level.4 エルフかカンダタか
【level.4 エルフかカンダタか】
レベルが2ケタに到達した。HPが増加し攻撃力も上昇、覚えた呪文の種類も豊富になってきた。高い攻撃力を誇る「さまよう鎧」と回復役の「ホイミスライム」といういやらしい組み合わせに対しても冷静に対処できるようになったし、自分もしくは味方の血を見ても頭の中が真っ白になることはなくなった。ゲームに慣れたというよりも戦いに慣れてしまったという方が正しいだろう。感覚が麻痺してしまったのだろうな。でも単に慣れただけというわけではない。ちゃんと根拠もある。俺の武器は「銅の剣」から『鋼の剣』に代わっている。その価格差およそ15倍。ムフフ・・・強いぞ強いぞ。これまでオンボロ刀で我慢した甲斐があったというもの。また、敵から毒を受けても周の『解毒呪文』であっさりと治癒できるので毒状態も怖くない。「毒消し草」を常備する必要がなくなったので道具袋にも余裕ができる。すると不思議と気持ちにも余裕が生まれるのだ。
今の俺のレベルは13。現在地は「カザーブ」。ロマリア王から頼まれた「金の冠」を奪い返すべく、盗賊カンダタに関する情報を集めている、はずだったのだが。情報の焦点がブレ始めた。「金の冠」を盗んだカンダタに関するものと優夏が興味津々のエルフ。カンダタについては盗賊一味のアジトの所在が明らかになったのでひとまず情報収集は打ち切り。一方エルフについて。どうやらかザーブからさらに北へ進んだ所に「ノアニール」という町が、さらには「エルフの隠れ里」があるという。このゲームは固定シナリオであるはずなのでストーリーが分岐することはないはずだが、もしかしたらサブイベント的なものかもしれない。とはいえ、素通りしても問題あるまい。とりあえずエルフは後回し。支障がなければ無視。カンダタに奪われた宝物を取り戻そう。それをロマリア王に返してやればストーリーが展開するはずである。そんな思惑に待ったをかけたのは魔法使いの優夏だった。
「先にノアニールへ行くことはできませんか?」
カンダタ一味の住処とされる「シャンパーニの塔」へ向かおうという直前、優夏が口を切った。いつ言い出そうか、切り出そうかと焦って焦ってどうにか間に合わせたのだろう。しかし、である。
「エルフに興味があるからですか?」
ボソリと周が尋ねた。声の低さからしてイラっとしているのは明らか。
「え、いえ。あの、その・・・」
あまりに早い反応に戸惑いを隠せない優夏。
「もしもそうであるならば『金の冠』を優先すべきではありませんか。」
正論である。優夏が折れて歩と話が進むはずだと思っていた。
「その、あの・・・ですね。」
優夏が真っ直ぐに周を見た。周も目を逸らさない。
「ノアニールの人々がエルフに眠らされてしまったそうです。まずはそちらを、というわけにはいきませんか。」
「悪党誅伐が優先ではありませんか。」
「ノアニールの人々の命が―」
「眠らされているだけでしょう。エルフが人の命を奪うとは考えにくい。」
周が畳み掛けたか。エルフがどういう種族なのかは知らないが、面倒だな。明確な一本道のストーリーにしてくれれば良かったのに。
「そうです。エルフは人の命を奪うことができません。動物の命だって・・・だからきっと何か理由が。だから一刻も早くのアニールへ。エルフの隠れ里へ。」
少しおかしな言い回しがあったかな。優夏はほとんど涙目になっていたがその目に射られても動揺しない周。むしろ迫力を強めた感すらある。上から目線に加えて相手が弱ってくれば格差が一層広がるばかり。俺と冬至は成り行きを見守るばかりだが、少なくとも俺はちょっと優夏の味方かな。周とは別の意味で上から目線でいられる理由、もちろんそれは自分に直接関わりがないからだ。高みの見物とも言えるか。関係ないというのは語弊があるが、追い込まれているのが優夏であり、追い詰めているのが周であり、土俵の外にいるのが俺と冬至である。
「春樹さん、先にノアニールへ行くことはできませんか?」
