えのぐ
「凶器は人を傷つけるからこそ美しいと思うんだよ。」
身体の芯から、そして身体の表面をなぞって白い膜が張られているのではないかと錯覚するほど白くて美しい芸術作品の様な彼の口から、また新たな芸術作品が発せられた。
「へぇ。」
私は何とも気にしていない様に返事をする。まぁ、実際気にしてはいないのだけれど。というよりはいい加減に慣れてきた。そして分かってきてしまったのだ。彼の死を美しいと思う気持ちが。それなら、
「リスカとかも美しいの?」
私は反撃に出てみた。ただ彼のいう死生観を頷いて聞いているだけでは何故こう思うのかは明確ではないが悔しかったし私も死に対する少しのアピールをしてみたかった。
「あぁ。それならこう切って出た血を……」
彼はそう言って制服の上から芯が出たままのシャープペンシルで自分の腕を何度も何度も切りつけるジェスチャーをした。今までの私ならばなんか痛そう、やめようなんて言って純情で間抜けなフリをしたかもしれないけれど、今は違う。興味深そうにシャープペンシルの先を見つめて彼の言葉の続きを奪ってみる。
「あぁ!その血を絵の具にして自分の好きな人に絵を渡したりするのね!!ステキ!!」
………。あらら、少しやり過ぎてしまったかしら。でも実際自分の腕を切った血で絵を描いてプレゼントするなんてなんてロマンチックなんだと思いませんか。生まれたばかりの赤ちゃんのほっぺの色に血の絵の具が使われていたら最高、好きな人の肖像画の唇の色に使われていたら最高、そう思いませんか。
「あぁ、血が絵の具……。ピンクとかなら美しいかも。」
なるほど。彼の死生観というのは一種の芸術の様なものであるのか。私はそこから想像を膨らませる。ピンクね、ピンク。それなら水色や黄色があったらカラフルでいいかも!傷口から垂れた色が混ざり合ってまた新しい色が出来て…なんだか本当に見たくなってきました。なので、
わたしは、かれをさしました。
彼はちょっとだけびっくりしました。でもやめてとは言いませんでした。だから私は、いろんな色を見るためにいっぱいいっぱい刺しました。しかし出てくるのは赤黒い液体ばかりです。
「こんなの、血じゃないよね?どこ?血、どこなの?何処に隠してるの?」
私は彼に問いかけましたが彼が言うのは「うっ」とか「あぁっ」とか人間以下の言葉です。私は少し、機嫌というものが悪くなりました。さっきまで普通に話していて人間だと思っていたのに、私の問いかけに対して人間以下の言葉で答えるなんて私を侮辱していると思うからです。だからお仕置きに首を絞めてやりました。刺すのなら絵の具が出てきて彼も嬉しいだろうけど、首を絞めるのは絵の具が出なくて彼も嫌がると思ったからです。不思議なことに、彼は抵抗しません。首に手を回されてあったかくて良い気持ちになってしまっていないか心配だったのでもっともっと力を一生懸命込めました。
「ゴホッゴホッ。」
遂に彼は人間以下の言葉ですらではなく、息の吐き方や吸い方を間違える様になってきました。
「サンタクロースの笑い声の真似にしては下手すぎるわ。」
私はそんなおちゃらけた事を言って、彼を笑わせれば息も吸えて人間の言葉を話し絵の具が何処にあるのか教えてもらえるのかと思ったのですが、普通に彼は死にました。
私は力を入れ過ぎて疲れたので手を離しました。するとそこには、紫、赤、青といった色がついていました。
「なぁんだ、ここに絵の具を隠していたのね。」
私は嬉しそうに笑いました。