level.3 強敵、現る
【level.3 強敵、現る】
「盗賊の鍵」を手に入れて以降、不法侵入を繰り返す、俺達勇者御一行。扉の閉ざされた民家に入っては手当たり次第にタンスを調べる。貴重なアイテムはないがちょっとした道具やゴールドは入手することができる。致し方ないとはいえ、犯した罪は数知れず。やはり心苦しいものである。
さて、レーべの村でとある民家の扉を開けると老人が待っていて、『魔法の玉』なるものを渡された(だから不法侵入を繰り返す必要があるのだが)。これで『誘いの洞窟』が通行可能となり、『ロマリア王国』への道が開けるという。新しいアイテムを手に入れることで行動範囲が広がる。行けるということは行けということで、ロマリアへ向かうことになった。RPGというのはこうやってストーリーが進展していく。フリーシナリオと言って自由度の高いゲームもあるが、このゲームは固定シナリオ。予め決められた話に乗っかれば良い。
そうそう、まだまだ低レベルの装備ではあるが、いくらか見た目はマシになったはずだ。
春樹:銅の剣、革の鎧、革の盾
冬至:鎖鎌、革の鎧、革の盾
周:棍棒、旅人の服
優夏:ひのきの棒、布の服
ちょっとは冒険者一味っぽく見えるようになっただろうか。私服の勇者から剣、鎧、盾を装備した戦人へ。見た目だけではないぞ。実力も、である。ゲームとはいえ自分でも驚いてしまった。例えば呪文。『低級火炎魔法( メ ラ)』と唱えて左掌を突き出せば俺でも火の玉を出せるのだ。墓場に漂う人魂くらいの大きさではあるが、どうやら勇者も呪文が使えるらしい。尤も今となってはメラよりも武器で攻撃した方が高いダメージを与えられるののだが。ちなみに『低級回復魔法( ホ イ ミ)』も覚えた。攻守のバランスが取れた勇者様である。主人公=オールラウンダーという設定が当時の主流だったのだろう。これでHPの回復をわざわざ周に頼む必要はないし、回復に気を遣うこともない。自分の好きなタイミングで誰に気兼ねすることなく傷を癒すことができてしまう。もちろんレベルアップをしているのは俺だけではない。魔法使い、優夏の呪文はもっと凄い。『低級雷魔法( ギ ラ)』を使えば複数の敵を同時に攻撃可能。スライム4、5匹など一網打尽である。まぁ、MPの切れた魔法使いほど使い物にならないキャラはいないのからマジックポイントの残数と優夏のパニック癖には注意を払わなくてはならないが。強くなっていく。それがRPGの醍醐味である。
「冬至さん、ロマリアってどんな所かご存知ですか?」
一応年上だからな。多分二十歳くらいは。敬語を使うことにした。雇い主は俺だけれども。
「いかなる国であろうと為すべきことに変わりはありませぬ。我々の使命は敵の殲滅、魔王の討伐。邪魔するものは消し去り、利用できるものは全て手の内に。甘えは許されぬ。必要とあらば人の命もまた道具のふとつ。全ては魔王討伐の為に。」
少し長めに喋ったと思ったらこれだ。さらっと末恐ろしいことを言いやがる。人の命も道具のひとつ、か。ゲームにおいては間違いではないのだが、そんなヤツと一緒に旅をするとなると不安と不信感しか生まれてこない。とはいえ、冬至をパーティーから外すことはできない。悔しいかな、戦士、冬至の攻撃力には頼りっ放しである。誘いの洞窟に出てくるザコ敵などはどれも一撃。あっさりと仕留めてくれる。素早さこそ遅いものの、その直接攻撃に耐えられる敵はこの洞窟にはいない。もうちょいスピードがあれば敵より早く攻撃ができて細かいダメージも防げるのに、というのは贅沢かな。
とにかく敵を狩ること、バラモスを倒すこと。それ以外にことには興味がないらしい。冬至からすれば俺は勇者でも雇い主でも主人公でもなく、利用すべきものの一人なのかもしれない。
「周さんはロマリアに行ったことはありますか?」
周も年上だ、おそらく10歳くらい。
「春樹さんは何故勇者になられたのですか。何故モンスターを、バラモスを倒すのですか。」