ゲゲッ、ばか者。俺に振るんじゃない。涙目でこっちを見るんじゃない。俺にhelpを求めるんじゃない。どうするんだ、周もこっちを向いてしまった。どうする、どうするんだよ、俺。
カンダタは名前が出てくるとういことから言っても中ボスという位置付けで間違いないだろう。初の長期戦を覚悟しなくてはならない。
「え~と、ほら。カンダタは厄介な相手ですからこちらにも準備が必要でしょう。もうちょっとレベルを上げたり装備を強化してからでも、と思います。が・・・」
3人の反応を伺う。そして直ぐさま返ってくる。
「それならば『シャンパーニュの塔』でレベルを上げれば宜しいのでは。」
ごもっともだ、コノヤロー。加えて止めが冬至のジジイ。
「強さのみが目的を達成させる。『シャンパーニュの塔』であれば強化が可能であり目的地でもある。」
「ぐぬぬぬぬぬ・・・」心の中で歯ぎしりをする。
「あのっ!!」
優夏が腹から声を出した。今度は冬至の目を見て。優夏と冬至とは随分身長差があるのでやや見上げる形で。
「エ、エルフは、の、能力を上げる為の『種』を持っています。HPを上げたり、腕力を強くしたり。だから、あの・・・種を使えばカンダタと金の冠を取り戻すのに・・・役に、立つ・・・と、思い・・・ます。」
最後の方は声の大きさが「あのっ!!」の10分の1.途中から俯き加減となり、力強さは微塵も感じられなくなった。それと一応突っ込んでおくが、カンダタは取り戻さないからな。
「ほう・・・」冬至が呟いた。そしてこっちを向いた。優夏も同様。
「分かった!俺が決める。エルフの所に行って種でパワーアップしてからカンダタをぶっ倒す。」
半ばやけくそで言い放った。
「他の誰かに『金の冠』を取られてしまうかもしれませんよ?」
周の意地悪な質問が来た。安心しろ、ストーリー上それはないだろう。けれどもそれを伝えるのはいささか都合が悪いというか格好悪いというか、理解してもらうことが難しいだろう。
「それならそれで構いません。誰が冠を取り戻したって、誰が魔王を倒したって。」
勇者であり主人公であり、雇用主の俺が方針を決めた。何の文句も問題もなかったが、パーティー仲がぎくしゃくすることになるだろうな。
静かな町である。日中であるにもかかわらず。それはそうだ。人々が眠っている。それも横になって布団を敷いてなどというお行儀の良い格好ではない。立ったまま、である。世間話をしたまま、買い物をしたまま、公園で遊んだまま、店番をしたまま。時が進んでいない。音が死んでいる。風が止んでいた。人の姿は確認できるが気配はない。だから話しかけても「ぐぅぐぅ・・・」とか、
「すやすや・・・」という返答しかない。そんな折、
「こっちです。」
そう言って俺たちを導くように先頭を切ったのは優夏だった。早足で、馴染みの道を行く様に。
静止した時の中を奇怪な姿勢で眠り続けるノアニールの人々に一瞥もくれず、魔法使いは俺達を導いた。魔法使いがパーティーの先頭を歩くなんて、RPGにおいてあってはならないことなのだが。
とある民家の地下2階。「盗賊の鍵」を使ってまんまと不法侵入に成功したわけだが、そこには独りの老人が椅子に座していた。眠ってはいない。起きている。ノアニールで唯一、だろうか、ようやく喋れる人間を発見した。
「頼みがあるんじゃ。エルフに『夢見るルビー』を返してくれ。さもなくばノアニールは永遠に眠ったままじゃ。」
さらにもう一度話しかけると、
「ここから西へ行くと『エルフの隠れ里』がある。外から見えないようになっているので注意して探してみるとよい。そこからさらに西へ進むと洞窟が見えてくる。そこに『夢見るルビー』があるはずじゃ。」
「分かりました。」
早口にそう言うと優夏はくるりと振り返り
「行きましょう、春樹さん。」
「え、あ、おう。行こう。」
「その前に―」
周が割って入ってきた。大切な情報をくれた爺さんの存在などあってないようなもの。まるで気にしていない。
「話しておくことがあるのではないか、優夏殿。」
「歩きながらで構いませんか。」
