level.5 大海原へ
【level.5 大海原へ】
カンダタを懲らしめて、少し物語を進めると『魔法の鍵』が手に入った。既に持っていた「盗賊の鍵」の上位に当たるアイテム。これで進める先が広がった。ロマリアの近くにある祠にて、魔法の鍵を使って一路、王都『ポルトガ』へ。その目的はRPGにおける乗り物の定番、船である。これによって行動範囲が大幅に拡大し、移動の自由度も急上昇する。陸地の次は大海原へ。ロールプレイングゲームのド定番である。
何っ?ああ、中ボスの盗賊カンダタか。子分を連れていたが一蹴した。至極あっさりと。何だろう、勇者一行の怒りというかフラストレーションをそのままぶつけて潰した、という感じだった。中ボスというだけあって攻撃力はなかなかのものだったが、怒りは痛みと恐怖心を極小化する。結果、回復はギリギリまで放っておいて攻撃重視。まずは子分共を蹴散らした上で親分をボコボコにした。中ボスだけあってHPは高い。だからこれでもかと、これでもかと。カンダタを倒した。「金の冠」を取り戻した。レベルを上げたことが功を奏した。圧勝だった。
はぁ・・・(溜め息)。気まずい。それでも四六時中一緒に、行動を共にしなければならないというのは辛い。ある晩のこと、とある宿にて。寝付けなかったのでその具体的内容を挙げてみた。
①会話なし。基本的に誰も口を開かない。雑談なし。他愛のない会話がないのだ。誰ひとりきっかけを作ろうとしない。町の中でも、外でも宿でも戦闘中も。すると沈黙を意識し始め沈黙が重くなり、沈黙が堅くなる。強固な沈黙が会話の巨大な壁となり話しかけることを許さない。
②視線が合わない。ふと気がついた。どこを歩いていても地面ばかりが目に入る。どでかい天空や雲は愚か、街並みや街路樹も目に入る程度で、まるで記憶に刻まれない。よって感想も生まれない。見方と視線を合わせながら体調の良し悪し、機嫌の良し悪し、心の良し悪しがまるで把握できない。正面向いて歩かない。常に俯き加減。やむを得ず呼びかける時も相手の顔を見ないまま。心も気持ちも入らない。嫌だよな。
③約束をしない。約束をするということはその人と時間を共有する為に自分の時間を費やすことを約すということ。常時行動を共にする俺達だが、例えば宿の部屋はバラバラにとっている。でも、翌日何時に出発するとか、ロビーに何時集合といった約束は無し。でもさ、みんな嫌味を言われたくないとか、引け目を感じたくないという思いからか、大きく時間に遅れることはない。大体同じような時間に集まって何となく出発するのだ。俺が腰を上げれば出発の合図。無言のままで。
④距離が遠い。最初の頃より歩く4人の感覚が広がった。そりゃ、最初だってべったりくっついていたわけではないし、ずっとペチャクチャ喋りながらレベル上げをしていたということでもない。それでも視覚的に分かってしまう。互いに話しかけられない距離を保って、干渉されない壁を作って、独りの空間を生み出すのだ。
移動の時だけじゃない。食事の時だってそうだ。最悪、全員バラバラにご飯を食べに行くこともあれば同じ机を囲む時も、変な距離が取られたりする。話し声が届き辛い距離が。
⑤笑顔なし。皮肉や嫌味のこもったものではなく、心から笑う、笑うことができるということが、心のバロメータになることがある。笑うということは意外と体力の要する行為で、心が病んでいるとちょっと笑うことすら面倒臭くなってしまう。無言、無表情でいる方が楽なのだ。
そんなことを考えている内に、ようやく眠たくなってくれた。
ここはポルトガ城。もはやお決まりのパターンであるが、王様に面会し依頼を受けた。
「よくぞ参った、勇者、春樹よ。主の活躍はここポルトガにも届いておる。その力を見込んで頼みがある。お主も知っての通り、ここポルトガでは胡椒が大変に貴重な品である。胡椒一粒黄金の砂。なんでも東の国では胡椒が大量に手に入るという。ぜひ、胡椒を手に入れてきてはくれまいか。さぁ、行くのだ。勇者、春樹よ。」
固定シナリオの宿命というか、俺に選択の余地はない。勇者って王様の下僕だよな、本当に。大魔王の討伐を願うのであればもっとこう、金銭的補助とか、協力装備品とか、超絶武装の乗り物とかを用意してくれるとありがたいんだがな~・・・
