第3話「寝ていたら帰る場所が無くなりました」
『それでも戦う』
──無様だな、何度も何度も同じことを繰り返す。これが人間たる所以か。
『戦えば、必ず勝利が』
──小娘よ、何故逃げない?勇敢と無謀を履き違えている死にたがりにしか見えぬぞ。
『希望……が……』
──貴様らの考えていることが我には解らぬ。貴様らはこんな小娘に幾度も死を与えさせるほど無慈悲なのか?
『リ……ア……』
──ああ、狂ってしまったではないか。貴様達はまたこの小娘の記憶を消して我に挑むのか。悲しき異世界の人種よ。
『……』
──時間か、ならば次の輪廻でまた逢おう。だがその精神状態では例え記憶を消し去ってもまともに喋る事すら出来まい。次こそはその身を滅ぼす結果になろう。さらばだ、哀れな傀儡よ。
重く、苦しい景色が変わり、身体が軽くなる。
「────さ……」
天国のような微睡みを妨げるものに嫌悪感を覚える。
何者にも縛られない永遠を生きているかのような楽園、そう、ここはアイスクリームを無限に食べられる。食べられるというのに……。
「────中佐」
声が大きくはっきりと聞こえ始め、それによって意図せず意識が覚醒していく。
いつもそう、私はいつも最高に気持ちよく寝てる時に邪魔が入る。
「……」
「中佐、起きてください。……中佐!」
あぁもう、こうなったら寝てるフリを。
「……くぅ……くぅ」
「寝てるフリをしてもダメですよ!起きてください!」
クソ、せっかく人が気持ち良く寝ていたのに無粋に起こすなんて酷いやつだ。
中佐、そう私は中佐だぞ、上官に対する接し方がなっていないではないか。
頬を膨らませながらゆっくりと目を開ける。
私を覗き込む可憐で勇ましい瞳。目の前には私の最も信頼する部下であるアリスが居た。
「……なんで君はいつも私が寝てるのを邪魔するの?」
「はぁ!?中佐が死にそうだから助けに来たんですよ!」
「私生きてるけど」
この子は何を言っているのだろうか、私は見ての通りピンピンしてる。
徐に首を傾げると勢いよく怒鳴られた。
「これから死ぬんです!現状わかってますか!?戦争中ですよ!戦争中!ここ敵地ですよ!?最・前・線ですよッ!!」
……あ。
私は忘れていたと言わんばかりに虚空に顔を向ける。
──事実忘れていた。
「もう敵の進軍が目の前まで来ています!寝るなんて言ったあと通信がないから中佐の身に何かあったんじゃないかと心配してきてみれば……まさか本当に寝てるなんて思いもしませんでしたよ!正気ですか!?」
「げ、現実逃避を少々……」
そう言うと物凄い血相で怒りながら迫ってくるアリスに私は後ずさる。アリスさん私の部下なのに怖いです。
「はぁ……中佐がいない間指揮の行き届いていない幾つかの部隊は全滅しました」
「えっ」
アリスから突然告げられた報告に私は一瞬で硬直する。
「ウォール障壁は奪還不可能、一部抑えていたタナトス州も完全に体制を整えられました」
「えっ」
「残っている味方軍との通信は取れません、全滅したか、運良くても生き残っているのは数える程度でしょう」
「じょ、冗談はやめてよアリス……私の兵20万はいたんだよ?」
この子何言ってるのと言わんばかりに目を見開かせながら口を開く。
目の前の子は決してこんな冗談を言うような子ではないと知りながらも口に出してしまうほどの衝撃だった。
「だからその20万が全滅しました、まぁ相手が300万の勢力なのですから負けて当然の戦いですけどね」
アリスはやれやれと首を振る。
私のせいで味方軍が全滅したのだ、そう、私が寝ていたせいで。
アリスに聞くとどうやら2時間は寝ていたらしい、外の兵士は壊滅、敵軍は別部隊に合流するべく私の小屋まで攻めてこなかったらしい。
まぁ小屋に誰か入ったら寝る前に入口に設置した数台のカービン銃が自動発砲する仕組みになってる、音がでかいのでそこで起きる寸法だ、ヴァンクール帝国ではよく使う。