こいつらは聞く耳を持っていない。僧侶、周は一応それなりに口を開いてはくれるのだが、こちらの質問には答えない。俺の質問は無視、その上で質問を放り投げてくる。しかも結構、非常に面倒臭い代物を。
「え、ああ。魔王を倒す理由ですか。この世界に平和を取り戻す為・・・ですか。」
朝起きたら勇者になっていたとか、王様に頼まれたからとか、そこにエンディングがあるからなんて言ったら殺されそうだもんな。
「人間族の自己本位、エゴですね。」
「ふぇっ?」
「人間族にとってモンスターは害。同様、魔族にとっては人間族が邪魔。これでは争いが絶えません。」
「え、え~っと・・・」
「目的が異なり、手段は同一。交渉の道がないのであれば見える末路は明らかでしょう。」
ナンノコッチャ。
「アリアハンよりも大きな城下町だそうですよ。私、ちょっと楽しみなんです。」
魔法使い、優夏は俺より2~3ヶ下。ほぼほぼ同世代という括りでいいだろう。俺が上から目線で話せる唯一の仲間という切ない環境。
「聞いた所によるとエルフの隠れ里がロマリア城の近くにあるそうなんです。私、魔法学校の外に出たことがなくて、アリアハンの外に出るのも初めてなんですけれど・・・エヘヘへ・・・楽しみですよね。見てみたいですよね、エルフ。」
次のキーワードはエルフか。ロマリアについてはさっぱり分からなかったが、まぁ良しとしよう。
「誘いの洞窟」内にそびえ立ち、行く手の邪魔をする大きな石壁を「魔法の玉」で破壊すると、すぐ目の前が出口だった。ロマリアへと続く道。そして目的地ロマリアも目と鼻の先。
薄暗い洞窟を抜けると広大な青空が、どっしりとした白い雲を伴って俺達を迎えてくれた。ポカポカ太陽の下、ひんやり冷たい風が心地良い。いい天気だ。・・・・・・・・・いい天気だなんて感想はいつ以来だろうか。ウンッ!と、空を見上げたのはいつ以来だろうか。自分の影ではなく、影を作り出す光を見上げたのは、いつ以来だろうか。
「あれがロマリアのお城ですよね。」わざわざ優夏が指差しで城の位置と存在を確認した。やっと一息つけるかな、俺も安心した矢先だった。周囲が暗転、敵が現れた。数は2匹、『ホイミスライム』と『さまよう鎧』。前者はクラゲのようなどこか可愛らしい容姿のスライム。後者は古城に飾ってある置物の鎧がそのまま動き出してきたかの様。敵のHPや攻撃力が未知であるということが興奮を掻き立てる一つの要素であることは間違いないのだが、
「気を付けよ。」
冬至が誰へともなく口を開いた。思わず冬至に視線を送ってしまった。無論返してくれることはないと分かっていたが、嫌が応にも緊張感が高まった。
コマンド。まずは様子見込みで、勇者「こうげき」、戦士「こうげき」、僧侶「ぼうぎょ」、魔法使い「ぼうぎょ」。安全策とも言えよう。2人の攻撃対象はいずれも「さまよう鎧」。俺の「銅の剣」も冬至の「鎖鎌」も確実に敵を捉えた。手応えは十分。おおよそ思った通りのダメージを与えたというメッセージも表示された。しかし標的は倒れない。加えて、周と優夏が身を守っている隙に「ホイミスライム」が「ホイミ」を唱えて与えたダメージを治してしまった。鎧であるから直しての方が正しいのか。そんなことはどうでも良い。順番間違えた。回復役から潰すべきだった。後悔するが早いか、「さまよう鎧」の槍が周を目掛けて飛んできた。「ぼうぎょ」していたにも関わらず周の残りHPは8になってしまった。
大失敗だ。アクティブ・タイム・バトルではないのだから熟考すべきだった。初回ターンでこのザマだ。情けない。2ターン目。最初に行動できる俺が「薬草」で周のHPを回復し、冬至にはなんとか「ホイミスライム」を倒してもらうしかない。
「冬至さん、一撃でいけますか?」
