level.6 和風テイスト、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)
【level.6 和風テイスト、八岐大蛇】
レベルは20を超えた。レベルと年齢を同一視するわけではないのだが、どちらも20に達すれば大人。外からは一人前として扱われる。良くも悪くも都合よく一人前の大人として。強くなった。沢山の呪文も覚えた。HPも高くなった。船も手に入れた。今はのんびりと、仲間と共に船旅を満喫しているところだ。ゲームの世界ではイベントでも起こらないと海が荒れることはない。穏やかな海だけを背景に船旅を進めていた。目的地は東の果ての村『ジパング』。色々と噂さは聞いていて、預言者の女性が治める村だとか、モンスターの襲来に苦しんでいるとか、幻のアイテムが手に入るとか。各地で様々な情報が入手できた。
「わぁ、アリアハンの勇者様ですねっ。」と讃えられることも度々だ。俺達も勇者として名を馳せてきたようだ。少し照れてしまうぜ。
そんな浮かれ気分の勇者様に
「もう直、ジパングでっせ、旦那ーー!!」という声が聞こえてきた。勇者御一行に船を扱える人間はいない。数名いる船員のひとりだ。その報告に左手を上げて応えた。と、同時に周囲が暗転敵さんのお出ましである。陸地だろうと海路だろうと、お構いなしだ。
現れたのは『ダイオウイカ』が2体。正確には2杯かな?これまでの敵と比べて圧倒的にデカイ。これまでは大きいといってもせいぜい狼や熊のようなものが最大だったが、今度の「ダイオウイカ」、デカすぎて画面に収まりきっていない。長い手足が数本画面の外に飛び出してしまっている。斬りかかるにも剣は届かず呪文も効くか分からない。逃げようにも手足で巻きつけられてというのがオチだろう。
「デカすぎる。どうやって戦えって言うんだよ・・・」
もちろん「たたかう」のコマンドを入力すれば全く問題ないのだが、最近は冬至、周、優夏の3人が自らの意思で行動することがほとんどだ。俺は勇者、春樹のコマンドを入力するだけ。巨大な海洋生物を前に俺がややたじろいでいると、攻撃を焚きつけたのは冬至だった。
「周殿、優夏殿、呪文で二体同時に攻撃することは可能か。此奴等とは早目に決着をつけたい。先頭を長引かせない方が懸命である。」
「了解した。」
「分かりました。」
僧侶と魔法使いが戦士の要望に応じた。
「中級真空呪文(バ ギ マ)!」
「中級雷呪文!」
どちらの呪文も標的の複数攻撃が可能であり、両者の呪文が2体の「ダイオウイカ」に炸裂した。
そして俺、勇者、春樹がその内の一匹に止めを刺した。雑魚敵とはいえ、巨大モンスターを仕留めた際の快感はなかなかのものだった。いつもよりゆったりした点滅を繰り返し、パッと強敵が画面から消える瞬間は堪らない。しかしここで残った「ダイオウイカ」の反撃。冬至よりも素早さの数値が高いようだ。戦士の泣き所である。さて、面倒なことに「ダイオウイカ」は2回攻撃。一発目が俺に、二発目が冬至に飛んできた。さすがに一撃で瀕死ということはないものの、「ダイオウイカ」が2匹、3匹と攻撃と仕掛けてきたら4回、6回とタコ殴りにされてしまう(イカだけど)。誰が何度攻撃を喰らうかはランダムだが、良くて壊滅状態、悪くて死人が出るし、最悪全滅のシナリオまで見えてしまう。想像しただけで気管支がキュッと閉まる思いだ。
その後、冬至の攻撃でもう一匹を撃退して戦闘を終えたが、やはり蒼海には厄介なモンスターが多いようだ。もっと言えば癖のある敵によく出会う。2回攻撃してきたり、麻痺攻撃をしてきたり、硬い甲羅にガードされて通常攻撃でのダメージが極端に小さかったり。地上から船を手に入れ大海原へ、ということでプレイヤーだけでなく、ゲームスタッフもテンションが上がっちゃったのかもしれんな~。