魔王バラモスを倒すべく旅だった勇者、戦士、僧侶、魔法使いの4人。俺達は今、とある洞窟で『夢見るルビー』を探している。洞窟おいうよりは洞穴という印象。時間をかけた探索が必要なダンジョンではなく、小部屋と呼べそうなもの。数歩足を踏み入れると悲しいかな、自分達の未来が顕になってしまった。やるべきことが分かってしまった。眼前に広がり、積み重なり、転がっているのは大量のガラス玉。色も形も全く一緒というわけではないが、同質のものには違いない。そしてこれだけ沢山、何より本物を見たことのない者にとってすべて類似したガラス玉を用意することはないのだが、優夏の一言で成すべきことが決定した。
「この中から本物を探し出します。」
「そ、そうなるとは思ったけどさ~・・・どうやって―」
「ここの窪みに1個ずつはめ込んでいきます。石が薄紅色に光れば本物、『夢見るルビー』です。」
1個ずつ窪みにはめて・・・いっこずつくぼみにはめて・・・イッコズツクボミニハメテ・・・俺はとりあえず一面のガラス玉を確認した。何百、何千、下手したら何万個の世界だろう。概算を出すことさえできない。静かな洞窟に沈黙が充満していった。
冬至から周、周から俺、俺から優夏へとリレー形式で石が渡されていく。
ハズレ、ハズレ、ハズレ。本当に当たりがあるのかも分からないというのが正直な所だが優夏の言うことだし、ストーリー上「ありませんでした」ということはないとは思うけれども、とにかくハズレ、ハズレ、ハズレ。あれもハズレ、これもハズレ、それもハズレ。雑音が雑音に邪魔されることなく反響するからだろうか、石の転がる音が大きくなっていくような気がする。ハズレ、ハズレ、ハズレ。石を受け渡すだけの単純作業で油断すれば眠たくなってしまう状況。そうならないのは俺の視線が、いや視線はやはりガラス玉の授受に送られているから意識とするか、俺の意識は一点に集中していた。冬至も周も同じだろうか。同じであって欲しい。言うまでもない、優夏だ。半ば強引に皆を引っ張ってきた手前気まずいのか、本当に集中しているのか、ひたすら石の検品をこなしていた。表情一つ変えず黙々と、ペースを落とさず両手を挙げて伸びもせず、石を受け取って本物かどうかを確かめて、偽物を放り投げて次の石にとりかかる。この繰り返し。ただただ、繰り返す。
ナイ、ナイ、ナイ・・・
チガウ、チガウ、チガウ・・・
あれも偽物これも偽物。全部偽物?そんなはずはない。これだけ沢山の偽物があるのだから時間がかかって当たり前。みんなきっと分かってくれている。とにかく急いで、とにかく早く。1分でも、1秒でも、1個でも。でもやっぱり、みんな怒っているかな。こんなことならレベル上げしてた方が確実に強くなれるって。とにかく本物を見つけて、ノアニールの人達を起こして、物語を進めて、カンダタを倒して、金の冠を取り返して。でも万が一本物が見つからなかったら。うんと最後の方まで発見できなかったらどうしよう。みんな我慢しきれずに帰っちゃったら独りで探すしかないかな。どうしよう、見つかりませんでしたじゃ、怒られるよね。時間の無駄で・・・周さんに何言われるか分からないな。春樹さんも守ってくれないよね。冬至さんは、もし冬至さんが本気で怒ったらすごく怖そうだな。今すぐ文句を言われても仕様がないんだけれど、今の所は3人共何も言ってこない。有難いし恐ろしい。
受け取り、嵌め込み、投げ捨てる。もらい、試し、放る。一連の動作を何度繰り返しただろう。どれ位の時間続けているのだろう。一旦休憩を入れようか。それともぶっ通しでやった方が良いのだろうか。もしくは今日は切り上げて明日改めて。どちらにしろ人間の集中力なんて限界があるでしょうに―
動きが止まり、音が止み、目に仄かな薄紅色が反射した。八ツの瞳に終幕の放念と石の光が同居した。
「ありました、『夢見るルビー』。」囁き。
少し間を置いて・・・
「ありましたーーーっっっ!」叫んだ。
片膝をついて作業していた優夏はペタンをお尻をつけた女の子座りになり、ふぅ~と大きく息を吐きだした。
