神明裁判
「これより大英雄イデア・エルグリフ様の鎧を盗み出した罪人の罪を決めるべく、ここに神明裁判を開廷する。被告人。前へ」
神明裁判……
確か神の奇跡を頼りに真実を明らかにする裁判だったか?
その神の不手際でこんな事になってるんだから、真実も何もあったもんじゃないな。
「まずは被告人。名と職業を」
「名は神崎玲二。職業は学生……冒険者だ」
それにしても凄い人だな。
四方八方人だらけ。
建物の作りはあれだな。
コロッセオとか古代の闘技場に法廷を建設したような感じで周囲のプレッシャーが半端じゃない。
知った人は居ないし当然味方もいない。
これからの流れも一切読めないから全部行き当たりばったりで対処するしかない。
「ふむ。カンザキレイジよ。まずは主に問おう。主にはイデア・エルグリフ様の鎧を盗み出したとして窃盗の容疑がかけられているがそれは真だな?」
真だな?と来たか。
まぁ現行犯だから仕方がないのか。
「いや、俺はあの鎧を盗み出してはいない。これは無実の罪だ」
「現行犯で取り押さえられたというのに主の罪を否定するというのか……。まぁよい。ならば神明裁判の法に則り雪冤宣誓を執り行う……と言いたいところなのだが、カンザキレイジよ。1つ主に聞きたい事がある」
「なんだ?」
「主は一体どこの国の出身なのだ?神明裁判を行う際、被告人のありとあらゆる情報は調べ上げることになっている。だが、おかしな事にどこの国、街、村に問い合わせても主のような者が存在していた痕跡が無いのだ。しかもこの世界に住まうものならどんな悪党であれ持っている筈の身分札も持ち合わせていない。正直なところ、裁判が開廷されるまで主の名前すら分からなかった状態だ」
あぁそうか。
俺はアルテュールの力でアリシアに突然出現した人間だから俺の過去の記録が全く残っていないのか。
「手練れの暗殺者やスパイでも名前と出自ぐらいは把握できるというのに。だが、それ故に今の主には雪冤宣誓を執り行う権利が無い」
「そのちょっといいだろうか?」
「なんだ?」
「その雪冤宣誓ってなんなんだ?それをするには何か条件が必要なのか?」
「なんと。雪冤宣誓を知らぬのか?こんな常識的な事をわざわざ嘘を吐いて騙す理由も無い故本当に知らぬのだろうが……まぁよい。雪冤宣誓とは被告人、つまりは主が罪の否定をした場合に主の知人12人が被告人は正直者であると人格保証をする事だ。もっとも今回は現行犯で確保されている為如何なる理由があってこのような罪を犯したのかを証言してもらう事になるが」
12人の知人が俺の人格保証をする……
そういう事か。
「だが、主の出自が不明な以上、主の知人を探し出してここに連れて来ることは叶わず、雪冤宣誓そのものが行う事が出来ない。もし、雪冤宣誓を望むのであれば出自を明かし、ここに知人を呼ぶ必要があるがどうするのだ?」
どうするも何も俺には知人も家族も誰もいない。
呼べるような人なんて誰もいない。
これじゃ何も出来ないじゃないか……!
「知人は、呼べない。出自も明かせない」
「……そうか。ならばこのまま神判を下すとしよう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!このまま神判だと!?すぐに刑が執行されるのか!?」
「当たり前だ。他に何をすると言うのだ」
「被告人自身の証言とか!弁護士の冒頭弁論とか!あまり裁判には詳しく無いけど他にも何かやる事はあるだろう!?」
「ベンゴシ?ボウトウベンロン?主が何を言おうとしているのかは分からないが、主にかけられた罪が真実であるかを雪冤宣誓の内容と有無で見定め、罪に応じた罰を与える。それだけを行うのが神明裁判だ」
くっ……!
他に何か無いのか!?
地球の裁判とは形式が違うのは神明裁判と聞いた時点で分かってた!
でも、なんとかこのまま終わらせない口実を作れないか!?
「……諦めよ。知人は呼べぬ、出自は明かせぬ、そんな不審で罪を犯した嫌疑のある者に救いなどない。大人しく裁きを受けよ」
「待ってくれ!あの鎧を盗んだのは俺じゃない!女神アルテュールなんだ!」
「貴様!!!己が罪を晴らせぬからと言ってアルテュール様を侮辱するつもりか!」
「違う!本当の事なんだ!」
この際もう俺が異世界人だと言う事をバラしてしまうか?