『ジパング』に到着した。新たな事件と進展の始まりだ。これまではどこかヨーロッパの雰囲気が漂う城や街並みだったが、ここ「ジパング」はその名の通り純和風。まず目に入ったのが縦穴式住居。そしてご他聞に漏れず村民がバタバタしていて、既に災いが勇者御一行をお待ちのようである。勇者を落ち着いて迎えてくれる所はないものだろうか。もはやド三流のお遊戯に付き合っている暇はないので、村人の依頼をまとめておく。
この村では神と崇められる卑弥呼が全ての事柄を占いによって決めているらしい。神であり、王であり、全件を掌握する者である。ある日平和な村に『八岐大蛇』なる、五本の首を持った竜の化物が村の娘、弥生をさらっていったという。卑弥呼の占いによって勇者が現れるという予言を手に入れた村人は、俺達の登場に待ってましたと「ヤマタノオロチ」討伐を申し出てきたというわけである。「ヤマタノオロチ」の棲家は占いによって分かっているとのこと。ならば助けに行けよという話ではあるが、次の目的地が判明した。
所で、久々に俺達の装備品を紹介しようか。いちいち細かく全てを見ることはしないが、きっと名前を聞いただけでこれまでのものとはひと味もふた味も異なるものだということが分かるはずだ。『魔法の鎧』に『ドラゴンキラー』、『水鏡の盾』に『雷の杖』。もう「銅」やら「鉄」やらといった素材が名称に挙がってくることはほとんどない。稀に「オリハルコン」のような例もあるが、基本的には何で出来ているか分からないもの、自然や幻想が名称に組み込まれている武器、防具が出回るようになる。正体がはっきりしないということが強さの証明なのだ。
一級品の武器、防具に身を包み、「ヤマタノオロチ」が潜むとされる洞窟へ向かった。しかし、いい加減この誘拐の連鎖は勘弁して欲しい。他に勇者の活躍できる場所はないのだろうか。
一流の装備品に一級の呪文を駆使する勇者御一行を迎えるはやはり強力なモンスター達。レベル25~27挑む俺達だが、冬至や春樹はHPが200を超えるし、周と優夏はMPが3桁に乗っている。こんな奴等を苦しめるべく配置されたモンスターはやはり一筋縄ではいかない。ボスのいるところに辿り着くまでに迷い、苦しみ、数回は全滅の危機を乗り越えて、などと思っていたがそうでもないので肩すかしを食わされた形だ。レベルを上げすぎたのか敵レベル、ダンジョンレベルの低い洞窟なのか、はたまたそれだけ控える中ボスが強力なのか。誤解を招かないように付け加えておくと、煩い敵がいないわけではない。ひたすら腕力に物を言わせる『豪傑熊』と、炎攻撃によって全員にダメージを与えてくる『溶岩魔人』はそれなりに苦戦を強いられる戦いもあった。あるにはあったが、所詮は苦戦止まりである。どこか全力と余裕を残したまま中ボスの待つ最深部に進むことができた。
「ああ、勇者様!本当にありがとうございます。なんとお礼を言ってよいのやら。」
まだ「ヤマタノオロチ」との戦闘は始まっていない。囚われの身であるはずの弥生はペコリと頭を下げると、光の速さで地上へ向かって駆けていった。100パーセント無事に村へ到着するんだろうね。どうすれば敵に見つからずに済むのだろうか。その秘訣を是非ともご教授頂きたいものだ。
過去2回の中ボス戦はいずれも「盗賊カンダタ」。つまりは人間同士の戦いだったわけで・・・まぁ、これまでの敵だっておおよそ人間族ではないのだけれど、その巨体と中ボスという役所、そして竜族という種族からだろう。震えが止まらなかった。深緑色で光を吸収してしまいそうな鱗、巨大な身体と口、そして5本の首。せいぜい3本だろうよ。それと言葉。ゲームや映画などで竜やゾンビや怪鳥が人語を理解しようが話そうがまるで気にならない。むしろ当然のものとして受け入れてしまう。逆に雄叫びばかりで全く会話がないと恐怖心に拍車がかかるのだ。画面上の文字のみで「ウガー、ガオー」と、声を見るのと、実際に目の前で裂けんばかりの大口から大声を聞かされるのとでは大違いだ。当たり前のことだけどな。これだけ戦闘を繰り返してきたんだ、俺にだって誇りや覚悟がないわけではない。ただ、大事な所が縮み上がり、右手に力が入らない。参ってしまった。