「おう、やったな。」
わざと疲れていない風で明るく俺が声を掛けた。ポンと肩に手まで置いてみた。
「はい、お待たせしました。」
そう言うと座り込んだまま俺を見上げ、結構な涙目でコクり頷いた。さて、手土産持って『エルフの隠れ里』へ向かいましょうか。
大量のガラス玉をそのままに洞穴を後にして、優夏の言う通りに進んでいくと突如辺りが暗転。敵と接触したかと思いきやすぐに光が戻り、『エルフの隠れ里』に到着したことが分かった。辺り一面緑の絨毯に、口にするのも恥かしいがお花畑が広がっていた。美しく静かな里だった。静かという点ではノアニールと同じだが、寂寞の感はなく、陽の光が輝きを増しているようだった。天国があるとしたらこんなところなのだろう。そんな感想に浸っていると優夏が先頭に立ち、俺達をエルフ族の長の所へと連れて行った。道中、エルフの娘共が白い目で人間を見下しながらヒソヒソ陰口を叩いているのは明らかだった。
「ご無沙汰しております、ミネルヴァ様。」
追い返されるかとも思ったが、意外にもすんなりお目通りを許された。
「何用ですか、二度と戻らぬ約束をしたはずですが。」
状況が掴めない。とりあえず知り合いではあるようだが、望んだ再会とは言い難い様子。立場としてはやはりあちらが上か。
「人間族には迷惑をかけない、というお約束のはずでしたが。」
いつもより低い声ではっきりと喋る優夏。
「言いたいことはそれだけですか。」
「ノアニールの眠らせた人々を―」
「誰かおらぬかっ!コヤツらをつまみ出せ!!」
「これを。これをご覧下さい。」
優夏が『眠りのルビー』を取り出した。
「・・・・・・・・・」
族長ミネルヴァが石を凝視する。嫌な沈黙だ。
「何故、お前達がその石を。偽物ではないようですね。返しなさい。もとよりそれは我々のもの。」
「条件があります。ノアニールの人々を目覚めさせて下さい。今すぐに。それだけのことです。」
「交換条件を出しているつもりか。あの町はお前達とは関係あるまいて。」
「条件を飲んで頂けないのであれば、海に捨てます。」
「エルフ族を完全に裏切るのですね。」
「条件は変えません。」
「独りでないと随分威勢がよろしいようで・・・いいでしょう。ノアニールの人間を元に戻しましょう。ノアニールを訪れてみなさい、人間共が目を覚ましていることでしょう。さぁ、返しなさい。我々の、エルフ族の誇りを。これ以上、お前の手に触れさせておくことは不快極まりない。」
ミネルヴァによって燃やされた置き手紙には次のように記されていた。
「お母様、先立つ不幸をお許し下さい。私達は人間とエルフ。掟も倫理も理解しているつもりです。それでも・・・」
ミネルヴァの娘は人間族と駆け落ちし、命を落とした。娘の死の責任を人間族に求めてしまう心理は確かに分からぬものではない。そして、ハーフエルフである優夏が眼前に現れた時の動揺、『夢見るルビー』を使って取引を開始した際の慷慨も。
ストーリー上の演出、展開なのだろう?「夢見るルビー」を探しに洞窟へ向かいながら聞いた優夏の話。この小さくか細い背中に一体どれだけのものを背負っているのだ。どれ程胸を掻きむしられてきたのか。何の罪もない自分を幾度否定されたことだろう。それでも人を嫌いにならない。八つ当たりの理由を求めない。言い訳しながら生きようとしない。
「私はハーフエルフです。エルフと人間との間に生まれた混血種。おおよその事情はエルフの隠れ里に来て頂ければ察して頂けると思いますが、私がエルフの族長を説得します。私しか、できません、と、思います。私が話をつけますから、どうか、お願いします。」
こんな心境では投げやりにもなるだろう。分かって欲しい。俺達は『シャンパーニュの塔』でカンダタを撃破、見事に『金の冠』をロマリア王に返してやった。特に褒美があるわけではなく、金も装備品も与えられることなく、情報だけが提供された。何かこう、俺だけでなく他の3人も、気が乗らぬまま、ロマリア王に示された次の目的地げ向かうのだった。