level1 起床
G A M E
~ get a mortal emotion
from DRAGON QUEST Ⅲ
【level.1 起床】
時刻は午前2時を少し回った。俺は今机に向かっていて、目の前にはノートパソコンが光を放っている。今日学校で納得できないことがあって、事あるごとにそれを思い出してしまいなかなか寝付けずにいた。部屋の明かりは消してあるので、俺の顔面も不気味に青白く照らされていることだろう。特に何をしていたわけではなく、暇を持て余してパソコンを開いただけ。流れで検索画面に移行し、時間潰しにゲームを検索してみるとレトロゲームに辿り着いた。幾つものゲームソフトが並んでいたが、どれも家庭用テレビゲームとしては3世代も4世代も昔の化石である。憂さ晴らしにアクションかシューティングでもと思っていたが、視線がとあるRPGで停止した。有名なソフトというか、日本を代表するタイトルであるから名前は耳にしたことがあるものの実際にプレイしたことはないし、今の今までスタートするつもりもなかった。おそらくはジャパンRPGと称されるシステムだろう。ターン制のコマンド式戦闘システムが大きな特徴で、今でも好みのプレイヤーは多いはずだが、最近のゲームではほとんどお目にかかれない。さて、俺の人差し指を後押ししたのはPC画面に記されたコメントだった。
『取り戻せ、人の心を―』
このキャッチフレーズに心を奪われたわけではないが、奇妙だとは思った。発売当時のものではない。
「名前の入力ね・・・昔のゲームで主人公の名前を自由に決められたんだな。ただ、平仮名4文字って・・・自分の名前が入りきらない奴も多かったろうに。」
ゲームをスタートするとオープニングデモもタイトル画面も表示されることなくデータファイルの作成を行い、名前入力画面が映し出された。真っ黒の背景に白色のひらがな表。これ以上何も省くことのできない、一切のムダが取り除かれた入力画面にとりあえず打ち込んだ。
「は、る、き・・・と。」
これで画面にドット絵のキャラクターが登場するはずだった。レトロゲーム特有の三和音と共に。ちなみに俺はレトロゲームの音楽が好きだ。やったことのない昔のゲームのサントラも何枚か持っている。実はこのゲームのサントラも。単純にメロディーのごまかしがきかないので、良し悪しがフィルター無しに伝わってくる。副旋律も同様で、ピアノでいう左手のメロディーも直接耳に残る。曲を作る側からすれば厳しい条件だとは思うが、だからこそ受け手からすると一生心に留まる曲に巡り会うことができると、俺は思っている。
余談だった。画面がブラックアウトし、本編が始まった。
「ほら、春樹っ。もう起きなさい。顔洗って早く着替えて。パンは何枚?1枚、2枚?」
異変にはすぐに気が付いた。PCの液晶が真っ暗になったということはその一時、俺の部屋に光源がなくなった。俺がテレビゲームに取り込まれたのはその瞬間だろう。何故ここまで冷静に分析できるのか。その答えはそれだけ現実に嫌気が差していたから。通学途中の電車が脱線事故に巻き込まれないか、地震でも起きて校舎に亀裂でも入らないか、何なら一週間くらい入院してもいいかな。毎朝のように負の感情を抱いていた俺にとって、現実世界に別れを告げられるということは願ったり叶ったり。祈りが届いたのだ。とはいえ、頭の奥の方に響くやかましい起こし方だ。加えて、眠っている人間に質問を投げかけたって返事がないのは分かっているでしょ、って話だ。
「ん、分かってる。もう起きるって。」
こうして俺の望んだ朝と、望まぬ冒険が始まった。
「で、どこに行くって?」俺はパンにマーガリンを塗りながら、目の前の母親と思われる設定の女性に聞いてみた。できるだけ動揺を悟られぬよう、普段通りの感じで。そしたら朝から怒られた。
「あんたね~、まだ寝ぼけてるの?いい加減にしなさいよ。今日は16歳の誕生日。王様に会いにいくんでしょ。さっさと準備なさい。」
「はいはい、分かってるって。」
とりあえずゲーム開始の流れは把握した。まぁ、王国に生まれたことがないので感覚というか常識が備わっていないのだが、凄ぇ偉いんだろうな、王様って。教育を受けていないからどう接していいかも分からないし、そもそも俺は何をしに行くんだか。身支度は正装か、献上品なんかを持参するのか、馬車で迎えが来たりして。
「ようこそ、アリアハンのお城へ。」
「あ、はい、どうも。え~と、王様はどちらに?」
「ようこそ、アリアハンのお城へ。」
「いや、はい。で、王様の所へはどうやって・・・」
「ようこそ、アリアハンのお城へ。」