そんな時でも仲間と一言二言会話をすれば気が紛れるのは不思議なものである。
「マジックポイントが続く限り私が回復役を務めましょう。」
「ヤマタノオロチは2回攻撃。直接攻撃に加えて、炎を吐いての全員攻撃もある。気を引き締めてかかられよ。」
「優夏、危なくなったら防御に専念すればいいからな。HPが回復するまで無理に呪文を使う必要ないからな。」
「うわわわわわ・・・大きいですね、竜ですね。お、お話する時はどの顔に向かって喋りかければいいんですかね。」
「いいよ、喋りかけないで。呪文をぶっ放せばいいさ。」
「エヘヘ・・・そうですね。」
心強きは味方の声と存在か。会話ができるというのは大きい。黙っていると思考が凝り固まってマイナス、ネガティブの方へ堕ちてしまう。最悪独り言だっていいなだ。自分のメンタルを保護するためかブツブツ何か言っている奴を見かけるが、危ないな、病んでるな、なんて避けてしまうが、自分だってそこに陥りかねないのだ。そしてそれは、己を護る為の防衛手段でもある。
俺も強がって優夏に助言なんてしてみてやった。本当はそれどころじゃなくて、自分の精神すら管理できていない状態だったのに。人の心配なんぞしている場合ではなかったのに。人の心配なんぞしている場合ではなかったのに、話をすることで気持ちが楽になる。不思議なものである。
「いよ~し、いくぞっ。」
大声を上げることで気合を入れて、といえば格好良いが、恐怖心を麻痺させて戦いに臨んだ。
『複数回復呪文』という、周の灼かな回復呪文が大活躍する。一度の詠唱で味方全員のHPを回復できるので、敵の全員攻撃に対して非常に有効である。MPの消費効率で言えば『中級回復呪文』で地道にひとりひとり治癒していくのが良いのだが、戦闘中はスピード重視。ひとつの選択ミスが命取り。ためらいが全滅を招く。世知辛い選択が死を導く。敵の攻撃に合わせて、もしくは予想して行動するのだ。「ヤマタノオロチ」が炎の全体攻撃ではなく単体の直接攻撃でくるのであれば、周のMPを温存して俺が回復役に回ればOK。
オフェンス面は冬至の信頼感抜群の直接攻撃と、優夏の強烈な『中級火炎魔法(メ ラ ミ)』で徐々に中ボスの体力を削っていく。戦い方はこれで良いらしい。MPの消費は若干気になるがHPは一定値以上を保つことができる。加えて常時2人以上が攻撃に専念できる。自ずから勝利が流れ込んでくるのだ。
このゲームでは敵のHPが表示されないので敵を倒すときはいつも唐突だ。今回とて同様。中ボスでも例外ではない。優夏の呪文攻撃によってパッと戦闘画面から消え失せた。「ヤマタノオロチ」討伐完了である。
「ふ~・・・」と一息つき、イベントの進行を見守る。
「おのれ勇者、おのれ人間!このままで終わると思うなよー!!」
そう言い残すと「ヤマタノオロチ」はどこかに行ってしまった。やっつけたのだろうか。それよりも気になるのは・・・叫んでたな、人の言葉を。喋れたんだな。ま、いいか。
強力な武器である『草薙の剣』と特殊アイテム『時の砂時計』を手に入れて俺達は地上へ、ジパングへ戻ることにした。
「草薙の剣」を冬至が装備し、
「なかなか似合ってますよ。」みたいな話をしながらワイワイ歩く。そこら辺のモンスターで試し切り何かをしていると、入手したもうひとつのアイテムに話題が移った。
「ところで『時の砂時計』って、どんなアイテムなんですか?」
今や武器、防具、道具やアクセサリーに説明がつくのは当たり前なのだが、この時代はそうでない。容量が一杯×2で、とてもそんな余裕はないのだろう。用途不明のアイテムは使ってみなけりゃ分からない。使ってみても「しかし何も起こらなかった」だと闇のまま。中ボス撃破によって入手したアイテムなのでなかなかの代物だろうという予想はつくのだが。
「戦闘中に使用すると、戦闘開始まで時間を戻せるそうです。万が一全滅しかけた時などに重宝する道具ですね。」
