★第2話「うっかり仲間を殺しちゃったけどそんな事よりアイスクリームが食べたい」
「オラオラオラァ!」
「当たれ当たれぇーっ!」
向かい撃ちが成功したお陰で本拠地軍の士気は最高潮に達していた。
敵との距離数千もある中ひたすら豪雨の如く銃弾の嵐を御見舞する兵達はヴァンクール帝国の傲慢な意志が受け継がれたものと思える。
普通ならある程度距離が離れていれば的に当てるのは至難の技と言える。それを成し得るのは相当の技量を積んだ兵士か、当たるまで撃ち続けるかのどちらかだ。
最前線の拠点である此処は4万もの兵士を待機させている。理由は当然私が死にたくないからだね。
そしてその4万もの兵が放つのはヴァンクール帝国最新式のスナイパーライフル。長さ2m重さ15キロの巨大な武器で持ち運びがとても不便、しかしとんでもない程高精密で、直線上であれば一般的な兵士が2000m先の的を百発百中で当てることが出来るほど優秀。それは風の抵抗をほぼ完璧に無力化できる程の圧倒的砲口初速を成し得ているからである。
他にも昔から使用されている使い捨て型のロケットランチャーや現代に改良された対空砲など、まさに戦争の為に戦争をしているかのように兵器は進化している、戦況は傾きつつあった。
鳴りやまない銃声が辺りを包み込む、ヴァンクール帝国の向かい撃ちにより敵機は半数が墜落し、一見有利かと思われたが──
「ん? なんか飛んできて……」
私は眉を顰めて遠方の小さな塊を見ると血の気が引き真っ青になった。勘と経験から一瞬で予測したその軌道は、──直撃コースだった。
「あ、これ死んだ」
私はそう呟くと体から余計な力を抜きほっこりと笑顔で悟りを開いた。
うん、もうダメ。さようなら私の人生、どうせ死ぬなら一度は学校に行ってみたかったな~。あとリアにも会いたかったな~。あとアイスも食べたかったな~。あとは……
などと未練たらたらの遺言を心の中で言い続けながら目の前に迫りくる命刈り取り弾を見続ける。──体制を整えた敵軍が連射型の小型ミサイルを撃って反撃に出てきたのだ。
そう言えばルクセンライト王国は新型ミサイルの開発に成功し威力をそのままに僅か20cm程の小ささと3秒に1発撃つことの出来る有り得ない連射速度を身に付けたって父親に絵本で読み聞かされてた事を思い出しました。ダメだこりゃ。
「中佐! 前方から小型ミサイルが──ぐぁァーっ!?」
「対空隊は何して──ッ……」
「機関銃で撃ってきたぞ! 対物ライフルを防げる戦車に乗れ!」
「少尉! 応答願います、少尉!」
「爆撃だ、防空を───ウワぁァァッー!」
「馬鹿野郎! 戦車に乗るな! 纏めて爆撃され──ギャぁァァッ!」
気付けば眼の前は阿鼻叫喚となっていた。私の目の前で次々と兵士がぶっ飛び続ける。
物資に余裕のあるルクセンライト王国は小型ミサイルをお掃除でもするかのように私の拠点に撃ちまくるのだ。まさに慈悲の欠片もない。もう何が何やら、爆音が周りを包み込み前も後ろも砂と土と血と煙で何も見えなくなっていた。
私? 私は自分専用の小さな地下に逃げ込みました。死にたくないので。死ぬ気も無いので。頑張ってね兵士さんたち。
最初は何故か敵の混乱のお陰で半数以上を撃墜することに成功したけどそれでも相手は飛行機様お空様。
編列を整え縦横無尽に飛び回る戦闘機相手に下から撃っても滅多に当たることは無く機関銃やら爆撃やら落とされて気付けば本拠地は無惨な姿になっていた。
「……なんか疲れた」
本拠地を制圧したと思ったのか敵機の半数が進路を変えて今来た道を逆戻りしていた。
どうやら上空から残っている我が軍を殲滅するつもりだ。
「もういいかな、疲れた、私頑張ったよね?頑張った、よし。帰ろう」