城を出て城下町で情報を集めていると東には『バハラタ』という町があるらしい。モンスターの棲みついた洞窟を抜けることができれば「バハラタ」に辿り着くことができるそうだ。次の目的地が決まった。
ストーリーは進んでいくが、仲間内の問題はなかなか好転しない。「バハラタ」という町はすぐに見つかった。苦労してダンジョンを突破したらいち早く休憩所に飛び込みたい。程度の差はあれパーティーはボロボロである。HPは削られ、MPは大きく減少、あと何回回復呪文が使えるか。洞窟を抜けて日差し降り注ぐ画面に切り替わった際、町でも城でも祠でも、次の目的地が見えると見えないとでは安心感がまるで異なる。画面が切り替わり、洞窟と同じ画面に目的地が映ってくれれば問題ない。しかしながら、苦労して洞窟を抜けてもどこに向かえばいいのか分からない。画面一杯に山と草原が広がるばかりで目的地が見えないと、不安に駆られてしまう。北へ行くのか西に向かうか、南へ下るか東に進むか。事前の情報収集でノーヒントであれば己の勘に頼るしかない。そう言った意味で「バハラタ」という町はすぐに見つかった。
何の会話もないまま「バハラタ」の町に到着。目的は胡椒。ロマリア王に続いて今度はポルトガ王の依頼である。町人に話を聞くと胡椒は道具屋に売っているぞ、とのこと。とりあえず道具屋か、ということで町中をウロウロし始めた。すると、である。町民が集まって何だかんだと騒いでいた。正直な所ダンジョンをくぐり抜けたばかりで疲れているし、あまり揉め事に関わりたくない気分。道具屋より先に宿屋に入るかと考えていた時のこと。イベント・テリトリーに足を踏み入れてしまったようで、寸劇が開始された。
町人A「ちょっと旅のお方!聞いておくれよ、大変なんだっ。」
町人B「え、胡椒だって?それどころじゃないんだよ。」
町人C「タニアさんがさらわれてしまったんだ。」
町人D「恋人のグプタさんが助けに行ったんだけど、2人共戻ってこないんだ。」
町人E「どうしよう、どうしよう。」
道具屋主人「ちょうど良かった、旅のお方。頼む、娘のタニアとグプタくんを助けてくれ。そうしたら胡椒をあげようじゃないか。」
町人F「ここから南へ行ったところに盗賊の隠れ家があります。2人共、きっとそこにいるはずです。」
はい、了解しました。ということで、バハラタ南方の洞窟ヘタニアさんとグプタくんを救出に参ります。胡椒の為に。
久々にダンジョン探索について記そうか。俺達のレベルは既に20目前。HPだって俺と冬至の2人は3ケタに到達している。HPの表示が100を超えると何かこう、凄く強くなって気がする。プレイヤーというか冒険者として熟練してきたな、と。尤も、敵から受けるダメージも2ケタに達するので油断はできない。ちょっと集中攻撃を受けようものなら危険領域までHPが削られてしまう。
さてさて、どんな敵が待っているのか。HP最大値の上昇と選択肢の拡大、要するに道具や呪文が豊富になってきたことで幾らか余裕をもって進むことができる。もはやモンスターが呪文を唱えてくることも珍しくない。例えばキノコの化物である『マージマタンゴ』は『睡眠誘発呪文』で俺達を眠らせようとしてくるし、ゾンビ狼の『デスジャッカル』は『幻夢呪文』を唱えて、直接攻撃の成功率を下げてくる。確かにパーティー全員が眠らされてしまえばピンチだし、直接攻撃が当たりにくくなると面倒だ。随分とHPが削られることもあったが、全滅するかもという危機は訪れなかった。厄介だったのは巨大コウモリに猫の頭がついた『キャットバット』。コイツの『不思議な踊り』を喰らうとMPを吸収されてしまう。このゲーム、HPの回復手段は沢山あるのだがMP回復が宿に泊まる以外ほとんどできない(ほとんど=ゲーム終盤でどうにか・・・)。今やHPの回復はほぼほぼ呪文のみなのでコイツはちとキツイ。
最奥部には牢屋があって、そこにタニアとグプタが捕らえられていた。鉄格子越しに話しかけてるとガチャっと鍵が外れ、