解説してくれたのは周だった。確かに持っていて損な道具ではない。万が一の時の切り札は必要だ。窮余の一策ともいえるが。
「ありがとうございます、勇者様!」
「なんとお礼を申し上げてよいのやら。感謝の言葉もございません。」
「つまらないものですが、どうかお受け取り下さい。」
「どうぞこちらへ。卑弥呼様がお待ちになっております。」
そんな言葉で迎えられるかと期待していたのだが、村は今なおざわついていた。「ヤマタノオロチ」を倒す前と何も変わらない。むしろ騒ぎが大きくなっていやしないかと村人に近付いた。まさかとは思うが、助けたはずの弥生が戻ってきていないのだろうか。村人に訪ねてみるとそんなことではないらしい。そんなことって・・・
「卑弥呼様が大怪我をしちまったんだよ。血だらけで。一体何があったのだろうか。オロオロオロオロ・・・」
俺達は顔を見合わせた。妙だ。嫌な予感しかしない。タイミングが良すぎる。って言うか、確定だろう。ということは、と、いうことなのである。ちなみに、弥生も人ごみの中にいた。こちらの方は一安心である。
「ヤマタノオロチ」討伐の報告と見舞いという名目で卑弥呼を訪ねた。
「卑弥呼様が大怪我をされたと伺ったんですが―」
卑弥呼の屋敷を一歩ずつ進む。剣はいつでも抜ける状態。やがて最奥部に到着。お付の者が2名待機していて、簾を一枚隔てて大君がいるという。話を聞けば突然血だらけで戻ってきた卑弥呼。何があったかを問うても答えず、決して覗くな、誰も入れるなとのこと。決定的である。とりあえず人払い。そして。
「卑弥呼様。ヤマタノオロチを倒して参りました。弥生さんも無事です。」
どう出てくるかな。
「そうですか。ご苦労様でした。村の者に言って褒美をとらせましょう。下がって結構。」
「いえいえ、そんな。礼には及びません。ただ・・・ですね・・・」
揺さぶり開始だ。
「止めを刺し損ねてしまいまして。」
「そうですか。」
「逃げられてしまいました。」
「・・・」
「ここジパングに逃げ込まれてしまいまして。」
「・・・・・・」
「この簾を開けて頂くことはできませんか。」
「・・・・・・・・・」
「卑弥呼、いや、ヤマタノオロチさん。」
「お、おのれ~人間。返り討ちにしてくれるわ。まぐれが二度も続くと思うなよ。」
そのまま戦闘画面に突入した。
感づくのが遅かった。一度宿屋に立ち寄ってHP、MPを回復しておくべきだった。しくじった、と思いながらの二回戦。卑弥呼改めヤマタノオロチ。
敵の攻撃パターンは変わらず、戦い方は一戦目と同じ。決定的に違うのは周のMP残数が少ないということ。このゲームの厳しい所にMPの回復手段に乏しいというのがある、というのは前にも書いたが回復呪文をあと何回唱えられるか。こうなったら俺も回復を優先しなくてはなるまい。冬至と優夏は回復の手段を持っていないからな。話の流れ上、ヤマタノオロチも大ダメージを負っているはずなのだが、見た目は普通。問題はHPなのだが、先にも書いた通り、調べる術はない。
それでも悪条件ばかりではない。まずは冬至の武器『草薙の剣』。これによって一心不乱全力前進攻撃担当の攻撃力が上昇した。さらに大魔道士、優夏様である。先の戦いでレベルの上がった優夏は新しい呪文をひとつ覚えた。『上級火炎呪文』。ついに上級呪文である。敵単体に巨大な火炎球で大ダメージを与える。これが強力。超が付くほど強力だった。敵一匹にしかダメージを与えられないが、その威力は全魔法でも上位に君臨する。勇者だけが覚えることのできる最強呪文を除けば、下手したら1位かもしれない。俺の攻撃なんぞ鼻クソのようの思える程の、絶大な破壊力。それだけMPの消費量は大きいのだが、もはや大魔道士とも言える優夏様、彼女のMP量も半端ではない。第2戦のMVPは紛れもなく優夏だった。味方の俺が頼もしさを通り越して恐怖すら感じてしまう魔力だった。
優夏の活躍もありヤマタノオロチに勝利、ジパングに平和が訪れるのだった。
【level.6 和風テイスト、対決!八岐大蛇 終】