「無論。」ムロンと言ったのか愚問といったのかはっきり聞き取れなかったが、やあhり視線を返すことはなかったが、ちょっと悔しいが、頼りになる人だ。見事、鎖鎌で「ホイミスライム」を一蹴した。これで向こう側に回復薬はいない。初めからこうすべきだった。戦闘を無駄に長引かせることはリスクを高めるだけ。できるだけ短時間で効率的かつ確実に敵を仕留めることが必須となる。残るは1匹。ただしこの2ターン目、周は「ぼうぎょ」、優夏も「ぼうぎょ」、行動を残されたのは「さまよう鎧」のみ。ターン制戦闘システムにおいて嫌な瞬間である。何もすることができない。敵の攻撃を待つだけ。願わくばミスしてくれないか、躱してくれないか。そうすれば次のターンが楽になる。少なくともHPの回復に手を回さなくて済む。そんな期待を胸に奴の槍撃が来る。
ダメージを負ったのは冬至。「さまよう鎧」の槍は間違いなく冬至の右腹部を掠めていった。流血も見られる。しかしまるで動じない。ただ黙って俺からの指示を待っている。痛がる素振りは見せない。空いている手で傷口を押さえることもしない。武器を構え、鋭く敵を睨みつけるのみ。
基本的に戦士は不器用な職業。呪文の使えない戦士の行動は武器による直接攻撃、「たたかう」のみ。当然道具も使えるのだが素早さが遅い為、あまり旨味はない。パーティー内最高値を誇る攻撃力を犠牲にすることは望ましくない。これまで俺は冬至に「たたかう」以外の指示を出したことはない。「ぼうぎょ」で身を守らせたことすらも。結局この3ターン目、冬至の剣撃で「さまよう鎧」
を破壊した。素人の俺が見ても分かるくらい見事な攻撃、会心の一撃だった。
戦闘後、「低級回復呪文(ホ イ ミ)」で傷を治そうとした俺を、
「ロマリア王国は目の前。宿で休めば問題かかろうて。」そう言って制した冬至。
こうして俺たちはロマリア王国へと辿り着いた。
宿屋で一息ついてHPを回復した。RPGということで、宿に金さえ払えばヒットポイント、マジックポイントは全回復する。テレビゲームであればそれだけで十分なのだけれども、例えば大広間で雑談とか4人揃って食事でもということはない。各人部屋に籠って朝になったら出発。これまで幾度となく宿屋に泊まって体力を回復してきたが顔を合わせることすらほぼ皆無。仲が悪いわけではないが良いわけでもない。魔王バラモスを倒すべくパーティーを組んだ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
明朝、ロマリアの城下町で情報収集を試みたのが目星いものは得られず、やはり城内へ足を向けることにした。
『ようこそ、ロマリアのお城へ。』
『アリアハンから勇者が旅立ったそうだぞ。』
『王様には決して失礼の無いようにな。』
そんな兵士どもの言葉に迎えられてロマリア城主の元へ通された。警備体制に問題はないのかね。
「春樹が次のレベルになるためには、あと526の経験値が必要じゃ。冬至が次の―」
凄ぇな、王様、という突っ込みはアリアハンで飽きてしまった。野郎3人は一応前を向いて黙ってしっかりと聞いている。ちょっとの間の辛抱だ。有益な情報ではあるのだが、聞いた所で別に・・・ねぇ。対して優夏・メモをとる必要はないだろうて。真面目にいちいち頷きながら声にはなさないが「はい。はい。」と反応も示している。学校の授業であれば優等生。教師が講義のやり易い生徒である。
「ところで春樹よ。盗賊カンダタが私の『金の冠』を奪い去ってしまったのだ。これを取り戻してくれ。さすればそなたを真の勇者と認めよう。」
唐突という言葉の意味を身をもって体感した。勇者という看板が成せる技だろうか。まぁ、情報収集が芳しくなかったので助かりはしたが。とにかく次の展開が見えて一安心だ。その後近くにいた大臣の話で北の『カザーブの村』を訪れよということになった。そこで詳しい情報が得られるのだろう。ただしその前に、ロマリア周辺の敵と対等以上に渡り合えるまでにレベルを上げてパーティーを強化しなくてはならない。「たたかう」の連打だけで十分に戦える戦闘力を。
この時はまだ気付かなかった。優夏の表情が曇っていたことを。レベル上げが嫌だとういことではもちろんなくて。王様の頼みが嫌だということでもなくて。
【level.3 強敵、現る 終】