プロローグ──いつもの日常
私は空を見上げた。灰色に染まった空。
かつて青かったと言われている空は色を失い、煙と爆炎で埋め尽くされていた。
「疲れた、疲れた、おうち帰ってアイスクリームたべたい」
その声に反応するものはいなかった。
目の前では戦車が吹き飛び、銃声が鳴り響き、血の吹き飛ぶ音がここまで聞こえてくる。
まさに阿鼻叫喚と化している戦場、私の独り言など一瞬で轟音の中に消え去っていった。
「──中佐……─────中佐っ!」
渦巻いている血と砂の煙を全体に浴びている最中、無線機からノイズ混じりの声が聞こえてきた。
電波に問題は無いのかもしれないけど、轟音のせいで声がかき消されているのだろう。
あーもう、せっかく寝ようとしてたのに。
「なに」
私はやる気のない返事と共にダンゴムシのように蹲る。
ダンゴムシ……もう食べたくない……。と謎のトラウマを蘇らせながら。
「北西50km先、ウォール障壁戦地で敵軍に制空権を取られました!」
「……あそこレグナルド防空連隊と四個中隊フィレ指揮の航空隊が占領してたんじゃなかったの?」
「だからそれが破られたと言っているんです!」
物凄い怒鳴り声を無線機越しに発してくる。相当頭に血が上っているんだと思う。
でもそれは私も同様……だってあそこうちの戦力の2割もいるのよ?いったい何万人死んだのよ。
「このままだと日没までに中佐の本拠地まで進軍される可能性があります!一刻も早く逃げる準備を──」
「……そっかー、レグナルドもフィレも、他の兵士もみんな死んじゃったのか……」
私はダンゴムシ状態を解き、腰をゆっくり上げる。小さく頷き決意を決めると死体の山を掻い潜り辺りに落ちてるアサルト型の小銃と弾薬袋を掻き集めた。
「中佐……?何をされているのですか……?」
銃器を集めている音が無線越しに聞こえたのか驚嘆に身を震わせ慌てている。
私とて一人の軍人、自分の不甲斐ない指揮のせいでこんな惨状になってしまった。もう後戻りは出来ない、それならばすることは決まっている。
「まさか……!」
ふむ、察しがいい部下は好きだよ。
私は抱きかかえるように銃を3丁程持つと、「よし」と一息ついて空を見上げた。
灰色の晴天、暗闇の未来。戦争が言葉を持つのならば、私にその先を尋ねると言うのならば、……答えよう。それが例え正しい行動じゃなくとも、貫いてみせる……!
「おやめください!一人では危険です!せめて増援を待ってからでも──」
「──寝る」
爆炎と轟音に包まれていた戦争の猛然たる勢いは一瞬で沈黙へと変わり果てた。
「え?」
「寝る」
「……え?」
「おやすみ」
「中佐ーーーっっ!!?」
この後味方の全軍は突如として消え去った私の不在で大混乱を引き起こしていた。