おお異世界よ、現代日本人を喚んでしまうとは情けない
短いので、途中で切らずに最後まで読んでいただければ。
不肖この私、現代日本にて高校に通うしがない一般人である。
そんな私は今、高校のクラスメイトとともに異世界に勇者として召喚されてしまったのである。
教室で授業を受けていたところ、不思議にもピカッと光りが辺りを覆ったと思えばいつの間にやら古めかしい大きな広間に立ち尽くしていた我々40余名の高校生。
周りを見れば何やら暗い色のローブやらを纏ったコスプレイヤーたちに取り囲まれている様子。
そんな突然の事態に混乱する我々の元に、そのコスプレイヤーの中から進み出てくる影が一人。
「おお」
果たしてその感嘆の声を漏らしたのは私かそれとも別のものか。
何であれ我々は皆その進み出てきた一人、その人のあまりの美貌に見とれてしまったのである。
まるでハリウッド映画の女優のごとき彼女は驚く我々にその美貌を柔和に崩して話しかけてきたのだ。
曰く、ここは我々のいた現代日本、つまり地球とは別の世界。
曰く、今この世界は魔王の脅威に晒されている。
曰く、我々は魔王打倒のため喚び出された勇者である。
簡単に彼女の言をまとめれば以上のようになるわけであるが、人間40余名も集まればその反応も多種多様。
信じて意気揚々とする者、信じて不安に駆られる者、半信半疑な者、信じない者。
私は無神論者でもないしかといって神の実在を信じているわけではなかったものの、人並みに魔法だとかあれば良いなぁとは思っていたので半信半疑ながらも僅かばかりの期待を胸に抱いたものである。
まあそんな我々の反応はさておき、彼女は詳しくは王が直々に話すと言うと、我々を王のいるところ、のちに聞いたが謁見の間と呼ばれるそこに連れて行ったのだ。
さて、王との謁見である。
まさに絵に描いたような王が豪奢な玉座に座す姿はこれがただのコスプレイヤーを用いたドッキリという可能性を限りなく0にするだけの説得力があるものだった。
嗚呼、しかし、それまで抱いていた期待を私は捨てねばならなくなったのである。
なぜか。
王に曰く、この世界本来の勇者たちは皆帰らぬ者となって久しい。
あまりに不穏な言葉である。
果たしてそんな強大な力を持つ魔王を相手に戦いはおろか殴り合いの喧嘩の経験も少ない現代日本の高校生諸氏が太刀打ちできるものであろうか。
そも、なぜその勇者たちをそれぞれ別々に送り出してしまったのか。
戦力の逐次投入は愚策、というのは現代日本人であっても漫画やアニメ、ゲームのおかげで知るものも多いだろうに。
さらにその言葉とともに、王と対面する我々を囲む者達の存在がさらに私の期待をすり減らす。
見よ、あの屈強なる騎士の姿を!
それに比べてなんと我々の貧弱なことか。
見よ、あの深奥なる智恵を覗かせる魔法使いの姿を!
それに比べてなんと我々の能天気かつ軽薄なことか。
一体全体異世界の彼ら彼女らは何を以って我々が勇者として彼ら彼女らよりも戦えると思うのか。
何、異世界の勇者は皆特別な力を神より賜る?