少し過ごしにくくなるかも知れないがこんな大罪を背負っていくよりはいくらかマシな筈だ!
「分かった!俺の身分を全て明かす!生まれた故郷も、育った場所の名前も、俺がどういう人間なのかも!だから俺の話を聞いてくれ!」
「主の話に耳を傾ける理由が無いわ!主が何者であろうと、後々ゆっくりと調べれば良いだけだ!何よりこれは神明裁判なのだぞ!そのようなイレギュラーを受け入れる必要性が皆無だ!」
アルテュールの名前を出したのはマズかったか!?
落ち着いて話を聞いてくれるような様子じゃ無くなったぞ!
「頼む!話を聞いてくれ!俺はこの世界の人間じゃ無いんだ!地球という世界から来た日本人なんだ!」
「黙れ!チキュウ?ニホンジン?そのような国も人種もアリシアには存在せぬ!もうよい!執行官!このものを処刑台に連れて行け!己が罪も認めずただただ恥を晒す罪人など死こそが相応しい!カンザキレイジに死刑の罰をここに宣言……」
こんな……!
こんな理不尽な事があるのかよっ……!?
「その宣言待った!!!」
「何!?」
……誰だ?
「レイジ……もうよい。もうよいのだ。お前だけが罪を被る必要など無いのだ。私が、私達がもっと強ければお前をここまで追い詰める事も無かった。すまない……本当にすまない……!」
え。ちょっと待って。
誰?マジで誰?
「大神官様!カンザキレイジは我々の仲間です!お前達!」
「「「はっ!」」」
「私を含め被告人カンザキレイジの仲間……身内が16名居ます。どうか雪冤宣誓を執り行わせて下さい!」
「なんと。この場面で名乗り出てくるのか……このような大罪人を無関係の者が庇うとは思えぬし、嘘では無いのだろうが……ううむ」
何がどうなっているのかは分からないがチャンスなんじゃないか!?
あれだけ激昂していた大神官も落ち着いてきたようだし。
「馬鹿な真似はよせ!どうして出てきた!こうなった以上俺はもう助からない!今の発言を取り消すんだ!」
「いいんだ!もういいんだレイジ!お前だけが死ぬ事なんて無いんだ!」
「大罪を犯し、身元が分からず、訳の分からない虚言を吐く被告人。……私の意見を述べよう」
大神官もかなり悩んでいたようだし好転してくれればいいが……
「主らの関係が如何なるものかは我々には分からない。この場面で出てきた以上、本当に仲間なのかも知れないし、何か理由があって嘘を吐いているのかも知れない。だが、これは神明裁判。雪冤宣誓を執り行わず、判決に差し掛かった時点でそれを覆す事は叶わない。それが法であり定めだ。故に、主らの進言を却下しこのまま罰を……」
「待て」
なんだ?
あれだけ騒がしかった場内が一瞬にして静まりかえったぞ。
「国王様!」
国王!?
なんでそんな人がわざわざ判決を止めに?
「よい。そのまま続けさせてみろ。如何なる理由をもってしてこのような大罪を犯したのか興味がある」
「しかし!」
「捕まれば死罪以上の罪となる事が分かっている事を厳しい監視の目を潜り抜けて成し遂げてみせた男だ。余程の覚悟が無ければ出来ない事だ。そのような果敢で無謀な勇気を持つものを俺は久しく見ていない。だから続けろ。これは命令だ」
「は、ははっ!」
首の皮一枚繋がったな……
「被告人カンザキレイジとその仲間よ。国王様の命によりこれより雪冤宣誓を執り行う。代表の12名は前へ」
ぞろぞろとさっきの人達が観覧席から降りて前に出てくる。
1人こっちに来るな。
最初に俺の事を庇ってくれた人だ。
「話、合わせてくれてありがとうよ。いい演技だったぜ。後は俺達に任せな」
「こちらありがとうございます。どこの誰かは存じませんがよろしくお願いします」
「さて。主らには本来被告人の人格保証をしてもらうのだが、今回の場合は現行犯で確保されている為被告人の人格保証は必要ない。何故、被告人がこのような罪を犯したのかを証言してもらう」
「分かりました。それでは私からでよろしいでしょうか?」
「では証人。名前と職業を」
頼む。何がどうなっているのか本当に分からないが頼んだぞ……!