GAME最終章
【level.7 最終決戦!大魔王】
ジパングを旅立ってから少し冒険をすすめると、いよいよ大魔王バラモスとの戦いが間近に迫ってきた。人々の話からはバラモス城の具体的な場所が明らかにされ、大魔王に敗れ去った歴戦の勇者の話を聞かされた。武器屋ではその強さを保証すべく法外な値段の剣が売っている。まぁ、RPGあるあるではあるが、終盤になると金は余ってくる。高価な装備品をいくらでも購入できるのだ。最後の戦いに向けて武器、防具を揃え、レベルを上げてステータスを上昇させ、強力な呪文を覚えていく。
いよいよ冒険が終わる。終わったら俺はどうなるのだろうか。どうなるのか知らんが、なるようになればいい。現実世界に嫌気が差したんだったな。何も思うことなどない。ど~でもいい。そうだな、そろそろ話してもいいのだろうか。話そうか、もう少ししたら。
空は快晴。いい天気だ。こんな清々しい日に大魔王を倒していいものか悩んでしまう。バラモス城を前にしてそんなことを考えられるくらいに余裕がある。コツコツ×3とレベル上げを実施してしまった。終わりにしたくなかったのかもしれない。経験値稼ぎについて、イベントを通して然り、街の周辺をウロチョロして然り、そしてあろうことか大魔王の拠点、バラモス城内で然り。そう、もうバラモス城は庭みたいなもので、バラモスの待つ玉座までの道のりは完璧に把握している。場内の宝箱はしこたま頂いた。多分、取残しはないだろう。さすがラストダンジョン、なかなかの代物もあった。そして場内のザコ敵はもう相手にならない。単純な戦闘能力の差に加えて、モンスターの行動パターンもお見通し。場内で経験値を稼いでは退散し、またお邪魔しては失礼する。そんなことで余裕綽々と最後の戦いに挑めるのである。
悪いなバラモス、終わりにしよう。
目の前には大魔王の玉座。今のところバラモスはいない。ただ、分かっている。数歩、歩み寄るとイベントが始まって大魔王が登場、という寸法だろう。準備は出来ている。装備も心も。さぁ、終わらせようか。大魔王を倒して、人々の期待に応えて、世界に平和を取り戻そうか。
「フッフッフッ・・・よくぞここまで辿り着いたな、勇者、春樹よ。褒めてやろう。どうだ、この大魔王と世界を二分しないか。お前に世界の半分をやろうではないか。どうだ、我と共に世界を支配するつもりはないか?」
ここで選択肢が現れた。「はい」or「いいえ」。無論、答えは「いいえ」。さっさと戦いを始めよう。大魔王からの誘いを断り、バラモス様の登場を待った。
随分と引っ張るね。さっさと出てくればいいのに。臆したかな。沈黙が続く。動きがない。待てど暮らせど、大魔王が現れないのだ。
「そうか、ならば仕方あるまい。屍となって後悔するがいい。」
依然として王座は空席のまま。大魔王が現れない。どうした、まさかのバグか、なんて思っていたら。バラモスの代わりに、どうしてだ。優夏がゆっくりと歩き出した、玉座に向かって。俺の呼びかけにも応じない。ゆったり堂々と俺達に背中を向けて歩みを進め、玉座を前に立ち止まり、振り返った。
「残念だが、私に従わないのであれば、死あるのみ。」
そして画面が暗転し、戦闘画面に切り替わった。もう、何がなんだか分かりゃしない。
「優夏!ふざけてないで戻って来い。バラモスが来るぞっ。」
優夏が人に迷惑をかけるような悪ふざけをする性格ではないことはよく分かっている。ただ、他に言葉のかけ方が分からなかった。どこかで『混乱魔法』でももらってきたんじゃないか。それならばもう直、自然回復するだろう。今ならちょっと頭を小突いて許してやろう。だから戻って来い。そんな淡い期待を打ち消したのは優夏だった。
「バラモス?何百年前の話をしているのだ。何世代昔の魔王だ。冗談にしてもB級以下だな。我こそが大魔王。勇者とその仲間に死と絶望を与える者である。」
無情にも戦闘が始まった。周囲がブラックアウトし、最後の、大魔王との、優夏との戦いが。ちなみに優夏の容姿に変わりなし。可愛らしい女の子。耳がちょっとだけとんがったハーフエルフ。喋り方は全く異なっていたが、声は同じ。油断すると笑ってしまいそうになる位の違和感に襲われたが、突きつけられた現実が空笑いすらも許さなかった。それでも俺には仲間がいる。相談できるパーティーが。救いを求めて冬至と周に目を遣った。何かしらの解決策を知っているかもしれない。エセ勇者よりも経験豊富な戦士と僧侶。打開策を知っている可能性はゼロではない。
無表情。あっという間に微かな糸は断ち切れてしまった。ここに来て人格が抹消された。詰まる所、町や城の一般キャラクターと同様、いや、それ以下か。話しかけても応えない。恐らく、俺の選択した行動を忠実にこなすだけの人形といった所だろう。やってくれる。ならばこちらにも考えがある。コマンドを選択しなければいいのだ。「たたかう」も「ぼうぎょ」も指示しない。自らも動かない。もちろん「にげる」こともしない。しないというかできないのだが。ラスボス戦で逃げられるわけがないのだ。逃げようとすれば必ず回り込まれて一方的に攻撃を受けるだけ。大魔法使いの優夏に大魔法を連発されてみろ、骨すら残らないぞ。訳の分からない展開に対して何もしない。これが俺の◯(もが)きである。
