私は彼のために生きていました
幼い頃から憧れていた。
優しい笑顔も、その奥に隠された寂しさも全てが愛しかった。
彼の為なら何でもした。
憂いを全て取り除こうと躍起になった。
そして私は 処刑台にいる
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「何がいけなかったのかしら?」
「言い残すことは?」という問いに答えただけだというのに、観衆から罵詈雑言を浴びせられる。
でも、そんな声はどうでもいい。
私の目には彼しか見えておらず、私が死ぬことで彼が笑うならそれで満足だ。
そう思って見上げた先には彼がいて、とても楽しそうに笑っていた。
出会ってから初めて彼の表情筋を動かしただけの笑顔ではなく、心の底から涌き出るような、嬉しくて仕方がない、という笑顔を見た私は、その顔を目に焼き付けるために頭を上げたまま彼を見つめ続け、頭を垂れよ。という処刑人の言葉にを聞き入れなかった為に鈍器で頭を殴られ意識を飛ばし、再び頭を上げること無く首を落とされた。
私の名前はルシエラ=アンドゥズ。アンドゥズ公爵家の一人娘で王太子であるアルザス様の婚約者だ。
親の決めた婚約ではあるけれど、私はアルザス様のことが大好きだった。愛していた。
彼に見合う自分になるためにどんな努力も厭わなかったし、彼の些細な気持ちの動きに気づいて助けになれるよう僅かな交流の場での観察はもちろん、それ以外の所でも彼を知るために手段は問わなかった。
そして、彼の為にならないと思ったことは、躊躇無く潰してきた。
彼の瞳からは愛情を感じたことは無かったけれど、諦めや嫉妬や恐怖といった感情は常に感じていて、何かしらの感情を与えているという事実は私を喜ばせた。
彼にとって、私の存在が疎ましく、妬ましく、恐ろしいモノと成っていく様子がとても嬉しかった。
だから彼に愛する人が出来たと知ったときは本当に嬉しかったのだ。
矛盾していると思うだろう。
実際、数少ない友人には「貴女は壊れてるわ」とまで言われてしまった。
だって私では彼に『愛情』を与えることができない。
私なりに精一杯与えてはみたのだけれど、彼は一欠片も感じてくれなかったのだ。
だから彼に『愛する人が出来た』ということは、彼が『愛』を知ったということで、とても喜ばしいのよ!と語る私を友人は呆れた顔で見ていた。
そして私は彼と彼の想い人を護る為に奔走し、その過程で方々で恨みを買いすぎた。
些細な言いがかりを大事に仕立てあげられ、こちらが反撃に移る前に私は罪人として捕縛されたのだ。
全てを知っているはずのお父様は家を守るため、罪人の疑惑が出た瞬間に私をアンドゥズ家から切り捨てた。
平民のルシエラとなった私に身の潔白を示すことなど出来る筈もなく、あれよあれよという間に私は罪人ルシエラと呼ばれ、投獄された。狭く冷たい牢獄の中で考えることは唯一つ、アルザス様のことだけ。
彼が愛する人と結ばれる道筋は作り上げてはいたけれど、それを正しく辿れるかは彼次第だ。本当は最後まで見届けるつもりだったけれど、それはできそうにない。
本当は、少し、いや、大いに悔しくはある。
私は彼を愛しており、私の行動は全て彼のためにあった。そんな私は彼と愛を交わすことができず、彼の横には私ではない人間が立っている。
嫉妬で気が狂いそうだ。
でも彼が望んだのが“私”ではなく“彼女”であるならは、私はそれを支持すると決めたのだ。
そうでなければ私と彼と彼女と……全てを壊してしまいそうだったのだ。
今、私は牢獄の中で安堵している。このままだと私は嫉妬と喜びと、二つの感情に翻弄されてゆっくりと狂っていっただろうから。
これから私は処刑され、彼が生きていく糧となる。
私のことを疎ましく思っている彼は、私の処刑に必ず現れ、喜びの表情を見せてくれるだろう。
あぁ、その時のことを考えるだけで私の頬は緩み、喜びの涙が溢れてくる。
はらはらと微笑みながら涙をこぼす私に、牢番は「やっと罪を認めたか」と見当違いなことを言っていたが、好きに解釈すればいいのだ。。
これは喜びの涙。歓喜の象徴。
死ぬことでやっと、彼の心に私を残すことができる…!
処刑が行われるその日まで、毎夜、私は喜びの涙を流し続けた