嗚呼、何と愚かな。
年端もいかぬ少年少女に扱いの安易なRPG-7、つまり対戦車砲を持たせることの危険さを彼ら彼女らは理解していようか、いや、していまい。
力があれば戦えるというのでもなかろうに。
そも、世界を救うなどと話の規模が大きすぎてその責任の重大さの一片さも理解できぬのではなかろうか。
ふと我々の中から声を上げるものがいた。
なんと、必ずや世界を救ってみせると啖呵を切っているではあるまいか。
そのはつらつとした姿に居並ぶ異世界のお歴々も満足げである。
嗚呼、だが君よ。
君はいつも教室で独り、机に突っ伏すか書店の紙カバーに包まれた文庫本、おそらくはライトノベルを読むのみの根暗くんではなかったか。
悲しきかな、君はきっと自分が特別であると勘違いしてしまったのだろう。
残念ながら、現実はそう物語のようにはいかないものだ。
そうして自らが特別であると勘違いした君。
君はいずれこんなはずではなかったのに、と嘆きながら死んでいくのでないだろうか。
そんな君の姿を見ることになるのは悲しい事この上ないものの、だが現実とはそういうものであろう。
彼が声をあげた事で、王との謁見という厳粛な場に萎縮していたクラスメイト諸氏から次々に声が上がる。
愚かな彼と同じく世界を救わんと意気込むもの。
戦いの恐怖に喚くもの。
元の世界に返せと叫ぶもの。
そのてんでバラバラで浅ましい姿のなんと頼りない事か。
それ見たことか、居並ぶお歴々の中にも顔をしかめるものが出る始末。
戦いも知らず、世界を救う責任も理解できない、そんな現代日本の子供を召喚してしまうとは。
私は思わずこう言わずにはいられない。
「おお異世界よ、現代日本人を喚んでしまうとは情けない」
さて、異世界に喚び出された40余名の現代日本人の中の一人、さも無知の知を語ったソクラテスかのように賢しきを気取り、己とあの愚か者は違うと考えたあの愚か者、その顛末を語るとしよう。
私は他とは違う、そう言葉にせずともその思考の節々からその驕りを感じさせたその愚か者は、
実に呆気なく、
それもまさに無駄なところで、
誰よりも早く、
その命を落としたのである。
もし彼ら40余名の物語が読み物となれば、読者は皆彼の死をこう言うだろう。
登場人物の無駄遣い、と。
そう言われても仕方ないほどに、過酷な現実に斜に構え、浅ましくも賢きを気取った彼は、こんなはずではなかったのに、と嘆きながらあっさりと死んだのだ。
まあ、現実とはそういうものであろう。
だがその死は実のところ無意味ではなかった。
それまでどこか物語の主人公気取りで異世界を生きていた他の生徒らに、これは現実であるという現実を突きつけたのだ。
浮かれていた彼らは彼の死にショックを受け、そして悲しんだ。
しかしそれは別に親しくもない彼が死んだからではなく、自分たちが彼のように死んでしまう現実の中に放り出されたということにである。
多くのものがそれ以上の旅を恐怖から拒否した。
あるいは元の世界に変えるために、それでも戦わねばと虚勢をはるものもいた。
そんな彼らも、言葉は雄弁なれども旅を拒否する彼らを言い訳に行動を起こすことはなかった。
だがそんな中で、彼の死を真に悲しんだものもいた。
それは、彼に内心愚かだと馬鹿にされていたとも知らぬ、あの誰よりも早く世界を救うと言ってのけた彼だ。
彼は愚か者の死に嘆き悲しみ、心に傷を負った。
彼は友達こそ多くなくても、それまで多くの本を読み、多くの登場人物と心を通わせ、その情緒を育てていた故に、悲しまずにいられなかった。
彼は他の者たちと同じく、そして全く同じでない悲嘆に暮れた。
それでも彼は、あの謁見の間で誰よりも早くその一歩を踏み出した時と同じく、悲しみを乗り越えて足を前に踏み出した。
こんなはずではなかったのだ、と剣を手に取った。
回避することもできたはずの死だ、と。
もう二度と仲間を死なせない、と。
この世界の人も死なせたくない、と。
それまで主人公気取りで生きてきた彼が、本当の勇者としての一歩を踏み出した瞬間だった。
それはつまり、皮肉にも誰よりも彼を馬鹿にした愚か者の死が、彼を真に勇者足らしめたということだった。
そして、当然のことながら賢者を気取って他者を見下すのみで何もしなかった男ではなく、愚かでも前に進み続けるものに運命は味方する。
のちに彼はクラスのマドンナと心を通わせ、勇者としての献身は一国の姫の心身を救った。
人と対立していたエルフら亜人種のもの達とも友情を深めた。
またある時は敵である魔王の手下とも。
多くの現代日本より共に来た仲間が彼に心惹かれ、そして多くの異世界の人々が彼に心惹かれた。
そうして、数々の助けを借り、幾つもの犠牲を払いながらも彼は魔王を打倒する。
彼はその言葉通り、世界を救ったのだ。
さて、そんな勇者の英雄譚はとある一人の男の死から始まった。
勇者もまた、彼の死が自分の為したことの根底にある、と語ったという。
自分たち異世界の勇者の中で、ただ一人死んでしまった彼。
彼もまた勇者だ、と。
もし、そんな死んでしまった勇者の手記を読むことができたものがいたら、皆一様にその勇者に嘲笑と共にこんな言葉を告げるだろう。
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」