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仮面のゲハイムニス 上

 



 とあるパーティーで、私は恋に落ちた。一目ぼれだ。


 彼は、法律事務所で働いていた。長身で、スーツがとても良く似合っていた。爽やかな笑顔。包み込むような優しい声。何より惹かれたのが、正義感あふれる凛々しい目だった。彼は、誰にでも分け隔てなく、温かい眼差しを注いでいた。


 彼に近づきたい。彼と一緒にいたい。彼に触れて欲しい。その新しく芽生えた熱い気持ちが、たちまち、私の小さな胸を占有した。


 彼は社会人で弁護士。私は法学部の貧乏奨学生。日常に接点はない。パーティーへ行ったのも、その時だけのアルバイトだ。しかし接点がない以上に、私は非常に大きな問題を抱えていた。


 私の顔は醜いのだ。だから今まで男性と付き合ったことなど一回もない。中高生の頃は、異性から「ブス」としか言われたことがなかったし、死んだ両親ですら、私の顔に関しては、言葉を濁すほどだった。


 彼の働いている事務所を調べても、そこへ出かけて行って、彼に声をかける勇気は、まったくなかった。ゼロだ。嫌われるに決まっていた。


 そうして、毎日を悶々と過ごしていた時、町中で、怪しい占い師が私に声をかけてきた。黒っぽいワンピースにショール、うすい紫のヴェールを顔につけている。


「向こうにある古道具屋を訪ねなさい。そうすれば、あなたの悩みはなくなるわ」


 新手の客引きかと思った。しかし、私は「もしかして…」という、藁のような希望を捨てることができなかった。


 うす暗い古道具屋。埃だらけの多国籍の品々が並んでいる。店主は小柄なおじいさんだ。何色なんだか分からないニット帽と丸い眼鏡をしている。彼が出してきたのは、ひとつの仮面だった。白い能面のような不気味なものだ。材質は木でもプラスチックでもない。


「これは魔法の仮面だ。つけると自分の理想的な顔になる」と店主は説明した。


 信じられなかった。信じられなかったが、試しに、大きなアンティークの鏡の前に立ち、その場で仮面をつけさせてもらった。すると、その白い仮面は、ぐにゃりとうごめき、今まで見たこともないような、美しい顔に変わった。モデルや映画スターにも、こんなに綺麗な顔はなかったと思う。私は驚きのあまり言葉を失った。


「これで、男性をふり向かせることはできる。そこから先は、あなたの努力次第だな」と店主は言った。


 私は泣きに泣いた。ゼロだった可能性。それがこれで変わるかもしれない。私でも幸せになれるのかもしれない……。




 それからというもの、私は仮面を外すことがなかった。常に、寝ている時もつけていた。そして、死に物狂いになって勉強をした。毎日、むさぼるように本を読んだ。すると、しばらくして、彼がいる事務所にアルバイトとして雇ってもらうことになった。司法試験の勉強をしながら、彼のため、事務所で働く先輩のため、積極的に仕事を頑張った。


 私の美しさに惹かれ、大勢の男性が声をかけてきたが、私は丁寧にすべて断った。彼からの「ありがとう」「いつも助かるよ」などの言葉。それだけで嬉しかった。美しい顔を手に入れても、彼に声をかける勇気はまったくなかった。所詮しょせん、この顔は仮面、いつわりなのだ。


「彼を狙ってるのかい?」と職場の同僚が言った。

「え、どうして?」と聞くと、その同僚は、

「彼は堅物すぎるよ。どんな美女にもなびかないんだ。やめとけ」と答えた。

 私は「ふうん、そうなんだ」と思った。確かに、彼はどんな外見の人でも公平に接していた。美女に贔屓することなんて、まったくなかった。


 彼は非常に優秀な弁護士だった。担当したクライアントは全て無罪になった。


「罪を犯していない人の依頼だけ請け負えばいいんだよ」と彼は言った。

「しかし、誰もが真実を言うとは限らないじゃないか」と同僚が言うと、彼は、

「僕には相手の面が分かるのさ」と言った。私たちは、みんなで笑いあった。


 二年が過ぎたころ、彼と私は付き合い始めた。彼の方から声をかけてきたのだ。天にも昇る気持ちとは、このことを言うのだろう。私は嬉しさと驚きとでショック死 寸前だった。しかし、幸いにも天国に召されることはなかった。


 そして、一年後。私たちは結婚することになった。プロポーズも最高だった。これから一生、愛する彼の傍にいられる。私は、なんて幸せなんだろう、と思った。


「大好きだよ」と彼は言った。

「どこが好き?」と私が聞くと、彼は「すべてさ。君は?」と言った。

「私も大好きよ」と言うと、彼は「どこが好き?」と聞いた。

「すべてよ。特に澄んだ目が好き」と私は答えた。


 本当に幸せだった。だけど、ひとつ不安に感じることがあった。私が仮面をつけていることだ。彼は、私の素顔を知らない。もし、仮面をはずしたら、どうなるのだろう。


 これはまるで、いつ効果を発揮するのか分からない、毒薬のようだった。








続きは明日

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