「ありがとうございました」と、2人は仲良く消えていった。ゲームだからな、途中でモンスターに襲われるということもないだろう。何はともあれ一件落着。それでは胡椒をもらいに「バハラタ」へ戻りましょうかという所に誘拐犯一味が現れた。
「あっ。」
「んゲゲッ!!」
カンダタ一味再登場。例によって子分付き。再戦。
ここまで来ると何やら変な感情が・・・中ボスのカンダタに申し訳なくなってしまう。完全にこちらの事情なのだが、会話のないストレスをひたすらぶつける形でカンダタ一味を一蹴した。中ボスのカンダタは以前に比べてHPと攻撃力は上がっていたが、恐るるに足らず。力任せに通常攻撃だけを繰り出してくる敵はもはや恐怖の対象にはならなかった。これでもかとボコボコにして洞窟を抜けた。
ちなみに一番ストレスを発散していたであろう人物は優夏。覚えたての『中級火炎呪文』を連発。この呪文、敵一体にしか効果はないのだが、その攻撃力は俺の一撃の2倍。中級以上の攻撃呪文はその強力すぎる威力故、巻き添え注意だ。魔法使いの優夏、パニックになったらもう、手がつけられないレベルまで強くなってしまった。心強い反面、ちょっと怖かったりしてな。
ひとつ、不可思議、奇妙なことが。内訌が原因なのかシステム上そうなるのか他の所に理由があるのか。戦闘においてこれまで俺が行動を指定していた。要するに「こうげき」とか「じゅもん」とか。ある程度強くなってくると雑魚相手には「たたかう」の連打で済ましてしまうのだが、気が付いたら時折、冬至が、周が、優夏が自ら考え行動する。俺が担当するのは春樹のみ。簡単・便利ではあるのだがこれは一体どういうことだろう。AIってことで良いのだろうか?
ポルトガ城にて。
「ウム、よくやった、勇者、春樹よ。東方の黒胡椒、確かに受け取ったぞ。では、約束通り船を与えようぞ。外に出てみるが良い。早くバラモスを倒し、世界に平和を取り戻すのだ。」
ポルトガでの任務完了である。これで大海原を自由に航海できるようになった。初期のゲームではありがちなことだが、船だろうと空を飛ぼうと、地上を歩く時とスピードが変わらない。これまで何度も述べてきた通り乗り物を手に入れる目的は行動範囲の拡大。移動できる場所が増えることでストーリーが進んでいくのである。
「うっっっわーーーーーーー!!私海に出るの初めてなんです!船に乗るのも。凄いですね、水の上を滑るんですか。意外と揺れるんですね。風が気持ちいいし、潮の匂いも新鮮です。あ、白鳥にクジラ!」
はしゃぎ過ぎである。修学旅行じゃあるまいし。それとカモメとイルカだ。それはさておき――
「勇気とは何か」と問われたら「声を発すること」と、とりあえず勇者の間は答えることにした。海に出たことで開放的になったのか風向きが変わったのか、手の施しようのない勇者に嫌気が差したのか、唯一の女性で最年少の優夏が心を繋いでくれた。ホント、情けねぇ・・・意地なのかプライドなのか、一体何が邪魔していたのやら。
「優夏殿―」
話し掛けたのは冬至だった。問い詰める風ではなく、どこか優しいオヤジのような渋い声で。だから不意に呼びかけられた優夏も怯えた様子もなく凛と振り返った。力強く頑強な戦士を見上げ、まっすぐに冬至の言葉を待った。
「ノアニールの人々を助けたのは、そなたがハーフエルフであるからか?」
デリケートな急所に突っ込んできた。
「正直それもあります。人間族とエルフ族の駆け落ちはもちろん褒められたものではありません。2人の身勝手な行動が両方の種族に大変な迷惑を掛けることになります。でも人間とエルフが争い、別世界に住み続けるというのもどうかと思います。人間はエルフを特異で危険な種族と捉え、エルフは人間を下等で不浄な一族だとみなしますが、そこに絶対の根拠はありません。私がノアニールの件をお願いしたのは、、私なりに善悪の判断をしただけです、はい。」
最後に、「わかりにくい回答でごめんなさい」と付け加えて優夏は答弁を終えた。
「然様か・・・」
これを機に歯車が噛み合った。今まで一体何を恐れて会話を避けていたのだろうか。家族や仲間は確かに面倒なものである。それは本当に大切なものであることの裏返し。譲れないものという証。
またすぐに忘れちゃうんだけどね、アホだから。
【level.5 大海原へ 終】