アリスはそれを知ってか丁寧に入口のカービン銃を外していた、流石である。
しかしこの戦況、そして私の愚行。これを鑑みれば……。
「……私今帰ったら」
「敵前逃亡、指揮の敗退で極刑ですね」
背筋が凍りついた。
元々ヴァンクール帝国は勝利のみを貪欲に求める国であり、基本勝ち戦しかしない。
負けるとわかっている戦いにはいらない兵を送り込み、敵の戦力を少しでも削るのが戦略と聞いたことがある。
そもそも強大な技術力を持つヴァンクール帝国はルクセンライト王国に本気で戦争を仕掛けたら勝てるはずなのだ。
私は寝る前から、いや始まる前から駄目だとある程度は確信していたが援軍が来るものだとばかり思っていた。しかし現実は援軍どころか支援の一つもなかった。
「まぁ、私達は捨て駒にされたという事ですね。ヴァンクール帝国にとって邪魔な存在だったということでしょう」
「……私の帰る場所は?」
「土」
……ははっ。笑えねぇぞこんちくしょう。
だが納得が行く。彼女、アリスは多方面から嫉妬を駆られていたからだ。
アリス、年齢は16歳で私の一つ下。
私と同じ幼年期から軍人に入っており僅か数年で軍用訓練を乗り越え実践試験を合格。生まれ持った異質な運動神経と武器を巧みに扱うずば抜けた技術で若人ながら大隊長まで就任、指揮も任せられるが折角の戦闘要員を後ろに回すのはもったいないと上が判断し、階級は大尉止まりとなっている。
容姿も良く外目は美少女であることから味方には士気の底上げを、敵には誘惑をと皮肉にも戦場を有利に駆け巡る事が出来る優秀な兵士だ。
しかしアリスはあまりにも優秀過ぎた。アリスの属している軍はとてつもない士気を高め、アリス自身に信仰、所謂ファンが幾つも集まるほどである。
そうなると困るのは支持を集めようとする貴族や帝王だ。
今は使える兵だからいいもののやがて軍が大きくなるとアリスだけで小さな国が出来る可能性が現実的になるからだ。
そしてアリスの親族は貧民、本来地位すらも与えてはいけない存在、アリスの父親には敵視されているため尚更放っておくことは出来ない。
──となると一番使えるうちに戦死させるのが最善だと考えたのか。
「──アリスはわかるけど、なんで私まで捨て駒にされたの?」
私は確認でも取るかのように軽い言葉で投げ掛ける。そう、私は優秀な中佐なのだ、邪魔になるはずがないのだー。
「中佐、それは冗談で言っていますよね?」
返ってきたのは予想通りの答えだった。
はぁ……と深い溜め息をつきながらジト目でアリスを見つめる。
「帰ることが出来ないなら敵軍から逃げても意味無いじゃない、どうするの優秀な優秀なアリスさん?」
アリスはビクッとなった後黙って目を逸らした。逃げる方法がないのに逃げるなんて言ってたのか。わかったぞ、こやつめ、一人で死ぬのが怖くて私の元まで駆けつけたな。
とは言え流石に死に方くらいは選んでも文句は無いだろう、少なくとも上官の私は許す。
「はぁ……死ぬならせめてリアに顔合わせてから死にたい」
軍に入る以上いつ死んでもおかしくはない、だが私はまだ率先して死ぬ覚悟が無い。死ぬこと自体を恐れているわけではなくリアがいるからだ。
リア──私の妹が祖国で待っているというのにこんなに早く戦死するとは流石に思わなかったな。
リアは私と違い病弱で戦場に赴くことなく、小さな病院のベッドで生活している。もう5年も会っていなかった、せめて最期くらい顔を見せてあげたかったものだ。
「中佐の妹さんですか……私も一度は会ってみたいですね」
「とっても可愛い子よ、私の生き甲斐なの」
「……」
アリスはその言葉を聞いて俯き黙ってしまった。
「あはは、でも今顔合わせてもお姉ちゃんじゃない別人に思われちゃうかもね」
いよいよもって自虐し始める私にアリスが顔を上げ止めに入る。
「中佐っ ────ッ!?」
しかし、同時に地面が揺れた。揺れた、なんてレベルじゃない。
──崩壊した。