失ったんだよ。これは捉え方によるのかもしれないけど、私達にとって一番怖いのは「敵の存在がわかってもどこにいるのかがわからない」と言う事、さっき言った知覚外からの攻撃が人間にとって一番恐怖なんだよ」

「確かに見えない敵は怖いですけど、見えても状況が変わらないのでは……?」

「ううん、大いに変わるよ。仮に敵が見えないままこの状況が続いたらどうなると思う?」


 敵が見えない状況、つまり私達が今ここで敵を見なかった場合……。それはもう敵の次の攻撃に怯えながら逃げ惑う人や防壁を作る国など様々になっていくと思う。

 私はその中でも最も的確な意見を探り当て、口に出す。


「国は混乱しながらも態勢を立て直して敵の情報を掴みに行くと思います」


 少なくとも強気なヴァンクール帝国ならこうするだろう。だけどいまいち今の状況と何が変わるのかがわからない。中佐は当然知っているのだろう。


「そうだよね、そこで常識的な考え方をしたら今後どうなるかな?どうなっていくかな?」

「……!」


 そこまで言われて私もようやく気付いた。


「そう、少なくともヴァンクール帝国とルクセンライト王国は互いに疑心暗鬼になり他国に疑いを持ちかけるだろうね。なんせ"攻撃されただけで敵の姿を見ていない"んだから」


 中佐の言いたいことがようやく伝わる、そう、これは本当に捉え方次第の考え方。コンピュータ上に掛けたら1も変わらない情報量。だけど──


「疑心暗鬼に陥った国はやがて他国と冷戦をはじめ、戦争へ発展する。次いつ同じことをされるか分からない各国は例えどの国が攻撃してきたのか、その確証が無くてもすぐに戦争を始める、始めるしかない。だって"あんな強大な攻撃をまたされたらとんでもない損害になってしまう、だからどの国の攻撃か確信はないけど怪しい国から今のうちに仕留めないと"。そう結論付けるはず。そうして大国同士が削り合い、ボロボロになったところで黒幕が姿を現して侵略を始めたら確実に帝国を、いや世界を征服することだって出来たはずだよ。それなのに今この時点で自分たちの姿を現したら相手から明確に敵だとバレてしまう、それどこかこの世界全てを敵に回している状態になったんだ。 彼らがもし味方に死者を出さない戦争の仕方を好むのなら、技を仕掛けて姿を現すなんて愚の骨頂のような行動はしない。と、私は思うんだけどね」


 憶測に次ぐ憶測。だけどその意見を聞いて間違いなくこうなっていくと私ですら予想できるほど的確な答え。敵は攻撃だけして身を隠していればそれだけでこっちは自滅していた可能性があったのだ。

 私達は『常識』と言う概念に囚われて。まさか地球とは違う世界に住んでいる人達が敵だなんて思うはずがない、その可能性が出てきたとしても現実的に認められるはずがない。

 そう、彼らは私達から見たら『非常識』な存在、最後まで姿を現さなければ確実に侵略出来る権利を持っていたのだ。


 だけど彼らは姿を現した、それは絶対に勝てるという権利を自ら放棄したのに等しい。だから中佐は「馬鹿」と言ったわけですね……。あの一瞬でそこまで推測するなんて凄い、凄すぎる。想像力が豊富と言えばそれまでだろうけど、中佐の場合はそれが情勢を鑑みて確実に流れを読んでいるから本当に凄い。


「た、確かに……流石中佐です」


 あまりの知能の差に簡易的な言葉しか出なかった。


「だけどこれはあくまで私達が必ず負ける可能性が消えた、と言うだけで普通に死ぬんじゃないかな私達」

「え、えぇ……!?」


 さっきまで感心していたのに一瞬で地に落ちる。


「うん、やっぱりどう考えても死ぬね。何あれ、杖でしょ?どうせ魔法でしょ?勝てるはずないじゃん、剣や盾を持ってるのを見れば技術はこっちの方が上だと思うけどあんな強大な魔法?を使うくらいなんだからもう勝てないよ、うん。今日が地球の命日か~」


 空を見上げて軽い声でリズムよくそう答える中佐に私は何回か思考が停止する。もしかして翻弄されているのは私なのでは?


「それにあいつら、どうみても異世界人だよね~」

「異世界人……それはよく遊戯本(漫画)とかで見られるファンタジーに出てくる人物の事ですか?」


 中佐は昔から本当にマイペースで、娯楽に関しても軍で一番嗜んでいる程博識だ。1000年以上も前のゲームを知っていたりする辺りアイスに続いて相当なのだと思う。


「……いや、事態はもっと現実的かもね。これはファンタジーなんかじゃない、未知の力を持った者たちによる一方的な領土占領の虐殺だよ、戦争と何も変わらない」


 確かにそうなのかもしれない、現実でこの物事が起こっている以上ファンタジーなんて付け加えられるわけがない、こんな生々しい現実に幻想を求めているならそれは言葉の崩壊に等しい。


 そんなこんなで私達が会話を続けていると、やがて異世界人達の広大な動きが始まった。


「あ、中佐!ついに動き出しました!」

「よし、私もなんとか動けるようになったし、移動しようか。あいつら何処に向かっている?」


 異世界人達が進んでいく方角を見て、私は血の気が引いた。


「ば……ヴァンクール帝国に向かっています!」

「何!?それは不味い!タナトス州の霧やルクセンライト王国の残骸の多さから見て異世界人ならどう考えてもルクセンライト王国に向かうと思っていたのに!わざわざ敵兵の多い所に向かうなんて本当に馬鹿なんじゃないのッ!」


 突然冷静さを欠き始める中佐。一体何を焦っているのか愚考な私には一瞬わからなかったが、それは少し考えれば理解出来た。


「あっ……り、リアさんが……」


 そう、中佐の妹さんがヴァンクール帝国にいるのだ。いくら帝国とはいえ魔法を使ってくるような未知の存在に無傷で対抗できるわけがない。中佐は自分の命より妹さんを優先するほど大切にしているのが見て取れる。その妹さんが命の危機に陥れば焦るのも当然だ、私も中佐の部下としてこの事態を見逃せるはずも無い、すぐに向かわないと。


「急ぐよアリス!」

「はいっ!」


 私達は異世界人に見つからないように回り道をしながら駆け足で中佐の妹──リアさんを迎えに行くため母国ヴァンクール帝国への帰還を試みた。


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