変わらぬ表情で幾度でも歓迎してくれる門番。町や城の一般キャラクターはセリフが決まっているんだな。気持ち悪いっていうか、怖ぇ~よ、マジで。別の奴に聞いてみるか。
「よくぞ参った、勇者、春樹よ。」
一本道だったので特に迷うことはなかった。今朝パンを頬張りながら薄々気付いてはいたが、どうやら俺は勇者らしい。そうでなけりゃ物語が進まんのでしょうけど。とりあえず俺は王様の話に耳を傾ける。
「この世界は魔王バラモスに支配されておる。一刻も早くバラモスを倒し、世界に平和を取り戻すのじゃ。行け、勇者、春樹よ!」
どこへだよ・・・とりあえず金と装備品を渡され王室を出た。金といっても100G、初期装備は『旅人の服』と『棍棒』。とても魔王を倒すべく旅立つ勇者には見えない。このまま家に帰っちまうかとも考えたが、顔も知らない母親にがなられるのも嫌だったので城下町を歩くことにした。RPGの基礎、基本くらいは俺も知っている。1に情報、2に情報である。町の人々に話を聞いて、次にやるべきことを調べなくてはならない。城門の兵士との会話を思い出すと気は進まないが、仕方あるまい。
集まった有力情報は3つ。ひとつ、『ルイーダの店』で仲間を集めること。ふたつ、西の洞窟で『盗賊の鍵』を手に入れること。みっつ、北に『レーべの村』があること。情報収集のコツは会話の中から攻略に必要なものと他愛ないものとを見分けること。慣れるとどうということはないが、RPG初心者は何でもかんでも記憶しようとしてしまうかもしれない。無駄な会話はAボタンの連打で早送りしてしまえば良いのだ。
『ルイーダの店』はこのアリアハンにあるお店で、要するに旅立ちの街で3人、自身含めて4人パーティーにしろということ。そして仲間のカスタマイズをできる場所が『ルイーダの店』のようだ。まずはここから、ということで早速店に向かった。
斡旋所という所なのだろうか。店に入るなりタバコの煙にむせてしまった。席に座っている一癖も二癖もありそうな連中が視線をこちらに向けてくる。主人公であるはずの俺だが目線を落としてしまった。鎧を着ていたり、剣を携えていたり、杖を持っていたり、武道着姿だったり。魔王を倒しに行く冒険者とは本来こういうことだろう。俺の今の服装はというと、まぁ、私服という表現で間違っていまい。私服で棍棒片手に勇者ですってか。お門違いも甚だしいが、みすみす難易度を上げて物語を進めるのは得策ではない。息を止め、煙に巻き込まれながらカウンターに立つ女性、ルイーダに話しかけた。
「出会いと別れの場、ルイーダの店へようこそ!今日はどんなご用件かしら。」
「仲間を、探しているのですが・・・」
なんか、友達のいない可愛そうな奴みたいだな。
「新たに仲間を加えるのね。分かりました。ではまず職業を選んで下さい。」そう言うとルイーダはハンバーガーショップのメニュー表のような、ラミネートされた紙を差し出した。どうやら職業とその解説のようだ。選択可能な職業は以下の6つ。戦士、武道家、僧侶、魔法使い、商人、遊人。
「オススメは戦士、僧侶、魔法使いのパーティーよ。」
ルイーダの推薦、それはすなわち、初心者向け全滅しづらい仕様だろうということで、俺は素直に従った。
キャラクターエディットも可能らしいが、名前と職業、性別を決めるだけ。別にこだわりがあるわけでもなく、面倒なので準備してあるキャラクターから選ぶことにした。
「とうじさーん、しゅうさーん、ゆかさーん、はるきさんがお呼びですよー。」
ルイーダが声をかけると3人の冒険者が立ち上がった。病院の受付で名前を呼ばれた時のように浮かない表情で。既製のキャラから選んだ仲間は実にスタンダード。
戦士、冬至、男
僧侶、周、男
魔法使い、優夏、女
自分で自分のことを勇者というのは気恥ずかしいが、勇者、戦士、僧侶、魔法使いの一行で旅立つことになった。
「春樹です。よろしくお願いします。」
勇者として、雇用主としてまずは挨拶からと戦士の冬至に右手を差し出したのだが戦士はまるで応じない。
「汝の器を見定める。全てはそれからだ。」40代中頃、下手したら50代のオッサンは戦士、冬至。逆だ、俺がお前の力を見極めるのだ。使えなけりゃ解雇してやるからな、クソッ。
「春樹です。回復魔法、宜しくお願いします。」
今度は僧侶の周へ。すると、返ってきた言葉は
「全ては神のお導きのままに。」
いやいや、導くのは俺だから勘違いするなよな。30才くらいか、とりあえず序盤は僧侶、周の回復魔法が鍵になるだろうな。そして魔法使いの優夏。俺と同い年か、下手したらもっと若い。中学生?