誰独り何もせぬまま一分経過。するとどうしたことだろう、勝手に3人分の「たたかう」が選択されて強制的に開戦されてしまった。
「そんなシステムなかったじゃんか・・・」
愚痴ったって仕様がない。そもそも戦闘画面で1分も放置したことはないので迷惑な自動開戦システムがあったかどうかも分からんが。仲間が大魔王を倒すべく仲間を攻撃する。仲間が勇者一味を全滅させるべく、やはり仲間を攻撃する。今の冬至と周に感情はないようだが、俺の手には確かな感触が残っている。優夏を斬りつけた。ラスボスということでHPはしこたま上がっているはずだが、流血すらも見られないが、脚、太もも辺りに斬りつけた手応えが掌から脳に伝わり、酸っぱいものが上がってきた。そんなことを大魔王と名乗る優夏が気にするはずもなく、強力な呪文を唱えてくる。こっちだってそんなものは関係ない。
「なぁ、優夏!ちょっと待てってっ。落ち着け!いい加減にしろ。目ぇ、覚ませってば!!」
「『上級爆発魔法』」
春樹は43のダメージ、冬至は55のダメージ、周は48のダメージを受けた。優夏の攻撃。冬至は63のダメージを受けた。
1ターン目終了。
仮に、毎ターン「たたかう」だけを選び続けたら、俺達は5ターンもたずに全滅してしまう。とりあえず動かなくてはならない。冬至と周に指示を出さなくては。俺と冬至は攻撃担当、周は回復役。これでどうにか時間稼げができる。考えろ、考えろ、考えろ。戦わずに戦闘を終わらせる方法を。そしてひとつの策を打つことにした。周の呪文に可能性を見出だした。
『旋風呪文』という呪文がある。これは敵にダメージを与える呪文ではなく、敵を吹き飛ばす呪文。経験値とゴールドは得られないが、成功すると敵を吹き飛ばして画面から消し去ることができる。大魔王相手に成功するとは思えない。ただ、何かが起こるかもしれない。可能性がゼロとは言えない限りやってみる価値はある。駄目で元々、失敗してもMPが少量無駄になるだけ。やってみるしかない。優夏がどこかへ吹き飛んでくれればよし。効果なしであればその時にまた次の一手を考えよう。何はともあれ、やってみよう。
それが甘かった。
『旋風呪文』を選択して戦況を見守る。すると優夏が予想外の行動に出た。『反射障壁呪文』。自分にかけられた呪文を一度だけ跳ね返す防御呪文。光の壁が呪文を弾き返す。冬至は遥か彼方へ吹き飛ばされてしまった。
「えっ?」と思って横を見たが、そこに冬至の姿はなかった。実はアリアハンのルイーダの店にいるのだが、そんなことはどうでもいい。後悔しても後の祭り。リセットボタンを切望しているのは今に始まったことではないが、参った。何か色々起こりすぎて頭がちっとも働かない。大魔王VS春樹&周。ラスボスに対して2人。最大4人パーティーのRPGでこの戦局は絶望的だな。手詰まりです。
何ターン経過しただろうか。10ターン程か。俺は攻撃、周は回復という完全分業制でどうにか凌いでいる。それは単なる時間稼ぎとも言える。勇者ひとりの攻撃なんぞ大魔王にとっては微々たるダメージだし、周のマジックポイントは毎ターン着実に減少していく。やがて、周のマジックポイントは尽きた。そう、もう、ヒットポイントの回復ができない。一応俺も回復呪文を使うことはできるのだが、マジックポイントは周の半分以下。すぐに呪文が使えなくなる。また、周の攻撃力は俺の3分の1.ボスにほとんどダメージを与えることができない。戦いに終わりが見えた。
俺が先に倒れることができていたら楽だったのかもしれない。全てを周に委ねることができたのだから。設定上、勇者は最後まで残されるようになっているのだろうか。優夏の集中攻撃を受けた周のHPがゼロになった。無表情のまま声も出さずに周が画面から消えた。俺の隣からまたひとり、消えた。
脳細胞がおかしくなってしまったのか、この状況で痛みも恐怖も感じなかった。今は大魔王優夏と一対一で向かい会っている。ずっとパーティーで行動していたからな。改めて見ると童顔で小柄だな。まだまだガキンチョだってことだ、高校生の俺が言うのもおかしな話ではあるが、まっすぐ見据えたらそう見えてしまった。そんな優夏の全身が数ターン前から点滅を始めた。一定以上HPを減らすとこうなるんだろう。純粋にゲームを楽しんでいたら
「おっ。」とかテンションの上がるところだろう。俺が優夏を倒すのか、俺が優夏に殺されるのか。どっちのエンディングも嫌だね。そんな折、道具袋に入っているひとつのアイテムを思い出した。『時の砂時計』。確か戦闘開始前まで時間を戻せるとかなんとか。時間を戻した所でどうなる。無間地獄にでも陥るつもりか。まぁ、優夏とならば悪くないか。
コマンド、どうぐ、時の砂時計、つかう。すると画面がグニャグニャと揺れた後、戦闘画面が解除された。冬至も周も帰ってきたが、優夏は目の前に立っていた。そして間髪入れずにこう投げかけてきた。
「お前に世界の半分をやろうではないか。どうだ、我と共に世界を支配するつもりはないか?」
「はい。」
沈黙が心地良かった。
「世界の半分を魔王が治め、もう半分を勇者がもらう。それでいい。お前が決めたんだからな、もう後戻りはさせないぞ。」
こうして勇者、春樹の冒険は終わった。そして魔王と勇者、二大統治の世界が始まった。
【level.7 最終決戦、大魔王 第一部 RPG編 終】