目の前でまだ残っている航空機と戦っている兵士がいる中私は1人帰ろうとしていた、歩いて。
どうせもう負けだしいいでしょ、と軽い気持ちで戦線離脱をしようとすると──。
「中佐、どちらへ?」
かなり地位の高い優秀そうな兵士が話しかけてきた、これはまずい、こんな大敗で逃げるのがバレたら中佐にして敵前逃亡と掲げられる。
せめて形だけでも戦線離脱にしたい。
身体のどこも怪我をしている訳では無いけど疲れが溜まって判断能力が鈍ってきている、お腹もすいたし。私は死んだ魚の様な目をしながらふらふらと返答を繰り返す。
「大事な用があるからついてこないで」
「大事な用……とは?」
「おうちかえる」
「……は?」
あっ……つい口が滑ってしまった。
不味い、やばい。これを上に知られたら私死刑だ、吊るされる。間違いない。死ぬのは嫌だ。
こいつは目撃者、目撃者、イカシテオケナイ。
「それは敵前逃亡ということで──」
「やっぱりおまえがおうちにかえるんだよ!」
「え?」
私は腰に下げてたカービン銃を素早く手に取りフルオートで発砲した。
「ぐはぁッ!?」
至近距離であったため完璧なリコイルコントロールでほぼ全弾命中させた。
木っ端微塵になった優秀そうな兵士、ああ、ついにやってしまった。罪のない味方を射殺してしまったのだ。でもまぁ戦場では法もクソもないと子供の時に教えられたので私は無罪である、誰が何と言おうと無罪である。
そして幸運なことに兵士と私のやり取りを敵軍と戦闘している他の兵士は見る余裕もなく私の悪逆はバレずに済んだ。
しかし発砲音は聞こえたみたいで「中佐も戦うんですね!」「中佐をお守りしろー!」などと勝手に誤解され逃げる手段を失った。ああもう最悪、せめてアイスだけでも蓄えたい。
◇◇◇
──それから1時間が経とうとしていた。
私はふと空を見上げる。かつて青いと言われていた空は灰色に染まっていた。これは戦争が始まる前、私が生まれる前から灰色だったらしい。
かつてこの地、アメリカと言う合衆国が核と言う世界を滅ぼし得る兵器を軸に世界を巻き込んだ第三次世界大戦が行われ、地図が書き換わったらしい。
そして数十年前には第四次世界大戦が勃発、この時はいくつもの火山が噴火したり大陸が沈んだりくっついたりとめちゃくちゃだった。
この時から空が灰色に変わり太陽が直射するのも珍しいまであった。
戦争は互いの資材不足で中途半端な決着を迎え、現在に至る。
ほとんどの国は冷戦状態で数カ国はヴァンクール帝国と小さな戦争をしているというのが現状だ。
もしかしたら第四次世界大戦はまだ終わっていないのかもしれない。
そして今着々と物資を確保しているルクセンライト王国は後に大国になるのは目に見えているため常にトップであり続けるヴァンクール帝国は前々から敵視していた。
「……」
再び灰色の空を見上げて雲を凝視する。
これが世界の望んでいることなのか、ヴァンクール帝国の目指すものなのか、祖国の意思なのか。
そんなことを考える────はずも無く。
「アイスクリームみたいな雲だな、アイスクリーム食べたくなってきた、疲れた、アイスクリーム食べる、おうちかえりたい、寝たい、眠い」
なんて事を考えていた、と言うか口に出していた。
「……ち──……さ……────」
憂鬱そうに首を垂れる私の無線機からノイズの走る声が聞こえる。
私と同じく若い女の声。──あぁ、彼女か。
「──……─────中佐!」
「なに」
もう立て続けに起こる災難で嫌な予感しかしない。これ以上はめんどくさい。私の思考回路が段々と緩く解ける感じがする。
「北西50km先、ウォール障壁戦地で敵軍に制空権を取られました!至急次の指示をお願いします!」
よし、もう寝るね。おやすみヴァンクール帝国。