「よろしくな、春樹だ。」
「え、あ、その。優夏です。あの、えっと、ふとぅっ、つか者ですが、お願い致します。」
言葉の選択が間違っている上、噛みまくってアップアップの魔法使い。言うことは聞きそうだけれども本当に魔法が使えるかも怪しいもんである。
3人の仲間が後からついてくる。俺の歩いた通りの道を一寸の狂いもなく、つかず離れず黙々と。俺の格好は先にも書いた通りなのだが、仲間の3人も同様。ルイーダの店では各自、戦士らしい、もしくは魔法使いっぽい出で立ちだったはずなのに、今は私服もいいところ。戦士の冬至こそ『革の鎧』に『銅の剣』とそれっぽく見えるものの、あとは洋服に棒っきれ。ちょっとした詐欺である。どうしたものかと考えてみたが、武器を買うにも防具を買うにも先へ行くにも、金とレベルが足りない。要は金稼ぎとレベル上げが必要ということで、モンスターの待つ城下町の外へ足を運んだ。
RPGの初っ端は意外と難しいもの。敵は当然最弱モンスターに違いないのだが、こちらも同様レベル1の勇者。何が辛いかといえば行動の選択肢がないのだ。戦闘時、選べる行動は『たたかう』の一択。別に『ぼうぎょ』しようが『にげる』を試みようが勝手であるが、敵を倒して経験値を稼がないことにはレベルアップしない。つまりはいつまでたっても戦いが楽にならないのだ。一回、二回の戦いで壊滅状態ということはさすがにほとんどないが、油断はできない。特に数。弱いスライムでも8匹も現れると無傷でやり過ごすことはできない。
ビビっているわけではない。用心深いのだと理解して欲しい。いつでも宿屋で体力を回復できるようにアリアハン近辺を歩き回る。すると程なく
「何だっ?」思わず声が出てしまった。突然あたりが真っ暗になったかと思ったら、目の前にモンスターが立っていた。しばらく待ってみても周囲は暗いままだが、不思議と視界が悪いとは感じなかった。敵の姿も味方の顔もはっきり見ることができた。現れたのは『スライム』一匹と『おおがらす』一匹。ふと見上げると上部には自分達のHP、MPレベルが表示されている。初陣。視線を左に移せばコマンド、すなわち行動の選択肢が。「たたかう」、「まほう」、「ぼうぎょ」、「にげる」。敵の数も少ないしまずはん皆、「たたかう」で良いだろう。
「素早さ」の数値が高い順に行動できると理解して間違いあるまい。まずは俺の攻撃から。「棍棒」を武器と呼んでいいのか、単に凶器とするのが正しいのかは判断がつかないが、こんなもの使ったことはおろか握ったこともない。が、難しく考える必要はなかった。そもそも棍棒なんぞ殴りつける以外に使い道はないのだ。ということで、意外となんとかなった。右手の確かな手応えと共に「スライムに9のダメージを与えた。スライムを倒した」という解説文が現れた。スライムは消滅したが、敵が残っているので戦闘は続く。俺の次に「素早さ」の数値が高いのは僧侶の周。ことらも棍棒でおおがらすに6のダメージ。今度は倒すことはできない。続いてはモンスターおおがらすの攻撃である。その攻撃が俺に来た。
「何だ・・・、痛いぞ・・・」
でっかいカラスが頭上で羽を広げたら、誰だって半身になる。おおがらすから攻撃を受けた俺は咄嗟に盾も持っていない左手で頭部を守るように構えたのだが、おおがらすは肩口に嘴で一撃を見舞っていった。擦り傷ではあったが鮮血が飛び散った。思わず
「痛~なっ!」と声に出していた。傷口に目を遣り、手を遣り、ふと真っ黒な戦闘背景の上部に記されたHPを確かめた。16あったHPが14に減っていた。そう、何も不思議なことでも特別なことでもない。敵から攻撃を受けてHPが減少し、HPが0になったらそのキャラクターは戦闘不能になるというのがRPGのスタンダードなシステムである。1回の攻撃で2のダメージということはあと7回。4、5回位までなら回復しなくても大丈夫だというのが一般的なプレイヤーの心理かと思う。その間、勇者ばっかり狙うなよ~とか、うわ、魔法使いがピンチ、ちょっと早いけど薬草使っとくか、状況に合わせた選択が必要になる。けれども今の俺の心模様はちょっと違う。ザコ敵のたった一発の攻撃で1/8も体力を削られた。どうということはない。それも承知しているのだが脳裏にあるのは恐怖であり、惑いであり、死の予覚。HPがゼロになったら俺はどうなるのだろうか。
戦局は次の戦士の一撃でおおがらすを仕留めたわけだが、左肩が疼く。俺のHPは14/16、擦り傷。薬草を使うまでもないし、僧侶の周に『低級回復呪文(ホ イ ミ)』を頼むなど以ての外。鼻で笑われてしまう。笑ってくれればまだ良いが、無視されたり「何をおっしゃっているのですか」と吐き捨てられると立つ瀬がない。相手の方が正しいだけに。俺だって単に家で菓子でも食いながらコントローラーなりキーボードなりをいじっていればこんな動揺は生まれない。実際に戦うのが俺で、血を流すのが俺で、痛いのが俺で―そうなった途端、感情の回路が歪み、へこみ、溶けて、臆病者に成り上がる。命を守るための防衛本能とういことにしても良いのだが、魔王バラモス討伐御一行様である以上、通用しないのだ。
とにかくレベルを上げるのだ。ステータスを上げることで自然と戦闘が楽になる。金を貯めることでより強い装備品や便利な道具を買うことができる。手間と時間をかけることでより強くより安全に進むことができる。確実に成長できる。それがロールプレイングゲームである。